ミス・ユニバース1955

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ミス・ユニバース1955
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ヒレヴィ・ロンビン、ミス・ユニバース1955
開催日 1955年7月22日
司会者 ボブ・ラッセル
会場 アメリカ合衆国
カリフォルニア州
ロングビーチ市立公会堂
参加 33
入賞 15
初参加
不参加
再参加 ベネズエラ
優勝者 ヒレヴィ・ロンビン
スウェーデンの旗 スウェーデン
好感度部門 マリベル・アリエタ
エルサルバドルの旗 エルサルバドル
前回 1954
次回 1956

ミス・ユニバース1955(Miss Universe 1955、第4回ミス・ユニバース世界大会)は、1955年7月22日アメリカ合衆国カリフォルニア州ロングビーチ市立公会堂で開催され、33か国の女性たちが競った。21歳のミス・スウェーデンヒレヴィ・ロンビンが優勝し、 前年のタイトル保持者であるアメリカのミリアム・スティーブンソンから栄冠を授けられた。日本高橋敬緯子は第5位に入り、1953年伊東絹子に次いで2人目の日本人入賞者となった。

最終結果[編集]

ミス・ユニバース1955の参加国と最終結果

入賞者[編集]

最終結果 参加者
ミス・ユニバース1955
第2位
第3位
第4位
第5位
トップ15

参加者[編集]

(出典:[5]

ノート[編集]

初参加[編集]

再参加[編集]

1953年以来の参加:

不参加[編集]

辞退者[編集]

特別賞[編集]

参考文献一覧[編集]

脚注[編集]

  1. ^ Gina Zamparelli, daughter of Sri Lankan beauty queen Maureen Hingert, dies in LA”. newstrails.com (2018年5月26日). 2021年9月14日閲覧。
  2. ^ John Lamperti. “The most beautiful girl in the world”. math.dartmouth.edu. 2014年11月24日閲覧。
  3. ^ 「高橋敬緯子」『週刊サンケイ』第8巻第29号、産業経済新聞社、1959年7月10日、 38頁、 doi:10.11501/1809539
  4. ^ “Richard Schine's Life Might Cautions the Sons of Self-made Men”. Spy (Spy Publishing Partners): 56. (1991). ISSN 0890-1759. https://books.google.com/books?id=G6J2BiVlRBkC&pg=PA56 2021年9月14日閲覧。. 
  5. ^ Miss Universe 1955”. pageantopolis.com. 2012年2月7日閲覧。