広河隆一

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広河 隆一
生誕 (1943-09-05) 1943年9月5日(74歳)
中華民国の旗 中華民国天津市
国籍 日本の旗 日本
別名 廣河隆一
教育 早稲田大学教育学部
職業 フォトジャーナリスト戦場カメラマン政治活動家
活動期間 1967 to present
配偶者 ルティ・ジョスコビッツ
子供 広川J民

広河 隆一(ひろかわ りゅういち、1943年9月5日 - ) は、日本のフォトジャーナリスト戦場カメラマン市民活動家。フォトジャーナリズム月刊誌DAYS JAPANの元編集長。有限会社広河隆一事務所代表[1]

イスラエルパレスチナの双方に多くの人脈と知人を持ち、パレスチナ問題を取材し続けている。チェルノブイリを事故以来25年以上に渡って取材し、また救援活動を行っている。福島第一原発事故の後は、主に日本の原発放射能に関する諸問題を取材するかたわら、福島の子どもの救援活動を行っている。福島の子ども保養プロジェクト「NPO法人 沖縄・球美の里」理事長。

日本中東学会、日本写真家協会、日本写真協会、日本ビジュアル・ジャーナリスト協会(JVJA)、各会員[2]。 パレスチナの子供の里親運動顧問、チェルノブイリ子ども基金・元代表[3]。、

経歴[編集]

中華民国天津市で出生、2歳の時に引き揚げ[4]、小学校入学以前から大阪府羽曳野市恵我之荘に居住した[5]東京都世田谷区在住[6]

1956年旧:高鷲町立小学校(現:羽曳野市立高鷲小学校)卒業、1959年羽曳野市立高鷲中学校卒業、1962年大阪府立生野高等学校卒業[7]、1963年早稲田大学教育学部に入学し[8][9]、1967年早稲田大学教育学部卒業。なお、広河は大学在学中に和敬塾の南寮と称する男子寮に入寮し[10]、入学当初は早大山の会で活動を行っていたが二回生の時に早稲田カメラルポタージュ研究会と称するドキュメンタリー・俱楽部を立ち上げ[11]、また極左暴力集団であるブント系の学生運動を精力的に行っていた[12]が、ノンセクト・ラディカルとして学生運動を行っていたと主張する者もいる。そして、広河は映画会社への内定を受けていたにもかかわらず、その内定を辞退して大学卒業後1967年にイスラエルに渡航し[13]、イスラエル北部のキブツ・ダリヤというキブツに滞在し、そこでヘブライ語を学習した[要出典]

広河は渡航当初、コミューン的な生産、生活形態をすすめる共産主義的なキブツに対し憧れを抱いていたが、広河がイスラエルへ渡航してから2週間後である1967年6月に第三次中東戦争が勃発し、イスラエルがその戦争に大勝利を収め、かつ広河が滞在していたキブツ・ダリヤにおいて「ダーリヤト・アッ=ラウハー(دالية الرَّوْحا)」又は「ダーリヤト・アッ=ラウハーア(دالية الرَّوْحاء)」というパレスチナ人の村落の廃墟を発見したことなどにより、イスラエルによるパレスチナ人に対する過酷な人権侵害を知るようになり、親パレスチナ的な態度をとるようになった[14]。イスラエルにおいては「マツペン」という反シオニスト的な政治団体で活動を行っていた。エルサレムで反シオニズム写真展を開催した後、1970年、帰国。以後、中東諸国を中心に取材活動を行う。

1982年、レバノンの西ベイルートにおけるファランジストというマロン派キリスト教徒主体のレバノン右派民兵によるパレスチナ難民虐殺サブラー・シャーティーラーの虐殺を含めた第一次レバノン戦争に関する取材を行い、よみうり写真大賞を受賞[15]。翌83年、同写真でIOJ国際報道写真展大賞・金賞受賞[4]

日本帰国後に戦場カメラマンとしてイスラエル原発に対して批判的なスタンスをとりはじめる。一時は立教大学において非常勤講師を務めた[要出典]講談社の「DAYS JAPAN」に、イスラエルのビジネスマン、アイゼンベルに関する記事や、ダイヤモンドシンジケートの取材、チェルノブイリの現状、731部隊などに関する記事を掲載。また日本テレビNHKなどでチェルノブイリや中東に関する報道番組を多数制作発表する。

また報道に徹するだけでなく各地で救援活動を行っている。「チェルノブイリ子ども基金」代表(設立時)、パレスチナの子どもの里親運動顧問(設立時は代表を務めた)、日本ビジュアル・ジャーナリスト協会(JVJA)世話人代表等を歴任。全国各地で講演を行っている。

2002年7月、日本ビジュアルジャーナリスト協会(JVJA)設立、世話人代表(~2004年9月)、のち退会[16]

2003年12月、廃刊になっていたDAYS JAPANを再創刊すべく株式会社デイズジャパンを設立。代表取締役社長を務める。

2004年3月、フォトジャーナリズム月刊誌「DAYS JAPAN」を再創刊する。編集長を務める(2004年4月号から2014年9月号まで)。

2007年7月、広河隆一は第21回参議院議員通常選挙東京都選挙区から立候補した川田龍平を応援した[17][18]

2008年、パレスチナ難民発生から60年の歴史を記録した劇場映画「パレスチナ1948NAKBA」(日・英・仏・アラビア語版)、DVDボックス(30巻、日英版)を「1コマサポーターズ」の支援で制作。

2011年、広河隆一は『戦場カメラマンという仕事』という書籍に寄稿している[19]

2012年7月5日、かつて代表を務めた「チェルノブイリ子ども基金」の経験を活かし、福島県の子どもたちを福島第一原子力発電所事故の影響の少ない沖縄県久米島において保養させるプロジェクト「NPO法人沖縄・球美の里」を発足させた。

2014年8月、DAYS JAPAN2014年9月号をもって編集長を丸井春に交代した。

2015年12月、広河隆一の戦場カメラマンや政治活動家としてのこれまでの足跡や生き方などを描いた「広河隆一 人間の戦場」と称するドキュメンタリー映画がリリースされ、広河はこの映画に出演した。

他のジャーナリストや市民活動家に与えた影響[編集]

日本における中東ジャーナリストや戦場カメラマンとして先駆的な役割を果たし、次世代のジャーナリストや市民活動家の養成においても重要な役割を果たしている。

  • 土井敏邦 中東ジャーナリスト。土井が広島大学においてパレスチナ問題に関する卒業論文を執筆した際に、当時の広大にはパレスチナを研究している教員がいなかったため広河は事実上の指導教官として土井の卒論を指導し、土井は大学卒業後に広河が編集長であったPLO駐日代表部による中東関連に関する「フィラスティン・びらーでぃ」[20]という月刊誌の記者として参加した。土井を中東ジャーナリストとして成長させるきっかけをもたらした[21]
  • 古居みずえ 関節リウマチという重大な病気から奇跡的に回復後、古居は広河の写真展を見たことがきっかけとなってフリージャーナリストになることを志し、パレスチナにおける女性を対象として精力的に取材するフォトジャーナリストとして活動を行っている[22]
  • 高遠菜穂子 2004年に今井紀明や郡山総一郎とともにイラク人質事件を引き起こし、高遠らは国民的に激しく批判されていた際に、広河は高遠らを擁護する発言をしている[23]
  • 志葉玲 志葉は帝京大学在学中からイスラエル原発に批判的な広河を尊敬し、帝京大学卒業後かつて広河が行ったようにイスラエルキブツに滞在し、キブツにおいて英会話を学習し、その後フリーの戦場/環境ジャーナリストとして活動を行っている。

受賞歴[編集]

著書・編著[編集]

  • 『ユダヤ国家とアラブゲリラ』 草思社、1971年
  • 『パレスチナ幻の国境』 草思社、1976年
  • (パレスチナ・ユダヤ人問題研究会と共編)『ユダヤ人〈1〉ユダヤ人とは何か』『ユダヤ人〈2〉ダイヤモンドと死の商人』 三友社出版、1985年
  • 『破断層』 講談社、1987年。 レバノンのパレスチナ人を題材とした小説
  • 『核の大地』 講談社、1990年。
  • 『チェルノブイリ報告』 岩波書店(2011/06発売)ISBN 9784004301684
  • 『ニーナ先生と子どもたち』 小学館、1992年。
  • 『AIDS 少年はなぜ死んだか』講談社、1993年4月 ISBN 4063193802
  • 『中東共存への道』 岩波書店、1994年。
  • 『チェルノブイリと地球』 講談社、1996年。
  • 『チェルノブイリ 消えた458の村』 日本図書センター、1999年6月。ISBN 9784820523741
  • 『パレスチナ/瓦礫の中のこどもたち』 徳間書店(2001/02発売)ISBN 9784198914592 - 1991年6月に刊行したものの文庫版
  • 『ナターシャ―チェルノブイリの歌姫』 岩崎書店(2001/04発売) ISBN 9784265027392 - ナターシャ・グジーについての取材本。手島悠介 著/広河隆一 写真
  • 『原発被曝―東海村とチェルノブイリの教訓』 講談社(2001/04発売)ISBN 9784062105460
  • 『パレスチナ 新版』 岩波新書(2002/05発売)ISBN 9784004307846
  • 『写真記録 パレスチナ1 激動の中東35年』 日本図書センター(2002年10月)ISBN 9784820531302
  • 『写真記録 パレスチナ2 消えた村と家族』 日本図書センター(2002年10月)ISBN 9784820531319
  • 『岩波フォト・ドキュメンタリー世界の戦場から 反テロ戦争の犠牲者たち』 岩波書店(2003/07発売)ISBN 9784000269612
  • 『岩波フォト・ドキュメンタリー世界の戦場から 戦争とフォト・ジャーナリズム』 岩波書店(2004/08発売)ISBN 9784000269728
  • 『パレスチナ1948 NAKBA』 合同出版(2008/03発売) ISBN 9784772604222
  • 『暴走する原発―チェルノブイリから福島へ これから起こる本当のこと』 小学館(2011/05発売) ISBN 9784093881906
  • 『福島 原発と人びと』 岩波書店(2011/08発売)ISBN 9784004313229
  • 『新・人間の戦場』 デイズジャパン、2012年。ISBN 9784990198206
  • 『帰還の坑道』 デイズジャパン(2013/04発売)ISBN 9784990198220 - 『破断層』の改題。

ほか多数

共著・訳書[編集]

  • 『聖書アラビア起源説』 草思社、1988年。-矢島三枝子との共訳
  • 『ダイヤモンドと死の商人』 三友社出版、1988年。
  • 『子どもに伝えるイラク戦争』 小学館、2004年。 - 石井竜也との共著
  • 戦場カメラマンという仕事』 洋泉社、2011年。

映画作品[編集]

  • 『パレスチナ1948・NAKBA』 2008年の日本公開映画/3月|2008年3月22日公開 (監督・撮影・写真)
  • 『広河隆一 人間の戦場』 2015年の日本公開映画/12月|2015年12月19日公開 (長谷川三郎監督、出演)

脚注[編集]

  1. ^ 有限会社広河隆一事務所
  2. ^ 日外アソシエーツ現代人物情報より
  3. ^ 日外アソシエーツ現代人物情報より
  4. ^ a b 「写真記録 パレスチナ2 消えた村と家族」日本図書センター
  5. ^ 活躍する卒業生 特別寄稿 広河隆一
  6. ^ 『毎日新聞』、2013年8月23日
  7. ^ 活躍する卒業生 特別寄稿 広河隆一
  8. ^ 広河隆一 プロファイル
  9. ^ 広河隆一(ひろかわ りゅういち)フォトジャーナリスト
  10. ^ 公営財団法人和敬塾 平成28年度和敬塾春季シンポジウム フォトジャーナリストで和敬塾南寮OBでもある広河隆一先生
  11. ^ 早稲田祭2008 早稲田では人間関係が財産だったということです。
  12. ^ 「戦車の向こう側の映像」を撮る報道写真家の広河隆一と2度目の遭遇は疑問沸騰で電網検索の古代史迷宮入り(その2)
  13. ^ 早稲田祭2008 早稲田では人間関係が財産だったということです。
  14. ^ 『パレスチナ/瓦礫の中のこどもたち』 徳間書店(2001/02発売)ISBN 9784198914592
  15. ^ 広河隆一プロフィール
  16. ^ 読売人物データベースより
  17. ^ 7・28川田龍平最後の訴え
  18. ^ 動けば変わる~川田龍平さん渋谷でパフォーマンス
  19. ^ 戦場カメラマンという仕事~ハローワーク、2016年8月9日閲覧
  20. ^ 国立国会図書館、フィラスティン・びらーでぃ
  21. ^ 土井敏邦・インタビュー、「伝えてとして生きる」(1)
  22. ^ 土井敏邦 パレスチナ記録の会「映画『沈黙を破る』ゲスト・トーク第3回:古居みずえ(フリー・ジャーナリスト)with 山上徹二郎(『沈黙を破る』プロデューサー)」2009年5月9日(土) @ポレポレ東中野[1]
  23. ^ イラクの友へ【緊急】お願いします。イラクの人にアラビア語の手紙を届けてください
  24. ^ 日外アソシエーツ現代人物情報より
  25. ^ 朝日新聞人物データベースより
  26. ^ 日外アソシエーツ現代人物情報より
  27. ^ 読売人物データベースより
  28. ^ 日外アソシエーツ現代人物情報より
  29. ^ 日外アソシエーツ現代人物情報より
  30. ^ 朝日新聞人物データベースより
  31. ^ 日外アソシエーツ現代人物情報より
  32. ^ 日外アソシエーツ現代人物情報より
  33. ^ 日外アソシエーツ現代人物情報より
  34. ^ 読売人物データベースより
  35. ^ 日外アソシエーツ現代人物情報より
  36. ^ 日外アソシエーツ現代人物情報より
  37. ^ 読売人物データベースより
  38. ^ 日外アソシエーツ現代人物情報より

関連項目[編集]

外部リンク[編集]