アデライード・ダキテーヌ

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アデライード・ダキテーヌ
Adélaïde d'Aquitaine
フランス王妃
Adelaide of Aquitaine.jpg
出生 945/52年
死去 1004年
配偶者 フランスユーグ・カペー
子女 エドヴィジュ(アヴォワーズ)
ロベール2世
ジゼル
アデル(アリックス)
父親 アキテーヌ公ギヨーム3世
母親 アデル・ド・ノルマンディー
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アデライード・ダキテーヌ(Adélaïde d'Aquitaine)またはアデライード・ド・ポワチエ(Adélaïde de Poitiers, 945/52年 - 1004年)は、カペー朝最初のフランスユーグ・カペーの王妃。名前はアデル(Adèle)とも。父はアキテーヌ公ギヨーム3世、母はノルマンディー公ロロの娘アデル。弟であるアキテーヌ公ギヨーム4世の子孫にフランス王ルイ7世の王妃、次いでイングランドヘンリー2世の王妃となったアリエノール・ダキテーヌがいる。

970年にユーグ・カペーと結婚し、987年に夫がフランス王に選出されたことで王妃となった。

夫ユーグ・カペーとの間に以下の子をもうけた。

  • エドヴィジュ(アヴォワーズ)(970年頃 - 1013年以降) - エノー伯レニエ4世と結婚
  • ロベール2世(972年 - 1031年) - フランス王
  • ジゼル(972年頃 - 1002年) - ポンティユー伯ユーグ1世と結婚
  • アデル(アリックス)(973年頃 - 1063年)