シェイクスピアの推定執筆年代

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索

シェイクスピアの推定執筆年代について解説する。

概観[編集]

ウィリアム・シェイクスピア作品の創作年代(ならびに劇の場合は初演日)の正確な年表を作ることは、それを裏付ける決定的な証拠がない以上、不可能である。

おそらくほとんどの劇は出版前に上演されたものと思われる。出版に関しては、いくつかの作品は「四折版」で出ていたが、多くは1623年の「ファースト・フォリオ」が出るまで未発表だった。同時代人によるシェイクスピア劇への言及も不足しているし、執筆にあたってのシェイクスピアの役割に関しても諸説がある。

エドモンド・マローン(Edmond Malone)以来、多くの研究者たちがシェイクスピアの年表作成を試みたが、その根拠としたものは、おおよそ以下のものである。

  • 書籍出版業組合記録への登録
  • 出版の日付
  • 本の表紙の記述
  • フランシス・ミアズ(Francis Meres)『知恵の宝庫』(1958年)にあるシェイクスピア劇のリスト
  • 同時代人による言及(日記、書簡、など)
  • 上演の記録
  • その他、印象、スタイルの分析など。

しかし、シェイクスピア別人説を含めたさまざまな立場から、いまだに議論が絶えない。

作品別推定年代[編集]

書籍出版業組合記録への登録、出版の日付、フランシス・ミアズのリストを元に年代順に並べる。その他の証拠、創作年代説は箇条書きにする。失われた作品、外典は斜体とする。

アーデン版の編者ジョナサン・ベイトは創作年代を1584年から1589年頃だと推定している[1]
フィリップ・ヘンスローの日記に1592年3月3日にLord Strange's Menが『ヘンリー六世』を上演したと書かれてある。
1592年にロバート・グリーンRobert Greene)がパロディにしている。
アーデン版の編者ブライアン・ギボンズは創作年代を1591年から1595年のいつかと推定している[2]
アーデン版の編者はじめ多くの研究者は1595年か1596年に書かれたものと推定している[3]
ケンブリッジ版の編者ハーバート・ウェイルとジュディ・ウェイルは1597年までに上演されたのは間違いないとしている[4]
1592年8月登録のトマス・ナッシュの戯曲『Pierce Penniless』にタルボット卿を扱った人気劇への言及がある。
『ヘンリー六世 第2部』『第3部』より前に書かれたのなら創作年代はその前になる。
  • 間違いの喜劇(1598年『知恵の宝庫』/1623年出版「ファースト・フォリオ」)
ミアズのリストでは「Errors」とある。
1594年12月28日に『The Night of Errors』という劇が上演されたという記録がある。
オックスフォード版の編者チャールズ・ウィトワースは創作年代を1594年と推定している[5]
  • ジョン王(1598年『知恵の宝庫』/1623年出版「ファースト・フォリオ」)
オックスフォード版の編者スタンリー・ウェルズとゲイリー・テイラーは創作年代を1595年か1596年と推定している[6]
ジョン王の乱世』も参照。
長く『じゃじゃ馬ならし』のことではないかと言われてきたが、1603年のクリストファー・ハントの記録では『じゃじゃ馬ならし』と別の作品になっていた[7]
プロローグにエセックス伯によるアイルランド遠征(1599年)への言及がある。
オックスフォード版の編者はエセックス伯の言及から創作年代を1599年初め頃と推定している[8]
ノートン版の編者は初演を1598年から1599年の秋か冬と推定している[9]
登録の際「最近上演」とされていた。
原ハムレット』も参照。
創作年代は普通1603年から1606年の間とされるが、アーデン版の編者R.A. Foakesは1605年から1606年と推定している[10]
レア王』も参照。
1604年11月1日にホワイトホール宮殿で上演したとの記録がある。
文体論的に見て、創作年代は一般に1603年か1604年とされるが、1601年か1602年とする意見もある[11]
フィリップ・ヘンスローの1594年6月13日の日記に『the Tamynge of A Shrowe』という劇の上演のことが書かれている。
1603年のクリストファー・ハントのリストに入っている。
リヴァーサイド版の編者は創作年代を1590年から1594年の間と推定している[12]
1599年9月21日にロンドンのグローブ座でこの劇を見たとトマス・プラッターが言及している[13]
  • 十二夜(1623年出版「ファースト・フォリオ」)
法学生ジョン・マニンガムは1602年2月2日に法曹院の1つMiddle Templeでこの劇を見たと書いている[14]
  • マクベス(1623年出版「ファースト・フォリオ」)
1611年4月にグローブ座でこの劇を見たとサイモン・フォアマンは書いている[15]
多くの研究家は1603年から1606年の間に書かれたと信じている[16][17]
1604年12月26日に上演されたという記録がある。
1611年の春にこの劇を見たとサイモン・フォアマンは書いている。
1611年11月1日にホワイトホール宮殿のジェームズ1世の御前で国王一座によって上演されたという記録がある。
1611年11月5日に王宮で上演されたという記録がある。
多くの評論家は創作年代を1610年か1611年としている[18]
1613年6月29日にこの劇を上演していてグローブ座が全焼したという記録が多数ある。
1614年のベン・ジョンソンの戯曲『バーソロミューの市』に主人公パラモンへの言及がある。
1613年に国王一座が上演したという記録がある。

参考文献[編集]

  1. ^ Bate, Titus, 70.
  2. ^ Gibbons, Brian (1980). Romeo and Juliet, Arden Shakespeare. London: Methuen. ISBN 0416178502.
  3. ^ Woudhuysen, H. R., ed. Love's Labour's Lost (London: Arden Shakespeare, 1998): 59
  4. ^ Weil and Weil, p. 4.
  5. ^ Charles Walters Whitworth, ed., The Comedy of Errors, Oxford, Oxford University press, 2003; pp. 1-10.
  6. ^ ^ Wells and Taylor (1988, 397).
  7. ^ The RSC Shakespeare: The Complete Works
  8. ^ Shakespeare, William. Henry V. Gary Taylor, editor. Oxford: Oxford University Press, 1982: 5
  9. ^ See textual notes to Much Ado about Nothing in The Norton Shakespeare (W. W. Norton & Company, 1997 ISBN 0-393-97087-6) p. 1387
  10. ^ R.A. Foakes, ed. King Lear. London: Arden, 1997), 89-90.
  11. ^ Shakespeare, William. Four Tragedies: Hamlet, Othello, King Lear, Macbeth. Bantam Books, 1988.
  12. ^ Evans, G. Blakemore: "The Riverside Shakespeare", page 106 Houghton Mifflin Company, 1974
  13. ^ Marvin Spevack, Introduction to Julius Caesar by William Shakespeare, New Cambridge Shakespeare (Cambridge University Press, 1988), p.3-4)
  14. ^ Shakespeare, William; Smith, Bruce R. (2001). Twelfth Night: Texts and Contexts. Boston: Bedford/St Martin's, p. 2. ISBN 0312202199
  15. ^ Wels and Dobson, p. 101.
  16. ^ Charles Boyce, Encyclopaedia of Shakespeare, New York, Roundtable Press, 1990, p. 350.
  17. ^ A.R. Braunmuller, ed. Macbeth (CUP, 1997), 5-8.
  18. ^ F. E. Halliday, A Shakespeare Companion 1564-1964, Baltimore, Penguin, 1964; p. 532.

外部リンク[編集]