北九州児童養護施設虐待事件

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北九州児童養護施設虐待事件(きたきゅうしゅうじどうようごしせつぎゃくたいじけん)とは、福岡県北九州市にある民間の児童養護施設において、当時勤務していた男性職員が、2016年1月ころから2019年3月にかけて、入所する男子児童4名に対して行った児童性的虐待事件である。

概要[編集]

児童養護施設で進路指導や健康管理などを担当する児童指導員として勤務していた男性職員(福岡県北九州市に住む40歳代)は、「パパ」・「兄ちゃん」などと呼ばれ入所児童から慕われていた。しかし、男性職員は深夜に「指導」などと称して入所する男子児童と空き部屋で2~3時間を過ごす、入所児童を施設に無断で連れ出す、又は外泊させることが度々あった。このため施設側は2018年に、「児童への過剰な接触」を理由として男性指導員に訓戒処分を下していたが、改善が見られなかったことから、男性職員は2019年2月に諭旨免職処分を受け約7年勤務した施設を退職した。その後に被害児童や第三者から通報を受けた福岡県警捜査により、入所男子児童4名が強制性交等罪刑法177条)など被害を受けていたことが判明した性的虐待事件である[1][2]

捜査[編集]

1回目の逮捕[編集]

元男性職員は、退職後の2019年3月8日、児童養護施設に入所する男子児童を施設に無断で呼び出していた。そして同日午後10時30分ころ、福岡県北九州市内のビジネスホテルの客室内において、わいせつな行為をさせたとして「児童福祉法違反」(児童に淫行をさせる行為)の疑いで2019年6月17日に逮捕された。男子児童が、この日施設に戻らなかったことから、施設側は福岡県警に行方不明届を提出していたが、男子児童は翌日には自ら施設に戻った。元男性職員は「ホテルに行ったが、わいせつな行為はしていない」などと容疑を否認していたものの、児童養護施設を監督する北九州市(子ども家庭局)は、施設の特別指導監査を始めた[1]

2回目の逮捕[編集]

2018年12月23日午前2時ころ、自宅において、13歳未満と知りながら当時勤務していた児童養護施設に入所する男子児童にわいせつな行為をしたり、させたりしたなどとして、元男性職員は強制性交等と児童福祉法違反(児童に淫行をさせる行為)の疑いで2019年7月8日に再逮捕された。元男性職員は、入所児童に家庭的な環境を経験させることを目的に、週末や長期休みに施設職員の自宅に児童を宿泊させる「一日里親」の仕組みを利用して、当時、勤務していた施設には無断で男子児童2名を自宅に宿泊させていた。なお、元男性職員は退職後、被害にあった男子児童に対して「12月のことは言うな」と口止めをしていたほか、「自宅に泊めたが、わいせつな行為はしていない」などと容疑を否認していた[3][4]

3回目の逮捕[編集]

2018年9月10日午前1時ころ、当時勤務していた児童養護施設において、入所男子児童にわいせつな行為をさせビデオカメラで撮影したとして、元男性職員は、児童福祉法違反(児童に淫行をさせる行為)、児童買春児童ポルノ法違反(製造)の疑いで、2019年7月29日に再逮捕された。なお、元男性職員の自宅の家宅捜索では、金属製の手錠のほかビデオカメラなどが押収されていたが、このビデオカメラに今回のわいせつ画像が残っていたことから、元男性職員は否認していた1回目と2回目の逮捕容疑を含めて全ての容疑について認めた[5][6]

法人[編集]

施設の運営法人[編集]

この児童養護施設を運営する法人は、補助金約6000万円を不正に受給したうえ、約600万円の使途不明金を発生させるなど計25件の不適切な業務運営があったことから、北九州市は2017年から2018年にかけて社会福祉法・児童福祉法に基づく「改善勧告」を受けていた経緯があった。ちなみに、この不正受給などは法人や施設からの申告ではなく第三者による通報であった[7]

法人理事の横領[編集]

この法人の理事であった男(北九州市議会議員)は、携帯電話用の無線基地局の設置料を、理事在任中の2015年より毎月にわたり個人口座に振り込ませていた。男は13年9ヶ月にわたり振り込ませた法人の事業収入約1700万円を「花見」・「カラオケ」などの私的な支出に、ほぼ全額を使い切っていたことから[8]、小倉税務署は仮装や隠蔽を伴う悪質な所得隠して2019年3月に無申告加算税を男に課した。また、法人側は同年5月に男を解任(解任時は非常勤職員)し、同年8月には約1700万円の返還を求める民事訴訟を福岡地方裁判所小倉支部に提起した[9]

議会[編集]

以前の虐待事件[編集]

この児童養護施設では、児童指導員をしていた別の男性職員が入所中の女子児童と交際して施設外で会うなどの不適切な関係を持ち、問題が発覚すると直ぐに退職していた[10]。報告を受けた北九州市は2017年6月に施設を指導し、施設側は、①虐待防止研修の実施、②防犯カメラを14台設置し早出職員がその内容を確認するなどの「再発防止策」を北九州市に提出していたことが、市議会議員の質問で明らかになった[11]

今回の虐待事件[編集]

元男性職員が今回逮捕されたことを受けて北九州市が2019年6月から特別指導監査を実施したところ、施設は2017年の虐待事件の「再発防止策」として挙げていた①虐待防止の研修を定期的に行っていなかったうえ、②防犯カメラの確認を2018年10月まで適式に実施していなかった。他方、施設を運営する法人の理事会で今回の事件が報告されても、ほぼ議論はなかったことが発覚した。このため、北九州市(子ども家庭局)は今回の事件について「社会福祉審議会」に調査審議の依頼をしていることが、市議会議員の質問で明らかになった[11]

裁判[編集]

2019年10月起訴[編集]

元男性職員は勤務していた児童養護施設に入所する少年への性的虐待により、福岡地方裁判所小倉支部に起訴された。元男性職員は、入所する男子児童らにタブレット端末で遊ばせる、旅行に連れて行くなどして親しくなったうえで、わいせつな行為を長年続けていた。また、諭旨免職後も児童買春を続けていたとする、これら起訴事実について「間違いありません」と認めた[12]

2019年12月判決[編集]

福岡地方裁判所小倉支部の鈴嶋晋一裁判長は、入所児童を指導・監督する立場にあったうえ、被害児童4名(男子小学生2名・男子中学生2名)に慕われていた面もあった。にもかかわらず「児童指導員の立場を悪用して自らの性欲のはけ口として犯行に及んだものであり、酌むべき点はない」と指摘。元男性職員は「以前から同様の行為を繰り返しており、常習性は明らか」「社会に与えた不安も無視できない」として、元男性職員に対して懲役8年(求刑懲役9年)の実刑判決を言い渡した[13][14]。なお、同判決は2019年12月に確定している[10]

勧告[編集]

社会福祉審議会[編集]

北九州市社会福祉審議会「児童福祉専門分科会」は、下記により施設長の退任などを法人理事会に求めるべきと北九州市に提言した[15]

  • 施設長は、元男性職員による指導記録の不記載、勤務時間外の不用意な居残りなどについて労務管理できていなかった。
  • 施設長は、事件発覚後も夜警を強化せず、心理士2名を欠員させるなど、入所児童の心のケアが十分できていなかった。
  • 施設長は、今回の虐待事件を元男性職員個人の性的嗜好とし、施設側も被害者であるとの誤った認識を持ち続けていた。
  • 法人の理事会も、今回の虐待事件は元男性職員個人の問題とし、事件の原因等について議論がほとんどなされなかった。
  • 法人の理事会は、適格性を欠いている施設長を放任するなど、既に内部統制がシステムが機能不全の状態に陥っていた。
  • 法人の理事会は、逮捕歴のある者を再度理事に迎えるなど、改革をする組織として通常あり得ない法人運営をしていた。

北九州市の勧告[編集]

2019年6月より特別指導監査を続けていた北九州市(子ども家庭局)は、前出の社会福祉審議会の提言を受け、社会福祉法56条1項及び児童福祉法46条1項の規定に基づき、施設の管理体制の見直しを求める「改善勧告」を2019年11月に行った。なお、その内容は2019年12月に法人が北九州市に提出する報告書の内容次第では、「業務停止命令」等の措置を講ずるとした厳しいものであった[16]

弁護士会の勧告[編集]

第三者から「子どもの人権救済の申立書」を受理していた福岡県弁護士会人権擁護委員会)は、法人を訪問し「人権救済勧告」を2021年12月2日に執行した[16][17]。このなかで弁護士会は、施設が児童福祉法などが定める最低限の技術的基準を遵守していなかったために、元男性職員による加害を防止できなかったとした。加えて、その被害を拡大させたことは被害児童が有する「人格権」(憲法13条)、「子どもの成長発達権」(児童の権利に関する条約前文、6条、19条)や、「虐待から保護される権利」を侵害することとなると勧告した[18]

脚注[編集]

  1. ^ a b “淫行させた疑い 元施設職員逮捕 福岡県警 入所の中学生に”. 朝日新聞. (2019年6月18日) 
  2. ^ “児童養護施設 相次ぐ性犯罪”. 西日本新聞. (2019年6月18日) 
  3. ^ “入所男児にわいせつ容疑 北九州 元施設職員を再逮捕”. 朝日新聞. (2019年7月9日) 
  4. ^ “「一日里親」男児にわいせつ容疑 福岡 自宅に泊まらせ 元施設職員を逮捕”. 毎日新聞. (2019年7月9日) 
  5. ^ “元施設職員を再逮捕 わいせつ行為をさせ生徒を撮影容疑”. 朝日新聞. (2019年7月30日) 
  6. ^ 児童にわいせつ行為させ撮影容疑 養護施設元職員を逮捕”. 朝日新聞デジタル. 2022年8月5日閲覧。
  7. ^ 一般指導監査及び特別指導監査を実施し不適切な業務運営など25件を指摘した文書. 北九州市子ども家庭局子育て支援課. (平成29~30年) 
  8. ^ 北九州市議が所得隠し 法人収入を「私的流用」 小倉税務署認定 追徴460万円”. 西日本新聞. 2022年8月9日閲覧。
  9. ^ 「流用」北九州市議を提訴 社福法人、1700万円返還要求”. 西日本新聞me. 2022年8月9日閲覧。
  10. ^ a b 「勧告書」. 福岡県弁護士会・福岡県弁護士会人権擁護委員会. (2021-12-2). p. 1 
  11. ^ a b 平成30年度決算特別委員会 第2分科会不議事件 9月20日第1委員会室議事録. 北九州市議会事務局. (2019年9月) 
  12. ^ “養護施設元職員 わいせつ認める 地裁小倉支部で初公判”. 朝日新聞. (2019年10月12日) 
  13. ^ “養護施設元職員、懲役8年の判決 入所者にわいせつ行為”. 朝日新聞. (2019年12月4日) 
  14. ^ 入所の子4人にわいせつ行為 元養護施設職員に懲役8年”. 朝日新聞デジタル. 2022年8月5日閲覧。
  15. ^ 「提言書」(被措置児童虐待に関する調査審議). 北九州市社会福祉審議会 児童福祉専門分科会審査部会. (2019-11-26). pp. 1-3 
  16. ^ a b “児童施設性犯罪 信頼を悪用 北九州の法人に虐待防止勧告 県弁護士会”. 西日本新聞. (2021年12月3日) 
  17. ^ 北九州の児童施設に虐待防止勧告 相次ぐ性犯罪 背景は? 対策は?”. 西日本新聞me. 2022年8月5日閲覧。
  18. ^ 弁護士会の人権救済申立制度(2021月12月「児童養護施設虐待事件」)”. 福岡県弁護士会. 2022年8月2日閲覧。

関連項目[編集]

施設内の虐待事件[編集]

その他[編集]

外部リンク[編集]