t-kimura

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
t-kimura
基本情報
出生名 木村 貴志
別名 Orbitribe
Puertronic
Dubby Budda
GENESIS D
出生 1968年1月25日(46歳)
学歴 専門学校
ジャンル J-POP
職業 音楽プロデューサー
作曲家
ミュージシャン
担当楽器 シンセサイザー
ギター
ピアノ
活動期間 1990年 -
共同作業者 m.o.v.e
公式サイト m.o.v.e公式サイト
orbitribe 公式サイト
ケミカル・ブラザーズ

t-kimura(ティーキムラ、本名:木村 貴志(きむら たかし)、1968年1月25日 - )は、音楽プロデューサーである。血液型はB型。作詞作曲アレンジャーキーボーディストギタリストと活動の幅は多岐にわたる。

人物[編集]

1990年代初頭は山本景子、高橋圭一とともにGroovy Boyfriendsにキーボーディストとして参加。1994年に同グループを脱退してavexに移籍し、テクノユニットRAVEMANを率いて、主にダンスミュージックコンポーザーとして活躍した。当時avexのエンジニアであった冬野竜彦(2ND FUNK-TION)、星野靖彦(STARR GAZER)や現GTSのコンポーザーである日高智らとともにavexの初期のディスコクラブサウンドを支えた。

J-POPでは1994年TRFm.c.A・Tの楽曲をリミックスし、その音源がリミックスアルバム『HYPER MIX III(TRF)』と『The Remix(m.c.A・T)』に収録される。

1995年V6のデビュー曲『MUSIC FOR THE PEOPLE』とMAXのデビュー曲『恋するヴェルファーレダンス 〜Saturday Night〜』(2曲ともユーロビート)の編曲を手掛け、アレンジャーとしても活動する。

1996年には松崎麻矢Favorite Blueを結成し、シングル『愛よりも激しく、誰よりも愛しく』やアルバム『DREAM & MEMORIES』など15枚のシングルと5枚のアルバムを発表したが、2000年に活動停止する。

1997年にはyurimotsuとのユニットmove(後にm.o.v.eにリニューアル)がデビュー。2001年にはシングル「Gamble Rumble」が約18万枚のセールスを記録し、初のオリコントップ10入りを果たす。アニメ『頭文字D』のヒットも手伝い、数多くのシングルとアルバムを発表した。

1998年は、3月にTRFのシングル「Frame」(作詞:DJ KOO&前田たかひろ)で作曲・編曲を担当。8月、浜崎あゆみの初期の代表曲「Trust」(作詞:浜崎あゆみ)では作曲と編曲(本間昭光との協同)を手掛ける。

その他には、2001年に発売されたFolder5のシングル「GO AHEAD!!」(作詞:谷穂チロル)で作曲・編曲を手掛けるなど、楽曲提供者としても活動している。

2008年12月2日、m.o.v.e公式HPにて、プロデューサーに専念するべくメンバーから脱退すると共に、アーティスト及び芸能活動の終了が発表された。ただし、m.o.v.eのプロデューサーとしての活動は続け、楽曲制作は行うとのこと。2009年4月4日のライブをもってm.o.v.eを正式に卒業している。

来歴[編集]

  • 1990年(平成2年) - SUBSONIC FACTORを結成。ソニーレコードよりデビュー(現在は解散)
  • 1994年(平成6年) - motsu(当時はU.S-TOM名義)、GEE RAVEMANと共にRAVEMANを結成(KIM RAVEMAN名義で活動・現在は解散)
  • 1996年(平成8年) - 松崎麻矢Favorite Blueを結成
  • 1997年(平成9年) - motsu、yuriとmoveを結成(後にm.o.v.eへ名称変更)
  • 2000年(平成12年) - Favorite Blue活動停止
  • 2002年(平成14年) - ソロプロジェクト・Orbitribeを始動し、アルバム『TUNE ON』をリリース
  • 2008年(平成20年) - プロデューサーに専念するためエイベックスとの契約を終了
  • 2009年(平成21年)4月4日 - SHIBUYA AXでの『LIVE TRANSFORM 2009』をもってm.o.v.eを正式に卒業。アーティスト活動を終了しプロデューサーに専念、併せて株式会社バーニングパブリッシャーズに移籍。

所属の音楽ユニット[編集]

プロデュース・楽曲提供[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]