マリー・ド・ブラバン

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マリー・ド・ブラバン
Marie de Brabant
フランス王妃
Marie of Brabant.jpg
出生 1254年5月13日
ルーヴェン
死去 1321年1月10日
Flag of France (XII-XIII).svg フランス王国レ・ミュロー
埋葬  
Flag of France (XII-XIII).svg フランス王国、コルドリエ修道院
配偶者 フランスフィリップ3世
子女 ルイ
ブランシュ
マルグリット
父親 ブラバント公アンリ3世
母親 アデライード・ド・ブルゴーニュ
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マリー・ド・ブラバンの戴冠

マリー・ド・ブラバン(Marie de Brabant, 1254年5月13日 - 1321年1月10日)は、フランスフィリップ3世の2番目の王妃。父はブラバント公アンリ3世、母はブルゴーニュ公ユーグ4世の娘アデライード。

生涯[編集]

1275年6月24日、最初の王妃イザベル・ダラゴンと4年前に死別したフィリップ3世と結婚した。その際に、父方のブラバント家、母方のブルゴーニュ家の関係者が従い、宮廷内で派閥を形成し、王の寵臣であったピエール・ド・ラ・ブロスと対立した。最終的にピエール・ド・ラ・ブロスは王妃派により逮捕、処刑された[1]

フィリップ3世との間には1男2女が生まれた。

脚注[編集]

  1. ^ 佐藤、p. 194

参考文献[編集]

  • 佐藤賢一 『カペー朝 フランス王朝史1』 講談社現代新書、2009年