平手則男

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平手 則男ひらて のりお1948年12月8日 - )は、北海道中川郡本別町出身[1]スピードスケート選手・指導者である。札幌五輪・インスブルック五輪日本代表。

来歴[編集]

釧路第一高校卒業後、三協精機に入社。

1972年に開催された札幌オリンピックで初代表に選ばれ500m出場。17位。

1975年に開催された第1回全日本スプリント選手権で優勝を果たす。

1976年インスブルックオリンピックでは500mと1000mに出場。500m16位、1000m30位。

引退後は三協精機の監督に就任。

1980年レークプラシッドオリンピックでは日本代表コーチを務める。

その後は清水宏保の指導に当たり、長野オリンピックでの金メダル獲得をサポートした。

清水とともに三協精機を退社した後はマネジメントコーチに就任。2005年まで指導に当たった。

2008年大菅小百合の専属コーチに就任。

脚注[編集]

外部リンク[編集]