八田康介

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八田 康介 Football pictogram.svg
名前
愛称 ヤツ[1]
カタカナ ヤツダ コウスケ
ラテン文字 YATSUDA Kosuke
基本情報
国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1982-03-17) 1982年3月17日(35歳)
出身地 福岡県大川市[2]
身長 184cm[3]
体重 84kg[3]
選手情報
ポジション DF[3]
利き足 右足[1]
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
1999 アビスパ福岡 0 (0)
2000-2006 サンフレッチェ広島 41 (0)
2005 サガン鳥栖 (loan) 29 (2)
2007 FC東京 1 (0)
2008-2009 横浜FC 56 (3)
2010 徳島ヴォルティス 0 (0)
2011 SC相模原 12 (0)
2012 アビスパ福岡 0 (0)
代表歴
2000  日本 U-19
監督歴
2013- アビスパ福岡U-14
1. 国内リーグ戦に限る。2012年11月26日現在。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

八田 康介(やつだ こうすけ、1982年3月17日 - )は、福岡県大川市出身のサッカー指導者、元サッカー選手。ポジションはディフェンダーセンターバック[1])。

来歴[編集]

小学校4年生の時にサッカーを始める[4]。中学生時は隣県のJFLクラブ・鳥栖フューチャーズの下部組織でプレーした。1997年にスポーツ特待生として柳川高等学校に進学[5]。目立った実績は挙げられなかったが[5]1999年には国体に出場し[6]、Jリーグ・アビスパ福岡強化指定選手として登録されたことで注目を集めた[7]

2000年サンフレッチェ広島へ入団[8]。プロ同期入団は、森崎和幸浩司兄弟、駒野友一松下裕樹山形恭平中山元気。高いポテンシャルを見せたが[1]、公式戦ではそれを発揮できなかった。2005年サガン鳥栖レンタル移籍[9]、主力として活躍した。2006年から広島へ復帰するも[10]、相次ぐ監督交代も影響し、なかなかアピールできなかった。

2007年FC東京へ完全移籍[11][6]。シーズン序盤は負傷離脱選手が多くセンターバックのレギュラーが固まらずにいたが、八田も半月板損傷[12]などにより出遅れたため[13]、ベンチ入り出来たのはシーズン終盤になってからだった[14]。DF茂庭照幸の出場停止を受けて第33節大宮戦で先発起用されたが[15]、出場はこの1試合にとどまった。

空中戦の強さを評価され[13]2008年横浜FCへ移籍[16][17]。主力として活躍したが2009年限りで契約満了により退団[18]

2010年徳島ヴォルティス[19]2011年にはSC相模原へ移籍[20][2]。いずれも1年で退団した。

2012年はアビスパ福岡の練習生として練習に参加。DF山口和樹が怪我で長期離脱した事もあり、選手登録期限[21]締切直前の3月28日に加入が発表された[22][23]。福岡ではリーグ戦無出場に終わり、同シーズン限りで現役を引退[3]2013年より同クラブ下部組織の監督に就いている[24]。2014年、B級指導者ライセンス取得[25]

所属クラブ[編集]

個人成績[編集]

国内大会個人成績
年度 クラブ 背番号 リーグ リーグ戦 リーグ杯 オープン杯 期間通算
出場 得点 出場 得点 出場 得点 出場 得点
日本 リーグ戦 リーグ杯 天皇杯 期間通算
2000 広島 28 J1 0 0 0 0 0 0 0 0
2001 3 0 2 0 0 0 5 0
2002 18 7 0 4 0 2 0 13 0
2003 J2 24 0 - 1 0 25 0
2004 J1 3 0 0 0 0 0 3 0
2005 鳥栖 J2 29 2 - 2 0 31 2
2006 広島 2 J1 4 0 4 0 0 0 8 0
2007 FC東京 4 1 0 0 0 0 0 1 0
2008 横浜FC 3 J2 30 1 - 0 0 30 1
2009 26 2 - 1 0 27 2
2010 徳島 22 0 0 - 0 0 0 0
2011 相模原 26 関東2部 12 0 - - 12 0
2012 福岡 22 J2 0 0 - 0 0 0 0
通算 日本 J1 18 0 10 0 2 0 30 0
日本 J2 109 5 - 4 0 113 5
日本 関東2部 12 0 - - 12 0
総通算 139 5 10 0 6 1 155 6
  • 強化指定選手としての公式戦出場はなし
出場歴
その他の公式戦

代表歴[編集]

  • U-18日本代表候補 (1999年)
  • U-19日本代表
    • 2000年 - テルボルグ国際ユース大会
  • U-20日本代表候補 (2001年)

指導歴[編集]

脚注[編集]

  1. ^ a b c d e f 選手データベース 八田康介”. 2010年6月2日時点のオリジナルよりアーカイブ。2013年5月4日閲覧。 WEBサッカーマガジン (2008年2月21日)
  2. ^ a b 新加入選手のお知らせ SC相模原 (2011年2月23日)
  3. ^ a b c d 八田 康介選手 現役引退のお知らせ アビスパ福岡 2013.01.12
  4. ^ a b c 『FC東京ファンブック2007』 毎日新聞社2007年、47頁。
  5. ^ a b 5.「J世代」八田康介”. 2000年10月29日時点のオリジナルよりアーカイブ。2008年9月21日閲覧。 中国新聞 (2000年2月18日)
  6. ^ a b 八田康介選手の移籍加入決定のお知らせ”. 2007年1月12日時点のオリジナルよりアーカイブ。2014年2月15日閲覧。 (2007年1月9日)
  7. ^ J1チームが“熱視線”柳川高校・DF八田康介”. 1999年10月10日時点のオリジナルよりアーカイブ。2013年5月4日閲覧。 西日本新聞 (1999年6月5日)
  8. ^ 来年3月高等学校卒業予定の新加入内定選手について”. 2000年6月5日時点のオリジナルよりアーカイブ。2014年2月15日閲覧。 サンフレッチェ広島 (1999年12月22日)
  9. ^ 八田康介選手サンフレッチェ広島より期限付移籍加入のお知らせ”. 2005年1月21日時点のオリジナルよりアーカイブ。2014年2月15日閲覧。 サガン鳥栖 (2005年1月14日)
  10. ^ 八田 康介選手 期限付き移籍より復帰のお知らせ サンフレッチェ広島 (2006年4月8日)
  11. ^ a b c 八田 康介選手 FC東京へ完全移籍のお知らせ サンフレッチェ広島 (2007年1月9日)
  12. ^ 八田康介選手の検査結果について”. 2012年7月14日時点のオリジナルよりアーカイブ。2014年2月15日閲覧。 FC東京 (2007年4月12日)
  13. ^ a b 東京戦力外のDF八田が横浜FCへ 日刊スポーツ (2007年12月25日)
  14. ^ 選手出場記録 Jリーグ (2007年12月1日)
  15. ^ 【J1:第33節 F東京 vs 大宮】原博実監督(F東京)記者会見コメント J's GOAL (2007年11月24日)
  16. ^ 八田康介選手 横浜FCへ完全移籍決定のお知らせ”. 2007年12月25日時点のオリジナルよりアーカイブ。2014年2月15日閲覧。 FC東京 (2007年12月25日)
  17. ^ 完全移籍加入決定のお知らせ”. 2007年7月18日時点のオリジナルよりアーカイブ。2014年2月15日閲覧。 横浜FC (2007年12月25日)
  18. ^ 来季の契約を更新しない選手について[横浜FC] J's GOAL (2009年12月3日)
  19. ^ 八田 康介 選手の新規加入(完全移籍)のお知らせ 徳島ヴォルティス (2010年1月13日)
  20. ^ 八田 康介選手 SC相模原へ完全移籍のお知らせ 徳島ヴォルティス (2011年2月23日)
  21. ^ 2012シーズン追加登録期限について Jリーグ (2011年12月19日)
  22. ^ 八田康介選手 アビスパ福岡へ移籍のお知らせ SC相模原 (2012年3月28日)
  23. ^ 八田 康介選手 加入のお知らせ アビスパ福岡 (2012年3月28日)
  24. ^ 八田 康介氏 アビスパ福岡U-14監督 就任のお知らせ アビスパ福岡 (2013年3月1日)
  25. ^ 2013年度(平成25)年度 公認B級コーチ養成講習会 合格者【419名】 (PDF) 日本サッカー協会 (2014年4月10日)
  26. ^ 中国杭州緑城サッカークラブ有限公司とアカデミー育成に関する業務提携のお知らせ アビスパ福岡 (2014年3月19日)

関連項目[編集]


外部リンク[編集]