グアダラハラ (メキシコ)

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グアダラハラ
Guadalajara
メキシコの旗
Guadalajara montagee.jpg
グアダラハラの市旗 グアダラハラの市章
Municipio Municipio
愛称 : 西部の真珠
位置
の位置図
座標 : 北緯20度40分0.17秒 西経103度21分1.23秒 / 北緯20.6667139度 西経103.3503417度 / 20.6667139; -103.3503417
歴史
設立 1542年
行政
メキシコの旗 メキシコ
  ハリスコ州
 Municipio グアダラハラ
市長 Jorge Aristóteles Sandoval Díaz
PRI
地理
面積  
  Municipio 151 km2 (58.3 mi2)
  都市圏 2,734 km2 (1,055.6 mi2)
標高 1,566 m (5,138 ft)
人口
人口 (2008年現在)
  Municipio 1,579,174人
    人口密度   10,458人/km2(27,086.1人/mi2
  都市圏 4,298,715人
その他
等時帯 UTC-6 (UTC-6)
夏時間 UTC-5 (UTC-5)
公式ウェブサイト : http://www.guadalajara.gob.mx/

グアダラハラ (Guadalajara) はメキシコ第2の都市でありハリスコ州州都である。中米屈指の世界都市。メキシコ人からはその美しさから「西部の真珠」と呼ばれる。

概要[編集]

グアダラハラ市の人口164万人、面積150 km22010年都市的地域の人口では421万人であり、世界第74位、同国ではメキシコシティに次ぐ第2位である[1]

大都市ながらスペインの植民地だった面影を残す古都である。メキシコの代表的な音楽であるマリアッチはグアダラハラが発祥と言われている。なお都市名は旧宗主国スペインの都市 グアダラハラに由来する。

歴史[編集]

グアダラハラ市内

現在の場所に移動する前に5つの場所に都市が設立された。1532年の最初の居住地は、今やノアチストラン、サカテカスとして知られているメサ・デル・セロにあった。この場所は、ヌーニョ・デ・グズマン(Nuño de Guzmán)により委任されたクリストバル・デ・オニャーテ(Cristobal de Oñate)により定住が開始された。征服を確実なものとし、敵対的な原住民から人々を守ることを目的としていた。この場所の居住地は、水の不足のために、長くは続かなかった。1533年に、居住地はトナラ(Tonalá)の近くの場所に移された。4年後、ヌーニョ・デ・グズマンは、村をトラコタン(Tlacotán)に移転するよう命じた。居住地はトラコタンにあったが、スペインの王国カール5世は、今日も残っている都市の紋章を認めた。 この居住地は、1543年ミクソン戦争中に、Tenaxaxliの指揮の下、Caxcan、Portecuex、およびZacatecoの人々により、激しい攻撃を受けた。戦争は、ヌーニョ・デ・グズマンによるインディアンに対する残忍な扱い、特に捕虜となった原住民の奴隷化のために、原住民側が開始した。スペイン総督アントニオ・ド・メンドーサは、スペイン軍がいくつかの戦闘で敗北した後、反乱を抑止する軍事行動を監督する必要があった。紛争は、メンドーサがインディアンにいくつかの譲歩をした後、インディアンの奴隷を解放し、恩赦を与えた後に終了した。 グアダラハラの村は、戦争でほとんど残っておらず、村人たちは、ミカエル (Archangel Michael)のおかげでかろうじて生き残り、ミカエルは街の守護聖人である。Atemajacが防御に優れていた場所であったため、街を再びAtemajacへ移転することが決定された。グアダラハラは、今日までこの場所にある。1542年の記録によれば、グアダラハラには126人が住み、同年にはスペイン国王により都市(City)の地位が与えられた。グアダラハラは1550年2月14日にアテマジャク渓谷内に公式に設立された。居住地の名称は、スペインの故郷ヌニョ・デ・グズマンから取られた。

1559年、ヌエバ・ガリシア州の王室事務所および主教区は、コンポステーラからグアダラハラに移された。大聖堂の建設が、1563年に始まった。1575年には、アウグスティノ修道士やドミニコ会修道士などの宗教的騎士団が到着し、このことにより、グアダラハラが福音伝導の拠点となった。 メスキータン、アナルコ、メキシカーチンゴの村が1669年にアテマジャックに併合されたため、歴史的な市街地には、4つの人口的な中心地がある。 1791年、ヌエバ・ガリシアの首都となったグアダラハラに、グアダラハラ大学が設立された。落成式が、1792年に旧サントトマス大学の敷地内で行われた。この施設は18世紀に設立されたが、20世紀まで(1925年に開始されるまで)、完全な開発はされていなかった。1794年に、リアル・デ・サン・ミゲル・デ・ベレン病院または単にベレン病院が開院した。 グアダラハラの18世紀の経済は、農業と繊維、靴、食品などの非耐久財の生産を基礎としていた。

グアダラハラは、メキシコ独立革命までいくつか変更されながらも、ヌエバ・ガリシアの首都であった。ミゲル・イダルゴが、メキシコ独立戦争において、メキシコシティを攻撃しないと決定した後、彼は、初期の成功にもかかわらず、1810年後半にグアダラハラへ退却した。当初、彼と彼の軍隊は歓迎されたが、労働者にとって生活条件が難しくなり、イダルゴは減税をし、奴隷制を廃止することを約束した。しかし、反政府武装勢力による市民、特に王党派への暴力は、歓迎されなかった。イダルゴは奴隷制度終結宣言に署名し、この宣言は、革命後から国の栄誉となった。この間、彼は反政府勢力に捧げられた「El Despertador Americano」という新聞を創設した。

略史[編集]

気候[編集]

メキシコの中では寒暖の差があまりなく、以前は「一年中春」と言われたほど穏やかな気候だったが、近年の都市化により特に暑さが厳しさを増している。下のグラフのように、特に暑いのは乾季の終わり前の三月から六月ころまでで、雲ひとつない空から太陽が照りつける。あまり風が吹かないのも特徴である。ただし湿度が低いので、不快指数は高くない。雨季は熱帯のスコールと同じであり、一日中雨が降り続くことはまれであり、ごく短時間雷雨が降り、すぐ止む。冬は、朝夜は気温がかなり下がり寒いが、日中はセーターなどはいらないくらいに気温があがる。

グアダラハラ (1951-2010)の気候
1月 2月 3月 4月 5月 6月 7月 8月 9月 10月 11月 12月
最高気温記録 °C (°F) 35.0
(95)
38.0
(100.4)
39.0
(102.2)
41.0
(105.8)
39.0
(102.2)
38.5
(101.3)
36.0
(96.8)
36.5
(97.7)
32.5
(90.5)
34.5
(94.1)
32.0
(89.6)
31.0
(87.8)
41
(105.8)
平均最高気温 °C (°F) 24.7
(76.5)
26.5
(79.7)
29.0
(84.2)
31.2
(88.2)
32.5
(90.5)
30.5
(86.9)
27.5
(81.5)
27.3
(81.1)
27.1
(80.8)
27.1
(80.8)
26.4
(79.5)
24.7
(76.5)
27.88
(82.18)
日平均気温 °C (°F) 17.1
(62.8)
18.4
(65.1)
20.7
(69.3)
22.8
(73)
24.5
(76.1)
23.9
(75)
22.0
(71.6)
21.9
(71.4)
21.8
(71.2)
21.0
(69.8)
19.2
(66.6)
17.5
(63.5)
20.9
(69.62)
平均最低気温 °C (°F) 9.5
(49.1)
10.3
(50.5)
12.3
(54.1)
14.3
(57.7)
16.4
(61.5)
17.3
(63.1)
16.5
(61.7)
16.4
(61.5)
16.5
(61.7)
14.9
(58.8)
12.1
(53.8)
10.3
(50.5)
13.9
(57)
最低気温記録 °C (°F) −1.5
(29.3)
0.0
(32)
1.0
(33.8)
0.0
(32)
1.0
(33.8)
11.5
(52.7)
9.0
(48.2)
11.0
(51.8)
10.0
(50)
8.0
(46.4)
4.5
(40.1)
−0.5
(31.1)
−1.5
(29.3)
雨量 mm (inch) 15.6
(0.614)
6.6
(0.26)
4.7
(0.185)
6.2
(0.244)
24.9
(0.98)
191.2
(7.528)
272.5
(10.728)
226.1
(8.902)
169.5
(6.673)
61.4
(2.417)
13.7
(0.539)
10.0
(0.394)
1,002.4
(39.464)
平均降雨日数 (≥ 0.1 mm) 2.1 1.2 0.7 1.1 3.5 15.2 21.6 20.0 15.5 6.4 1.8 1.8 90.9
平均月間日照時間 204.6 226.0 263.5 261.0 279.0 213.0 195.3 210.8 186.0 220.1 225.0 189.1 2,673.4
出典 1: Servicio Meteorologico Nacional[1]
出典 2: Weltwetter Spiegel Online (sun only)[2]

交通[編集]

市バス[編集]

市と郊外をカバーする形で、かなりの数のバスが運行している。数字とアルファベットでルートが識別できる。今ではインターネットでどのバスがどこのルートを走るかが公開されており、路線によっては数分おきに、パラーダと呼ばれる停留所を通過する。乗車時に一定料金を支払い、降りる時はブザーで知らせて停車してもらい降車する。車椅子を乗車できるようなバスもあるが、エアコンはなくパイプいすのような座席である。ただ、路線は少ないが高級バスも存在し、料金は倍近いがテレビ・エアコンなどがついているバスもある。時刻表は存在しない。バスが近づいて来た時に、手を上げて乗車意思を知らせるが、状況によっては運転手に無視されることもある。

高速バス[編集]

メキシコでは高速道路を使ったバス網が市民の移動及び旅行手段である。グアダラハラからもメキシコシティを始め全土に、多様なバス会社がサービスを提供しており、近郊の村々には市内にあるオールドバスターミナルから、他の市へは外れにあるニューバスターミナルが基点となる。高級バスになると、ゆったりした座席に液晶テレビがつき、軽食まで提供されるという飛行機以上の待遇をするものもある。

鉄道[編集]

空港[編集]

メキシコで3番目(メキシコシティー、カンクンの次)に利用者の多い空港。IATA空港コードはGDL。

教育[編集]

スポーツ[編集]

観光[編集]

大聖堂

姉妹都市[編集]

グアダラハラは34の姉妹都市と提携している[2]

脚注[編集]

  1. ^ NORMALES CLIMATOLÓGICAS 1951-2010” (Spanish). SERVICIO METEOROLÓGICO NACIONAL. 2012年8月30日閲覧。
  2. ^ Klimadaten - Guadalajara, Jalisco” (German). 2012年12月7日閲覧。

外部リンク[編集]