ミス・ユニバース1992

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ミス・ユニバース1992
開催日 1992年5月9日[注釈 1]
司会者
会場 タイ王国バンコク
クイーン・シリキット・ナショナル・コンベンション・センター
放送局
参加 78
セミファイナル 10
初参加
不参加
再参加
優勝者 ミッチェル・マクリーン
ナミビアの旗 ナミビア
好感度部門 バーバラ・ジョンソン
タークス・カイコス諸島の旗 タークス・カイコス諸島
民族衣装部門 パメラ・サルサ
 パラグアイ
フォトジェニック部門 ソレダード・ディアブ
エクアドルの旗 エクアドル

ミス・ユニバース1992(Miss Universe 1992、第41回ミス・ユニバース世界大会)は1992年5月9日[注釈 1]タイ王国バンコククイーン・シリキット・ナショナル・コンベンション・センターで開催された。この年は78か国の代表が競った。最後にナミビアミッチェル・マクリーンが優勝し、メキシコルピタ・ジョーンズから栄冠を授けられた。ナミビアの優勝はこれが初めてで、現在まで唯一である。日本からは安藤晃子が出場した。

最終結果[編集]

バンコクのクイーン・シリキット・コンベンション・センター

入賞者[編集]

最終結果 参加者
ミス・ユニバース1992
第2位
第3位
トップ6
トップ10

特別賞[編集]

開催都市[編集]

タイ王国は早くも1991年8月から、大会の開催を予定し、10月に開催された世界銀行会議と大会に先立って市の印象を改善するため、数千人のスラム居住者を退去させた。[1]

1991年12月、バンコクでの大会開催が公式に発表され、当初は5月16日に予定されていた。[2] 翌年3月、開催日は仏教の祭日であるウェーサーカ祭と重ならないように、5月8日に前倒しされた。[3]

政治的な危機[編集]

大会はタイの政治的な危機の中で開催された。危機はスチンダー・クラープラユーン将軍の政権に反対する5月17日の暗黒の5月事件で絶頂に達した。大会の前日、広報責任者は状況が悪化すれば大会は中止せざるを得ないかもしれないと表明したが、他の大会関係者はその怖れは少ないと見ていた。[4]

参考文献一覧[編集]

脚注[編集]

  1. ^ a b この大会はタイ時間UTC+7)で午前8時に開催された。アメリカ大陸では、これは合衆国を含む地方時で5月8日であった。
  1. ^ Shenon, Philip (1991年8月25日). “Thailand Evicting the Poor: Coming Events Spur Leaders to Level Slum”. Los Angeles Daily News 
  2. ^ “Miss Universe contest to be held Bangkok in May”. Agence France-Press. (1991年12月17日) 
  3. ^ “Organizers seek new date for beauty pageant”. Agence France-Press. (1992年3月6日) 
  4. ^ “Miss Universe organiser says political crisis threatens pageant”. Agence France-Presse. (1992年5月7日) 

外部リンク[編集]