アデル・ド・シャンパーニュ

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アデル・ド・シャンパーニュ
Adèle de Champagne
フランス王妃
Ludvik7 zena modlitba.jpg
アデルとルイ7世、フィリップ2世
出生 1140年
Royal Standard of the King of France.svg フランス王国ブロワ
死去 1206年6月4日
Royal Standard of the King of France.svg フランス王国パリ
埋葬  
ポンティニー修道院
配偶者 フランスルイ7世
子女 フィリップ2世
アニェス
父親 シャンパーニュ伯ティボー2世
母親 マティルド・ド・カリンティ
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アデル・ド・シャンパーニュ(Adèle de Champagne, 1140年頃 - 1206年6月4日)は、フランスルイ7世の3番目の王妃。名はアデライード(Adélaïde)、アリックス(Alix)とも呼ばれる。父はシャンパーニュ伯ティボー2世、母はケルンテン公エンゲルベルトの娘マティルド。叔父にイングランドスティーヴンがいる。

生涯[編集]

1160年にルイ7世と結婚した。ルイ7世は、最初の妻アリエノール・ダキテーヌとは1152年に離婚し(イングランド王ヘンリー2世と再婚した)、2番目の妃コンスタンス・ド・カスティーユとは1160年に死別していたが、どちらとの間にも男子がいなかった[1]。また、最初の妻アリエノールとの間の娘マリーアリックスは、いずれもアデルの兄であるシャンパーニュ伯アンリ1世、ブロワ伯ティボー5世と結婚している。

アデルとルイ7世の間には1男1女が生まれた。

脚注[編集]

  1. ^ 佐藤、p. 98

参考文献[編集]

  • 佐藤賢一 『カペー朝 フランス王朝史1』 講談社現代新書、2009年