上申書殺人事件

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上申書殺人事件(じょうしんしょさつじんじけん)とは茨城県で発生した殺人事件である。「上申書事件」「茨城上申書殺人事件」とも称される。

概要[編集]

死刑判決を受けて上訴中だった元暴力団組長の被告人・後藤良次が、殺人2件と死体遺棄1件の上書を提出。後藤が「先生」と慕っていた不動産ブローカー・三上静雄が3件の首謀者として告発された。後藤に取材を続けていた雑誌『新潮45』が2005年に報ずると世間の耳目を集め、三上が関与した1つの殺人事件について刑事事件となった。

後藤は三上と共同殺人の後、自分に不義理を働いた人物らに制裁を加えるため、共犯者1名と共謀の上1人の男性を川に突き落として水死させた。次に多数の共犯者と共謀の上別の1人の自宅を襲撃してその場にいた男女4人全員を監禁、高濃度の覚醒剤を注射して女性1人を中毒死させ、部屋を放火して残り3人の殺害を企てた、水戸市男性殺害事件・宇都宮男女4人死傷事件の首謀者として上記の判決を受けていた。

後藤が上書で告発したきっかけは、三上が首謀した殺人事件の報酬を受け取る約束が、直前に別の刑事事件で逮捕・長期勾留され三上に反故にされた事、世話を頼んだ舎弟が自殺した際舎弟の財産が三上に処分された事であった。上書には三上や後藤の舎弟(別事件の共犯らおよび自殺した人物)だけでなく、三上と関わりのある会社経営者や死亡者の家族らも三上同様逮捕を免れた共犯として名前が挙がっていた。

上申書の事件[編集]

石岡市焼却事件
1999年11月中旬に三上が金銭トラブルを巡ってネクタイで男性の首を絞めて殺害し、茨城県石岡市のとある会社まで運び、敷地内の焼却場で、三上が新聞紙を丸めて火を付け廃材と一緒に焼いた。
被害男性は推定60歳代だが名字しかわからなかった。遺体が焼かれて残っていないだけでなく、身元確認も困難な状況となった。
この事件で三上は億単位の金を入手した。
北茨城市生き埋め事件
1999年11月下旬に三上が埼玉県大宮市(現さいたま市)の資産家男性(当時70代)を水戸市の駐車場で拉致して北茨城市の三上の所有地まで運んで穴を掘り、穴の中に入れて生き埋めにして殺害した。男性の土地は三上の名義にされた後売却された。
被害男性は特定されており、男性の住民票移動や土地登記の移動も上申書の通り裏付けられた。
しかし、三上所有の土地で遺体が見つからなかった(三上が証拠隠滅のために、遺体を掘り起こして別の土地に移したという情報がある)。被害男性は身寄りがなく、DNA鑑定をしても本人確認は困難であった。
この事件で三上は約7000万円を入手。
日立市ウォッカ事件
三上は、2000年7月中旬から借金を抱えていた茨城県阿見町のカーテン店経営者(当時67歳)を日立市内の事務所等で軟禁状態に置き、糖尿病肝硬変を患っていた被害者の体調悪化を狙い1か月の間に大量のを与え、2000年8月中旬に三上の自宅で高アルコール濃度のウォッカを無理やり飲ませて病死に見せかけて殺害し、遺体を七会村(現城里町)下赤沢の山中の林道に運んで遺棄した事件である。8月15日に遺体が発見された。当初は警察が「事件性無し」として処理した結果、残された家族は生保会社2社から約1億円の生命保険金を手にしたが、大部分は三上達によって山分けされた。

刑事裁判[編集]

告発されていた3つの殺人事件の内、日立市ウォッカ事件が保険金殺人として刑事裁判となった。

裁判の結果、首謀者である三上は無期懲役、死亡現場に立ち会い三上と殺人の共謀をしていた後藤は懲役20年(後に宇都宮市の事件で死刑確定)、従犯だった舎弟4人は不起訴(生存した3人は別事件で12年 - 無期の懲役)、保険金殺人の依頼をした死亡者家族3人に懲役13年から15年が言い渡された。死亡保険金が振り込まれた口座を不正開設した詐欺罪で死亡者家族2人が懲役1年・執行猶予3年となった。

事件捜査中の2006年12月31日に、殺人事件の依頼を仲介したとされる工務店経営者(当時52歳)が交通事故死している。

関連書籍[編集]

  • 新潮45編集部編『凶悪 -ある死刑囚の告発-』(新潮文庫)

関連項目[編集]

  • 凶悪 (映画) ……『凶悪 -ある死刑囚の告発-』の映画化。