アデル・ド・サヴォワ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索
アデル・ド・サヴォワ
Adèle de Savoie
フランス王妃
Adelaidesavojska.jpg
出生 1092年
サン=ジャン=ド=モーリエンヌ
死去 1154年11月18日
埋葬  
サン=ピエール・ド・モンマルトル教会
配偶者 フランスルイ6世
子女 フィリップ
ルイ7世
アンリ
ユーグ
ロベール
コンスタンス
フィリップ
ピエール
父親 サヴォイア伯ウンベルト2世
母親 ジゼル・ド・ブルゴーニュ
テンプレートを表示

アデル・ド・サヴォワ(Adèle de Savoie, 1092年 - 1154年11月18日)は、フランスルイ6世の2番目の王妃。アデル・ド・モーリエンヌ(Adèle de Maurienne)とも呼ばれ、名前はまたアデライード(Adélaïde)、アリックス(Alix)とも呼ばれる。父はサヴォイア伯ウンベルト2世、母はブルゴーニュ伯ギヨーム1世の娘ジゼルで、ローマ教皇カリストゥス2世の姪に当たる。1154年、死去。パリのサン=ピエール・ド・モンマルトル教会Église Saint-Pierre de Montmartre)に埋葬された。

1115年にルイ6世と結婚し、7男2女をもうけた。

  • フィリップ(1116年 - 1131年) - 父王在位中に共同王位についた(1129年 - 1131年)。
  • ルイ7世(1120年 - 1180年) - フランス王
  • アンリ(1121年 - 1175年) - ランス大司教
  • ユーグ(1122年頃)
  • ロベール(1123年頃 - 1188年) - ドルー伯、ドルー家の祖。
  • コンスタンス(1124年頃 - 1176年) - ブローニュ伯ウスタシュ4世と結婚、のちトゥールーズ伯レーモン5世と結婚
  • フィリップ(1125年 - 1161年) - パリ司教
  • ピエール(1125年頃 - 1183年) - クルトネー領主、クルトネー家の祖。
  • 女子(夭逝)