尺には尺を

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「ファースト・フォリオ」(1623年)から『尺には尺を』の表紙の複写

尺には尺を』(しゃくにはしゃくを、Measure for Measure)は、ウィリアム・シェイクスピア作の戯曲1603年1604年に書かれたと信じられている。本来は喜劇に分類されていたが、現在ではシェイクスピアの「問題劇」のひとつに分類されることもある。最初の出版は1623年の「ファースト・フォリオ」で、記録に残っているもので最古の上演は1604年である。『尺には尺を』で扱っているものは、慈悲、正義、真実の問題、プライドと屈辱の関係である。「罪によって出世する者があれば、善によって転落する者もある」(第2幕第1場)。

材源[編集]

主な材源はジョージ・ウェットストン(George Whetstone)の1578年の2部構成の非常に長いクローゼット・ドラマ『Promos and Cassandra(プロモスとカサンドラ)』である。ウェットストンはジェラルディ・チンティオ(Giraldi Cintio)の『Hecatommithi(百物語)』からストーリーを採っていて、シェイクスピアはそちらも参考にしたようである。

題名は、劇中の台詞にも出てくるが(第5幕第1場)、新約聖書の『マタイによる福音書』7-2への言及と思われる。「あなたが人を裁く同じ方法であなたは裁かれ、あなたが使う尺(measure)であなたは計られる(be measured)だろう」。

創作年代とテキスト[編集]

『尺には尺を』は、1603年か1604年に書かれたと思われている。最初の出版は1623年の「ファースト・フォリオ」だった。

ゲイリー・テイラー(Gary Taylor)とジョン・ジョウエットは共著書『Shakespeare Reshaped, 1606-1623』の中で、現存している『尺には尺を』のテキストはオリジナルではなく、シェイクスピアの死後、トマス・ミドルトンが改訂したもので、オリジナルはイタリアが舞台だったのをミドルトンがウィーンに変更した、と主張している[1]

上演史[編集]

ウィリアム・ホルマン・ハント画『クローディオとイザベラ』(1850年)

記録に残っている『尺には尺を』の最古の上演は1604年12月26日の「聖ステファノの日の夜」である。

王政復古(English Restoration)期、『尺には尺を』は新しい観客の嗜好に合ったシェイクスピア劇のひとつだった。ウィリアム・ダヴェナントWilliam Davenant)が『尺には尺を』を翻案した『The Law Against Lovers(恋人に厳しき掟)』には、『空騒ぎ』のベネディックとベアトリスのエピソードが挿入されていた。サミュエル・ピープス1662年2月18日にこの劇を見て、日記に「良い劇、それに良い演技」と書いている。ピープスはとくにベアトリスの姉妹ヴィオラ(ダヴェナントの創作)を演じる若い女優の歌と踊りに感銘を受けたのだった。ダヴェナントは現状イザベラの純潔を試すだけのアンジェロを復権させ、三つの結婚で劇を締めくくった。王政復古期の脚色の初期のものの中でも、この劇はあまり成功しなかったようである。

チャールズ・ギルドン(Charles Gildon)が1699年にリンカンズ・イン・フィールド(Lincoln's Inn Fields)で上演した『Beauty the Best Advocate(美貌こそ最良の弁士)』では下品で滑稽な登場人物たちが取り除かれ、アンジェロとマリアナ、クローディオとジュリエットはこっそり結婚していたという設定にして、シェイクスピアの劇の核であった「不義の性」をほぼ全部排除し、ヘンリー・パーセルオペラディドとエネアス(Dido and Æneas)』(1689年)のシーンを、アンジェロが劇を通して時折見ているものとして、劇と一体化させた。しかもギルドンはシェイクスピアの幽霊をエピローグに登場させ、いつも作品が改訂されることへの不満を言わせた。ダヴェナントの改訂版同様に、ギルドンの改訂版も一般に普及せず、リバイバルもされなかった。

1720年には、ジョン・リッチ(John Rich)がシェイクスピアのオリジナルに近い版を上演した[2]

ヴィクトリア朝後期、『尺には尺を』のテーマが議論を呼んだと考えられている。実際、1870年代にアデレード・ニールソン(Adelaide Neilson)がイザベラを演じた時には抗議の声があがった[3]。オックスフォード大学演劇協会(Oxford University Dramatic Society)はガーヴァイス・レントール(Gervais Rentoul)がアンジェロ役、モード・ホフマンがイザベラ役での1906年2月の上演の際、校訂の必要性を発見した[4]。同じテキストは翌月、オスカー・アッシュ(Oscar Asche)、リリー・ブライトン(Lily Brayton)主演でアデルフィ・シアター(Adelphi Theatre)で上演した時にも用いられた[5]

ウィリアム・ポウル(William Poel)は1893年にロイヤルティ劇場で、1908年にマンチェスターのガイエティー劇場で、自らアンジェロ役を演じて『尺には尺を』を上演した。ポウルが上演した他のエリザベス朝演劇同様に、最小限の変更を加えただけのシェイクスピアのオリジナル・テキストを使用した。舞台装置を欠いた非限定的な舞台の使用、台詞の速さと音楽的な話し方は、現代劇に見られるスピードと連続性の標準に設定された。ポウルのこの上演は、この劇の登場人物ならびに全体的なメッセージの両方を近代的な心理学的・神学的に解釈するという、演出家による決然とした試みの最初のものであった[6]

その後の『尺には尺を』の上演で著名なものには、以下のようなものがある。

1973年には、デヴィッド・オグデン・スティアーズ(ヴィンセンシオ役)、ケヴィン・クライン(修道士ピーター役)で一度だけブロードウェイで上演された。

登場人物[編集]

フランシス・ウィリアム・トファム画『イザベラ』(1888年)
  • ヴィンセンシオ(VICENTIO)[7] - ウィーンの公爵。
  • アンジェロ(ANGELO) - 公爵が留守中の領主代理。
  • エスカラス(ESCALUS) - 老貴族。アンジェロとともに代理を務める。
  • クローディオ(CLAUDIO) - 若い紳士。
  • ルーシオ(LUCIO) - 風変わりな男。
  • 紳士らしき2人(Two other like Gentlemen)
  • ヴァリアス(VARRIUS) -紳士。公爵の従者。
  • 典獄(PROVOST)
  • トマス(THOMAS) - 修道士。
  • ピーター(PETER) - 修道士。
  • 判事(A JUSTICE)
  • エルボー(ELBOW) - つまらない警吏。
  • フロス(FROTH) - ばかな紳士。
  • ポンピー(POMPEY) - オーヴァーダン夫人の使用人。
  • アブホーソン(ABHORSON) - 死刑執行人。
  • バーナーダイン(BARNARDINE) - ずぼらな囚人。
  • イザベラ(ISABELLA) - クローディオの妹。
  • マリアナ(MARIANA) - アンジェロの婚約者。
  • ジュリエット(JULIET) - クローディオの恋人。
  • フランシスカ(FRANCISCA) - 尼僧。
  • オーヴァーダン夫人(MISTRESS OVERDONE) - 売春宿の女将。
  • 貴族たち、紳士たち、守衛たち、役人たち、従者たち

あらすじ[編集]

ウィーンの公爵ヴィンセンシオは外交でウィーンを離れることにしたと言い、その代理を厳格なアンジェロに任せる。公爵の統治下ではウィーンは法に緩かったが、アンジェロは性道徳について厳しく取り締まることにする。

若い貴族クローディオは婚前交渉で恋人のジュリエットを妊娠させる。ジュリエットとは結婚するつもりだったが、アンジェロから死刑を宣告される。クローディオの友人ルーシオは修道院にいるクローディオの妹イザベラを訪ね、アンジェロに会って死刑の取り消しを懇願するように頼む。

イザベラはアンジェロに面会し、慈悲を求める。アンジェロはイザベラに恋をし、自分と寝るならばクローディオを助けてもよいと持ちかける。イザベラは拒否する。そして刑務所に行き、クローディオに潔く死ぬよう言う。クローディオは助かりたいので、イザベラにアンジェロと寝るように頼むが、イザベラは拒否する。

公爵は実はウィーンを出発しておらず、修道士に変装してアンジェロの動向を監視していた。イザベラから話を聞いて、公爵はアンジェロに罠をしかけることにする。

ヴァレンタイン・キャメロン・プリンセプ(Valentine Cameron Prinsep)画『マリアナ』(1888年)

その罠は「ベッド・トリック(Bed trick)」である。アンジェロにはかつてマリアナという婚約者がいた。マリアナの持参金が海の藻屑と消えた時、アンジェロは婚約を一方的に破棄したが、マリアナはまだアンジェロを愛していた。そこでイザベラがアンジェロの誘いに乗り、マリアナとベッドで入れ替わらせた。

計画はうまく行ったが、アンジェロはイザベラの約束を破り、クローディオを処刑しようとする。公爵は病死した囚人の首をクローディオの首のように見せかけ、アンジェロに届けさせる。

公爵は変装を解き、ウィーンに「帰還」する。そこでイザベラとマリアナに真実を訴えさせるが、アンジェロは容疑を否定する。公爵は再び修道士に化け、改めて公爵であることを明かし、アンジェロも罪を認める。アンジェロをマリアナと結婚させた後、公爵はアンジェロに処刑を宣告する。「尺には尺を」というわけである。しかし、クローディオが生きて現れ、アンジェロは罪を許される。

最後に公爵はイザベラに結婚を申し込む。しかし、イザベラは何も答えない。このイザベラの反応は、一般的には無言の承諾と考えられているが、解釈が分かれるところである。

サブプロットにおいてはクローディオの友人ルーシオが活躍する。修道士が公爵とは知らずに公爵の悪口を言いまくる。その罪により、最後に公爵から売春婦ケート・キープダウン(Kate Keepdown)との結婚を命じられる。

アダプテーション[編集]

参考文献[編集]

日本語訳テキスト[編集]

脚注[編集]

  1. ^ Gary Taylor and John Jowett, Shakespeare Reshaped, 1606-1623 (Oxford University Press, 1993). See also "Shakespeare's Mediterranean Measure for Measure", in Shakespeare and the Mediterranean: The Selected Proceedings of the International Shakespeare Association World Congress, Valencia, 2001, ed. Tom Clayton, Susan Brock, and Vicente Forés (Newark: University of Delaware Press, 2004), 243-69.
  2. ^ F. E. Halliday, A Shakespeare Companion 1564-1964, Baltimore, Penguin, 1964; pp. 273 and 309-10.
  3. ^ Times review February 23rd 1906
  4. ^ Times review February 23rd 1906
  5. ^ Times review March 21st 1906
  6. ^ S. Nagarajan, Measure for Measure, New York, Penguin, 1998; pp. 181-183.
  7. ^ 「ファースト・フォリオ」の配役表には「ヴィンセンシオ」とあるが、本文では「公爵(DUKE)」となっていて、名前も出てこない。

外部リンク[編集]