内江市

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中華人民共和国 四川省 内江市
NeiJiang.JPG
別称:甜城


四川省中の内江市の位置
四川省中の内江市の位置
簡体字 内江
繁体字 內江
拼音 Nèijīang
カタカナ転写 ネイジャン
国家 中華人民共和国の旗 中華人民共和国
四川
行政級別 地級市
面積
総面積 5,386 km²
人口
総人口(2005) 420 万人
経済
電話番号 0832
郵便番号 641000
行政区画代碼 511000
公式ウェブサイト http://www.neijiang.gov.cn

内江市(ないこう-し)は中華人民共和国四川省東南部に位置する地級市。四川省の穀倉地帯に位置し、サトウキビ栽培や製糖業で古くから栄えたことから「甜城」の別名を持つ。

地理[編集]

内江市は四川盆地中南部の丘陵地帯にあり、面積の多くは丘陵で、北西が高く南東が低い。沱江が西北から南へ向けて市域を貫き、水の量は豊富である。

東は重慶市、西は眉山市、南は自貢市瀘州市、北は資陽市に接する。

歴史[編集]

内江市の市域は西周から戦国時代にかけて、蜀国の東部に相当した。による中国統一後は蜀郡となった。前漢武帝の建元6年(紀元前135年)には資中県が置かれ、後漢順帝の時期には資中県から現在の内江付近の地域が分かれ、漢王朝の治世が長く続くことを願い漢安県と名づけられた。これが内江の初期の名称となっている。

567年北周は漢安県を改名し、中水(現在の沱江)の岸にあることから中江県とした。581年には文帝が父・楊忠のを避けるために中水という地名を改めることにし、県城が川に取り囲まれていることから内江県とした。隋末期には内江県を分けて牛鞞県が作られ、初にこれを資州(現在の資中県)管轄の清溪県とした。北宋の時期には清溪県は廃止され内江県に編入された。

代には内江県の人口が激減したため内江県は廃止されたが、初に復活した。内江県は資州の管轄の県として末期を迎える。

1935年には資州は第二行政督察区に改称され、中華人民共和国成立後は資中専区となった。1950年に資中の専員公署は内江に移り内江専区と改名し、内江、資中、資陽、簡陽、仁寿、威遠などの県を管轄下においた。1951年には内江県城とその近郊が内江市となった。

1968年には専区が地区に改められ、1985年に内江地区が廃止され地級市の内江市となり、かつての内江市は市中区となった。1989年には内江県が廃止され東興区となった。この時期は内江市は資中、資陽、簡陽、威遠、楽至、安岳、隆昌の7県を管轄し総面積は13,340平方kmであった。

1995年、資陽県が県級市・資陽市となり、1996年には簡陽県が県級市・簡陽市になり、ともに内江市から離れて四川省の直轄市となった。1998年2月には国務院による行政区画調整で資陽、簡陽、楽至、安岳の4県市が分離し資陽地区となり、内江市は現在の範囲になった。

行政区画[編集]

2市轄区・1県級市・2県を管轄下に置く。

内江市の地図

年表[編集]

資中専区[編集]

川南行署区内江専区[編集]

  • 1950年5月 - 井研県が楽山専区に編入。(7県)
  • 1951年7月17日 - 内江県の一部が分立し、内江市が発足。(1市7県)
  • 1952年3月19日 (1市7県)
    • 簡陽県の一部(七区施家郷・飛竜郷、五区永寧郷の各一部)が資陽県に編入。
    • 資陽県の一部(二区宝積郷・楠木郷の各一部)が簡陽県に編入。
  • 1952年4月19日 - 栄県の一部が楽山専区井研県に編入。(1市7県)
  • 1952年7月30日 - 楽山専区井研県の一部が栄県に編入。(1市7県)
  • 1952年8月7日 - 四川省の成立により、四川省内江専区となる。

川南行署区隆昌専区[編集]

  • 1952年1月18日 - 瀘県専区が隆昌専区に改称。(8県)
  • 1952年8月7日 - 四川省の成立により、四川省隆昌専区となる。

四川省隆昌専区[編集]

  • 1952年8月16日 - 隆昌県の一部が江津専区栄昌県に編入。(8県)
  • 1952年9月14日 - 雲南省昭通専区威信県の一部が古藺県に編入。(8県)
  • 1952年12月5日 (8県)
    • 隆昌県の一部が富順県瀘県、内江専区内江県に分割編入。
    • 富順県、内江専区内江県の各一部が隆昌県に編入。
  • 1952年12月20日 - 隆昌専区が瀘州専区に改称。

四川省内江地区[編集]

  • 1952年12月5日 (1市7県)
    • 隆昌専区隆昌県の一部(五区界石郷の一部)が内江県に編入。
    • 内江県の一部(椑南郷の一部)が瀘県専区隆昌県に編入。
  • 1952年12月24日 - 資陽県の一部が遂寧専区楽至県に編入。(1市7県)
  • 1953年1月15日 - 楽山専区井研県の一部が栄県に編入。(1市7県)
  • 1953年2月3日 - 資陽県の一部が資中県に編入。(1市7県)
  • 1953年5月9日 (1市7県)
    • 栄県の一部が楽山専区井研県・犍為県に分割編入。
    • 楽山専区犍為県の一部が栄県に編入。
  • 1953年12月29日 - 栄県の一部が楽山専区井研県・犍為県に分割編入。(1市7県)
  • 1954年1月15日 - 栄県の一部が楽山専区井研県に編入。(1市7県)
  • 1954年7月27日 - 自貢市大墳堡区の一部が威遠県に編入。(1市7県)
  • 1954年9月10日 (1市7県)
    • 仁寿県の一部(新興郷および黄興郷の一部)が楽山専区井研県に編入。
    • 楽山専区井研県の一部(竜池郷・全福郷の各一部)が仁寿県に編入。
  • 1954年10月13日 (1市7県)
    • 栄県の一部(三区章佳郷の一部)が威遠県に編入。
    • 威遠県の一部(三区梧桐郷の一部)が栄県に編入。
  • 1958年1月22日 - 資陽県の一部が資中県に編入。(1市7県)
  • 1958年6月2日 - 仁寿県の一部が楽山専区井研県に編入。(1市7県)
  • 1958年10月18日 (1市8県)
  • 1959年8月28日 - 栄県の一部が自貢市郊区に編入。(1市8県)
  • 1960年2月18日 - 簡陽県の一部が成都市郊区に編入。(1市8県)
  • 1964年6月23日 - 内江市の一部が内江県に編入。(1市8県)
  • 1968年9月 - 内江専区が内江地区に改称。(1市8県)
  • 1971年3月16日 - 安岳県の一部が内江県に編入。(1市8県)
  • 1971年6月19日 - 栄県の一部が自貢市貢井区に編入。(1市8県)
  • 1974年9月6日 - 栄県の一部が楽山地区井研県に編入。(1市8県)
  • 1974年12月26日 - 楽至県の一部が安岳県に編入。(1市8県)
  • 1977年7月23日 - 楽山地区仁寿県の一部が簡陽県に編入。(1市8県)
  • 1977年9月24日 - 簡陽県の一部が成都市竜泉駅区に編入。(1市8県)
  • 1978年4月7日 - 宜賓地区隆昌県を編入。(1市9県)
  • 1979年3月27日 - 資陽県の一部が資中県に編入。(1市9県)
  • 1979年5月25日 - 楽至県の一部が簡陽県に編入。(1市9県)
  • 1979年11月16日 - 栄県が自貢市に編入。(1市8県)
  • 1982年8月2日 - 簡陽県の一部が楽山地区仁寿県に編入。(1市8県)
  • 1985年2月11日 (1市8県)
    • 内江市が地級市の内江市に昇格。
    • 内江県・楽至県・安岳県・威遠県・資中県・資陽県・簡陽県・隆昌県が内江市に編入。

内江市[編集]

  • 1985年2月11日 - 内江地区内江市が地級市の内江市に昇格。市中区を設置。(1区8県)
  • 1989年7月7日 (2区7県)
    • 市中区・内江県の各一部が合併し、東興区が発足。
    • 内江県の残部が市中区に編入。
  • 1993年1月16日 - 資陽県が市制施行し、資陽市となる。(2区1市6県)
  • 1994年4月5日 - 簡陽県が市制施行し、簡陽市となる。(2区2市5県)
  • 1995年9月19日 (2区2市5県)
    • 市中区の一部(国光鎮・椑木鎮)が東興区に編入。
    • 東興区の一部(凌家鎮・朝陽鎮・金安鎮・靖民鎮・沱江郷および永安鎮の一部)が市中区に編入。
  • 1998年2月26日 - 資陽市・簡陽市・安岳県・楽至県が資陽地区に編入。(2区3県)
  • 2017年4月9日 - 隆昌県が市制施行し、隆昌市となる。(2区1市2県)

経済[編集]

気候は温和で雨量が多く、土地も肥沃であり、穀倉地帯となっている。サトウキビブタ養蚕などの農業が盛んで、特に中国でも優良な「内江豬」(内江豚)の産地である。サトウキビコウマ(ジュート)、ラッカセイの生産では四川省の首位にある。綿花や油菜、辣椒の生産でも省内トップクラス。市中区と東興区の野菜栽培、資中県のビワ、威遠県のレモンなども特筆すべき農産物。また中国における製糖業の重要な中心である。

河川や池などでは魚の養殖が行われ、ミズドリの類も多く飼育されており、隆昌県は国家級水禽基地、東興区と資中県は省級水禽基地に指定されている。

工業は建材、機械、軽工業(食品)、化学(医薬品)が4大主要産業。鉱業では石炭天然ガス石灰石石英を産出する。

交通[編集]

観光と文化[編集]

内江には多くの観光名所がある。旧跡では仏教の聖地・西林古剎、「川中第一禅林」と呼ばれる聖水寺など。博物館では、内江出身の画家・張大千を記念する張大千紀念館、喻培倫大将軍紀念館など。自然では四川長江森林公園、「川中林海」とよばれる白雲山、重龍山、古宇湖、船石湖。その他、古い町並みの残る「清代一街」、三元塔、高寺塔などがある。

外部リンク[編集]