すいとん
すいとん(水団)は、小麦粉の生地を手で千切る、手で丸めるなどの方法で小さい塊に加工し、汁で煮込んだ日本の郷土料理。
目次 |
[編集] 概要
すいとんの歴史は長く、室町時代の書物に「水団」の字が見られる[要出典]。江戸時代から戦前は、すいとん専門の屋台や料理店が存在しており、当時の庶民の味として親しまれていた。
調理方法としては、きわめて原初的なダンプリングであり、グルテンを含む穀類や木の実などを粉末にして水練りしたものを、湯や汁類に落としたものがすいとんとなる。食べさせかたは調理者の手間のかけ具合と工夫次第、あるいは地方の風習次第であり、水練りしたものを湯に落としたシンプルなものだと腹を満たすための団子であり、味噌汁や澄まし汁に入れると雑煮のようなものになる。塩をいれ固練りにして団子様にしたものを数時間寝かせて汁などに落とすとうどんに近い食味になる。
「すいとん」の呼称は全国的であるが、地方によって「ひっつみ」「はっと」「つめり」「とってなげ」「おだんす」の料理名で呼ばれる。これらのすいとんに似た料理は中に入れる具材、出汁が地域ごとに特色があり、料理法も地域ごとに異なるため、厳密に言うならば個々に異なる郷土料理である。同じ地方であっても地域や家庭ごとに調理法と料理名が異なる。
例えば宮城県から岩手県にかけての旧・仙台藩北部地域の「はっと」は、水で練った小麦粉の生地を小さな塊に分け、それを指で引き伸ばしながら薄い麺のように加工する[1]。これは大分県のだんご汁とも共通する作り方で、青森県・岩手県などの、小麦粉の生地の塊から千切る作り方は異なっている。手延べうどんの古形と捉えられるほうとうや、その他の小麦食である岩手県のかっけなどの料理とも関連があると言われている[誰?]。
[編集] 作り方の一例
- 小麦粉1kgに対し、ぬるま湯または水500 - 600cc程度を用いてかき混ぜ、そぼろ状にした後、一つにまとまるように器の中でまとめ、さらに圧して10分程度練り混ぜてグルテンの生成を促し、粘りを出す。
- 練り終わった生地を1時間程度寝かせ、生地全体に水分を行き渡らせて熟成させる。
- 具材として野菜や肉を適当な大きさに切った後、煮て、出汁を加える。
- 生地を適当な大きさ・厚みに加工し、または千切ってだし汁に入れ、さらに煮る。
- すいとんに火が通ったらネギ等の薬味を好みに合わせて入れて食べる。
[編集] 戦時中の代用食
第二次世界大戦末期から終戦の食糧事情の悪い時期の日本で、主食の米に変わる代用食として「すいとん」という名称の料理が作られた。これは郷土料理のすいとんと同名であるが、調理方法の全く異なる料理である。
戦争による物資に乏しい時代背景から小麦粉が不足していたため、水で緩く溶いた小麦粉を汁、または味の無い湯に直接落とし込んで団子のように固める。昆布、煮干や鰹節が入手できないため、出汁は取られず、味噌、醤油、塩が不足していたためにまともな味付けがされる余裕も無かった。塩味を補うため、海水で煮るなどの調理も行われた[2]。ほとんどの場合、汁に野菜や肉などの具が入ることが無かった。サツマイモの葉や蔓など本来、日本では食用にせず捨てていた部位を具にしていた。当時の体験談によれば、団子は中心部まで火が通らない生煮えの状態で食べることが日常であった。団子を噛むと生煮えの生地が歯にニチャニチャとこびり付き、小麦粉の品質の悪さも手伝って非常に不味かったそうである。現在では終戦記念日に戦時中のすいとんを食べて、過去を偲ぶ行事が日本全国で行われる[2][3]。
[編集] 日本以外の地域
中央アジアのチベットやラダックには同様の小麦食が知られ、うどん様のものはトゥクパ、すいとん様のものはスキューと呼ばれ、現地では古い時代に中国から伝わったものとされる。朝鮮半島にもスジェビ(수제비)と呼ばれるすいとんに類似した料理がある[4]。すいとんを日常食として食べる地域は、同じ粉食料理の体系に位置付けられるほうとうやうどんと同様に、米が収穫量の少ない水利の乏く裏作での麦栽培が行われていた地域や、冷害・飢饉の常習地帯で貧しかった山間地に多い[要出典]。
[編集] その他、関連事象
[編集] 脚注
- ^ 宮城県東部地方振興事務所 はっとって何? - 宮城県公式サイト
- ^ a b “食ニュース【愛知】すいとん 戦争の味”2007年8月7日付朝日新聞
- ^ 2009年8月15日「長屋門公園~すいとんまつり~」(動画)
- ^ スジェビ](수제비) 懐かしい母の味「韓国のすいとん」]