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ホセ・ヌーニェス (右投手)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ホセ・ヌーニェス
José Núñez
基本情報
国籍 ドミニカ共和国の旗 ドミニカ共和国
出身地 ハラバコア
生年月日 (1964-01-13) 1964年1月13日(62歳)
身長
体重
6' 4" =約193 cm
195 lb =約88.5 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 投手
プロ入り 1983年 アマチュアFA
初出場 MLB / 1987年4月9日
CPBL / 1993年3月13日
NPB / 1996年3月31日
KBO / 2001年
最終出場 MLB / 1990年10月1日
CPBL / 1995年10月11日
NPB / 1997年7月28日
KBO / 2001年
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

ホセ・ヌーニェス・ヒメネスJosé Núñez Jiménez, 1964年1月13日 - )は、ドミニカ共和国出身の元プロ野球選手投手)。

福岡ダイエーホークスでの登録名ホセ。台湾球界での登録名は王漢。韓国での登録名は누네스

経歴

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1983年カンザスシティ・ロイヤルズと契約。

1986年オフにルール・ファイブ・ドラフトトロント・ブルージェイズに移籍。

1987年4月9日の対クリーブランド・インディアンス戦(エキシビション・スタジアム)で、6回表途中からジョン・セルティの後を受けて3番手として登板しメジャーデビュー。この試合で7回にジョー・カーターに2点本塁打を浴び、メジャーデビュー戦は2イニング1/3を投げて2失点という結果に終わった。

1990年シカゴ・カブスに移籍。

1993年から3シーズン、CPBL統一ライオンズでプレーし、最多勝利、最多奪三振などのタイトルを獲得。1993年に挙げた22勝は、陳義信と並ぶ台湾のシーズン最多勝記録として残っている。

1996年NPB福岡ダイエーホークスに入団。入団当初は先発で起用され、先発では1勝5敗と好結果が出なかったが、シーズン途中からは木村恵二の不調で不在となっていた抑えに抜擢され、6月は8試合連続セーブポイントを含む1勝8セーブを挙げパシフィック・リーグ月間MVP(投手部門)に選ばれた[1][2]。この月の野手部門は村松有人が受賞しており、同年最下位に沈むチームからの月間MVPダブル受賞という珍しい事が起きた[2]。また、最終的に16セーブを挙げた。

1997年は、ルーキー岡本克道が抑えに台頭し、リリーフでの中途半端な起用が続きシーズン終了後に自由契約となった。

1998年TML台中中繊金剛に所属するが怪我のため、シーズン途中で解雇された。

2001年KBOハンファ・イーグルスでプレーしたが、不振によりシーズン途中で退団。その後は独立リーグでプレーし引退した。

引退後は、ミルウォーキー・ブルワーズ傘下のパイオニアリーグに加盟のヘレナ・ブルワーズで投手コーチを務めた。

人物・エピソード

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味方のファインプレーの度に派手なガッツポーズをし、3アウトの際にはベンチまで全力疾走するなど明るい性格だった[1]

統一時代からバント処理が非常に苦手であり[3]、ダイエー時代には1996年4月13日の近鉄バファローズ戦やリリーフ転向後最初の試合となった5月11日の西武ライオンズ戦ではバント攻めに遭い、失点を重ねた[1]。特に5月7日の日生球場での近鉄戦では大村直之の三塁線へのセーフティバントに対し、ボールに息を吹きかけてファウルにしようとした場面が珍プレーとして話題になった[1]。また5月11日の西武戦では9回に2度のバント処理ミスをしており、翌12日の全体練習前にはホセのバント処理の特訓が行われたが、ホセが悔しさのあまり涙を流す場面も見られたという[3]。翌13日に宮城球場で行われた移動日演習では、ホセと仲の良い武田一浩をインストラクター役につける配慮がなされた[3]

詳細情報

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年度別投手成績

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W
H
I
P
1987 TOR 379000520--.71442797.091125880993157545.011.54
1988 132000010--.00012729.12831731182111103.071.53
1989 61000000------4210.2802001420332.530.94
1990 CHC 2110000470--.36427460.26153440402247446.531.57
1993 統一 322815352251--.815947241.21981249121714181652.421.02
1994 362416461894--.667910225.1203843831736079522.071.09
1995 3424134316113--.593873220.01844425416714163461.881.03
1996 ダイエー 4281006916--.400446103.211742820791142363.131.40
1997 240000121--.33314134.0354700261014143.711.24
2001 ハンファ 14300--2140.66713229.1382700190022185.521.53
MLB:4年 77220009100--.474870197.218820111151171941181115.051.51
CPBL:3年 1027644111456258--.6912730687.0585241341495112422231632.141.05
NPB:2年 66810071117--.389587137.2152835201052156503.271.36
KBO:1年 14300--2140.66713229.1382700190022185.521.53
  • 各年度の太字はリーグ最高
  • 「-」は記録なし

年度別守備成績

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投手(P)












1987 TOR 3757011.000
1988 1314001.000
1989 61010.500
1990 CHC 2111721.900
1996 ダイエー 4221241.778
1997 2433001.000
MLB 77181832.923

タイトル

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CPBL
  • 最多勝利:2回 (1993年、1994年)
  • 最優秀防御率:2回 (1994年、1995年)
  • 最多奪三振:1回 (1994年)

表彰

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CPBL
  • 月間MVP:2回 (1993年9月、1995年8月)
NPB

記録

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NPB

背番号

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  • 45 (1987年 - 1989年)
  • 39 (1990年)
  • 27 (1993年 - 1995年、2001年)
  • 32 (1996年 - 1997年)
  • 37 (1998年)

出典

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関連項目

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外部リンク

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