ガンド

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ガンド古ノルド語: gandr、複数形:ガンディル 古ノルド語: gandir)とは、古代スカンディナヴィア社会、ヴァイキングの宗教において、魔術における特定の要素を指す古ノルド語。一説によると、セイズ(巫術)における動物の姿の精霊を指す。

概要[編集]

ガンドが何かの魔術的な要素であったことは、スカンディナヴィアの神話に、妖精ドヴェルグ(ドワーフ)のガンダールヴ(「ガンドのアールヴ(エルフ)」)や、世界蛇ヨルムンガンド(「大いなるガンド」)などの名前があることからわかる。『巫女の予言』でも、ガンドという言葉は二度使われ、「太鼓でガンドを呼び出した」(古ノルド語: vitti ganda)などという表現がある[1]谷口幸男訳では「女〔グルヴェイグ〕は魔法を使ったからだ」となっている[2])。

史料の少ない時代・テーマのため、ガンドの性質について確かなことを言うのは難しい。しかし、クライヴ・トリーは自説を以下の7項目にまとめている[3]

  1. ガンドとは、セイズ(ヴァイキング社会で主に女呪術師が用いた魔術)の間に召喚される精霊である。
  2. 精霊を送る呪術師が寝ている間にも、送ることが可能である。
  3. 召喚者の情報はガンドから読み取ることができる。
  4. 人間を傷つけることが可能である。
  5. 獣の姿を取る。狼という説が多いが、少なくとも一種に限らないことは、世界蛇ヨルムンガンド(「大いなるガンド」)の名前に用いられていることからもわかる。
  6. しかし、魔女は狼に乗るという伝説があることから、ガンドと騎乗用の狼が混同されて、後に「狼」という狭義が生まれた。
  7. ガンドは、ゲンドゥル(古ノルド語: gǫndull)という杖で召喚される。主神オーディンの別名ゲンドリル(古ノルド語: Gǫndlir)は「ゲンドゥルの使い手」を意味する。

現代ノルウェー語[編集]

現代ノルウェー語においても魔術的な意味は残っており、ノルウェー語: gand には「棒」「木の傷ついた箇所の周りの隆起」の他、「(サーミ人の使う)魔術。特に、復讐で使われる呪いの人形。木の枝や人間の爪、髪などから作られるもの。視認されずに被害者の腸に入り込む」という意味がある[4]

フィン人(サーミ人)とガンド[編集]

1700年代のサーミ人のシャーマンが太鼓を用いて「ガンド」を行う図(北欧人から見た理解の仕方であって、北欧のガンドと同じかは不明)。Knud Leemの著作(1767年)から。

ヴァイキングは、「フィン人」(フィンランドの多数民族スオミ人ではなく、少数民族サーミ人のこと)を呪術に堪能な民族であると見なしていた。 事実、「フィン人(サーミ人)も呪術もどちらも信じてはならない」という法が制定され、「フィン人(サーミ人)の呪いをかける」(古ノルド語: finnvitka)という動詞まであった[5]

12〜13世紀の歴史書『ノルウェー史』には、サーミ人のシャーマンが交霊会を行う描写が含まれており、シャーマンが召喚する精霊を、著者はガンドゥス(ラテン語: gandus)と呼んでいる[6]。この記述で特徴的なのは、サーミ人の信仰における様々なタイプの精霊を「ガンドゥス」とひとまとめにしており、儀式に関わる動物も何故か(本来のトナカイではなく)鯨や海獣としていることである[7]。クライヴ・トリーは、『ノルウェー史』の著者が持つガンドへのイメージが、本来は別物であるサーミ人の信仰を把握する上で現れているのだと主張している[4]

脚注[編集]

  1. ^ Tolley 1995, p. 67.
  2. ^ 谷口 1973, p. 11.
  3. ^ Tolley 1995, p. 71.
  4. ^ a b Tolley 1995, p. 66.
  5. ^ Tolley 1995, p. 62.
  6. ^ Tolley 1995, pp. 62-64.
  7. ^ Tolley 1995, pp. 65-66.

参考文献[編集]

  • Tolley, Clive (1995). “Vǫrðr and Gandr: Helping Spirits in Norse Magic”. Arkiv för Nordisk Filologi 110: 57-75. http://journals.lub.lu.se/index.php/anf/article/view/11542. 
  • 谷口, 幸男『エッダ―古代北欧歌謡集』新潮社、1973年。ISBN 4-10-313701-0