伊佐耕平

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
伊佐 耕平 Football pictogram.svg
名前
カタカナ イサ コウヘイ
ラテン文字 ISA Kohei
基本情報
国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1991-11-23) 1991年11月23日(30歳)
出身地 兵庫県
身長 175cm
体重 70kg
選手情報
在籍チーム 日本の旗 大分トリニータ
ポジション FW
背番号 13
利き足 右足
ユース
2007-2009 神戸科学技術高
2010-2013 大阪体育大学
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
2014- 大分トリニータ 187 (26)
1. 国内リーグ戦に限る。2021年12月4日現在。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj
イサチューーブ
YouTube
チャンネル
活動期間 2019年9月8日 -
ジャンル サッカー
登録者数 1.2 万人
総再生回数 814,628 回
チャンネル登録者数・総再生回数は
2021年5月2日時点。
テンプレートを表示

伊佐 耕平(いさ こうへい、1991年11月23日 - )は、兵庫県出身のプロサッカー選手Jリーグ大分トリニータ所属。登録ポジションはフォワード。マネジメント会社はバイプレーヤーズ[1]

経歴[編集]

プロ入り前[編集]

神戸科学技術高校では3年次に全国高等学校サッカー選手権大会に出場したが、1回戦・青森山田高校戦の前半20分に負傷交代すると前十字靭帯断裂と半月板損傷と診断され[2]、3月に手術を行った。

2010年大阪体育大学に入学し、サッカー部に入部(同期は池永航山本大稀)した後も前述の手術の影響により、リハビリに時間を費やす形となった[2]。更に翌年3月には右膝の靭帯を断裂し[2]、2年次までは公式戦の出場機会は無かった。怪我の癒えた大学3年時の2012年より出場機会が増え、2013年は2学年下の澤上竜二とのツートップでチームの総得点数の半分以上をマーク[3]。伊佐自身は9得点10アシストをマークし、同大学の24年振りの関西学生リーグ1部制覇に貢献。インターカレッジでは4試合3得点を記録し[4]優勝に貢献した。同大会時点では卒業後の進路は未定であったが、翌2014年1月16日J2大分トリニータへの加入内定が発表された[5]

プロ入り後[編集]

2014年、大分トリニータに加入。J2第4節・熊本戦で先発出場によりプロ公式戦デビューを果たした。翌2015年は出場機会を増加させ、プロ初ゴールを含む3得点をマークした。2016年は大分のJ3降格に伴い同リーグでプレー。開幕前の2月28日に行われたトレーニングマッチにて負傷。全治3ヶ月の左膝半月板損傷と診断されたが[6]、懸命にリハビリをこなした結果[7]、診断より約1ヶ月早い5月8日のJ3第8節栃木戦で復帰を果たした。第14節・秋田戦で右足を骨折し、再び負傷離脱[8]した影響もあり、最終的にはリーグ戦16試合の出場に留まった。

2017年はリーグ戦出場39試合の内、26試合が交代出場とスーパーサブ[9]としての起用が多かったが、チーム2位となる9得点をマークした。2018年は出場試合数と得点は前年より減少したものの、先発機会は16試合と前年より増加。第35節・水戸戦にて1得点1アシストの活躍を見せた他[10]、「フィジカルを鍛えたことで相手を抑え込もうと気にせずトラップに集中できるようになった」とポストプレーでの貢献度も高め[11]、チームのJ1昇格に貢献した。

自身初のJ1挑戦となった2019年は、YBCルヴァンカップグループステージ第2節・名古屋戦にて負傷し、全治4ヶ月の左膝軟骨損傷と診断され戦線離脱[12]。その後J1第25節・松本戦にて復帰し、翌第26節・湘南戦にてJ1初ゴールを記録した[13]

2021年、背番号を高松大樹の引退以来、4シーズンに渡って空き番となっていた13番に変更[14]

エピソード[編集]

  • かつては生涯独身を宣言していたが、2019年5月1日に一般女性と結婚したことを翌2日に報告した[15]
  • 大阪体育大学で2トップを組んだ澤上竜二は、インタビューで尊敬する選手について尋ねられた時に「あの人がいた時が一番やりやすかった。自分を生かしてくれた」と伊佐の名を挙げている[16]
  • かつては大の野菜嫌いであり[17][18]ピザを食べる際も丁寧に野菜を取り除いてから食していた[19]。ビタミンが不足するのではという問いに対しては「穀物など野菜以外の食べ物に含まれるわずかなビタミンを、体が探し出して摂取してますから」と答えている[19]
  • 勝利試合の後(アウェーゲームの場合は自身がベンチ入りの場合)には自身のInstagramアカウントに、スタジアムの廊下やバスの車内で撮影した選手が出演する動画を投稿している[20]。本人曰く「上下関係なく誰にでもズバズバ行けるタイプ[20]」で、動画内では新加入の後輩選手を優しく迎え入れたり、時には先輩選手を弄る姿も見せている[20]。この事について質問された際には「もう何か定番というか、義務みたいになっているんですよね」、「正直しんどい時もあるんですけど、楽しみにしてくれる人もいる。最近はインスタやってる選手も多いですけど、サポーターが喜んでくれたら良いですよね[20]」とコメントしている。2018年11月17日のアウェー山形戦にて大分がJ1昇格を決めた際には、伊佐はコンディション不良の為チームに帯同していなかったが、試合終了後、伊佐と共にクラブハウスで試合を見守っていた選手・スタッフの様子をライブ配信した[21]

所属クラブ[編集]

個人成績[編集]

国内大会個人成績
年度クラブ背番号リーグ リーグ戦 リーグ杯オープン杯 期間通算
出場得点 出場得点出場得点 出場得点
日本 リーグ戦 リーグ杯天皇杯 期間通算
2014 大分 18 J2 15 0 - 2 0 17 0
2015 30 3 - 1 1 31 4
2016 J3 16 4 - 1 0 17 4
2017 J2 39 9 - 2 2 41 11
2018 34 4 - 0 0 34 4
2019 J1 5 1 2 0 0 0 7 1
2020 22 3 1 0 - 23 3
2021 13 26 2 2 0 5 0 33 2
2022 J2
通算 日本 J1 53 6 5 0 5 0 63 6
日本 J2 118 16 - 5 3 123 19
日本 J3 16 4 - 1 0 17 4
総通算 187 26 5 0 11 3 203 29
その他の公式戦

タイトル[編集]

大阪体育大学サッカー部
大分トリニータ

脚注[編集]

  1. ^ クライアント”. バイプレーヤーズ. 2018年11月20日閲覧。
  2. ^ a b c 大阪体育大FW伊佐耕平(4年)_2度の靱帯断裂から復活…現在は“就活中””. ゲキサカ. 講談社 (2013年12月20日). 2020年5月10日時点のオリジナルよりアーカイブ。2020年5月10日閲覧。
  3. ^ 指揮官「ほんとによく頑張ってくれた」大阪体育大、24年ぶりの関西制覇”. ゲキサカ. 講談社 (2013年11月26日). 2020年5月10日時点のオリジナルよりアーカイブ。2020年5月10日閲覧。
  4. ^ スケジュール・試合結果(第62回全日本大学サッカー選手権大会)”. 日本サッカー協会 (2018年10月20日). 2019年1月17日閲覧。
  5. ^ 伊佐耕平選手(大阪体育大)新加入のお知らせ, , J's GOALアーカイブ (大分トリニータ), (2014年1月16日), https://www.jleague.jp/jsgoal_archive/official/detail.php?press_code=00167174&keyword=&team=463&year=2014 2020年5月10日閲覧。 
  6. ^ 大分FW伊佐が左膝半月板損傷…全治3か月”. ゲキサカ. 講談社 (2016年3月8日). 2020年5月10日閲覧。
  7. ^ 【ピッチサイド小話】伊佐耕平の“野性”を復活させた1本の電話”. 大分トリニータ (2016年6月1日). 2020年5月10日時点のオリジナルよりアーカイブ。2020年5月10日閲覧。
  8. ^ 大分FW伊佐が右足骨折で全治約8週間”. ゲキサカ. 講談社 (2016年7月6日). 2020年5月10日閲覧。
  9. ^ オー!エス!に刻まれた名言 #011”. オー!エス! OITA SPORTS. 大分合同新聞,テレビ大分 (2017年8月26日). 2020年5月10日時点のオリジナルよりアーカイブ。2020年5月10日閲覧。
  10. ^ 【J2採点】水戸1-2大分|大分が4連勝! MOMは1G・1Aの伊佐”. サッカーダイジェスト (2018年10月2日). 2018年11月20日閲覧。
  11. ^ 前節の敗戦に責任を感じる伊佐耕平。新調スパイクでリベンジを誓う”. スクワッド (2018年10月20日). 2018年11月20日閲覧。
  12. ^ “伊佐 耕平選手 怪我の診断結果について” (プレスリリース), 大分トリニータ, (2019年5月1日), https://www.oita-trinita.co.jp/news/20190550654/ 2020年5月10日閲覧。 
  13. ^ “J1大分7戦ぶり勝利 三平&伊佐、今季初ゴール”. 西日本新聞. (2019年10月15日). https://www.nishinippon.co.jp/nsp/item/n/543342/ 2020年5月10日閲覧。 
  14. ^ “2代目ミスタートリニータ誕生 大分FW伊佐耕平が高松氏の「13」継承”. デイリースポーツ. (2021年1月17日). https://www.daily.co.jp/soccer/2021/01/17/0014012123.shtml 2021年1月18日閲覧。 
  15. ^ 生涯独身宣言していた大分FW伊佐が入籍「こんなに一人の女性を愛おしく想ったことはない」”. ゲキサカ. 講談社 (2019年5月2日). 2019年5月4日閲覧。
  16. ^ 関西Lが誇る点取り屋 澤上、呉屋、岡が語り合う「大学FWの価値観を変えたい」”. ゲキサカ. 講談社 (2015年7月2日). 2020年5月10日閲覧。
  17. ^ “究極の偏食アスリート”伊佐耕平、さらなる脅威の生態を明かす”. ブロゴラ. スクワッド (2015年7月11日). 2020年5月10日時点のオリジナルよりアーカイブ。2020年5月10日閲覧。
  18. ^ シブさを追求する伊佐耕平が最大の賛辞を贈る、あの得点の陰の立役者”. ブロゴラ. スクワッド (2015年9月9日). 2020年5月10日時点のオリジナルよりアーカイブ。2020年5月10日閲覧。
  19. ^ a b 「『とんがりコーン』はお菓子です」。ドヤ顔をキメた伊佐耕平のアスリートらしからぬ食生活”. ブロゴラ. スクワッド (2014年9月19日). 2020年5月10日時点のオリジナルよりアーカイブ。2020年5月10日閲覧。
  20. ^ a b c d 勝利のインスタ動画がひそかな人気…大分FW伊佐耕平「僕にしか撮れない顔がある」”. ゲキサカ. 講談社 (2018年8月19日). 2020年5月10日時点のオリジナルよりアーカイブ。2020年5月10日閲覧。
  21. ^ 42分の1試合を積み上げて全員で掴んだ自動昇格。山形の地でたどり着いた境地”. 大分トリニータ (2018年11月20日). 2020年5月10日時点のオリジナルよりアーカイブ。2020年5月10日閲覧。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]