小田急8000形電車
| 小田急8000形電車 | |
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小田原線を走る8000形
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| 編成 | 4両固定編成 6両固定編成 |
| 営業最高速度 | 100km/h[1] |
| 設計最高速度 | 110km/h[2] |
| 起動加速度 | 3.0km/h/s(界)[3] 3.3km/h/s (V)[4] |
| 減速度 | (界)3.5km/h/s[3] (V)4.0km/h/s[4](常用最大) (界)4.0km/h/s[3] (V)4.5km/h/s[4](非常) |
| 車両定員 | 144名(先頭車)[5] 162名(中間車)[5] |
| 最大寸法 (長・幅・高) |
20,000mm×2,900mm×4,040mm(先頭車・集電装置なし中間車)[3] 20,000mm×2,900mm×4,145mm(集電装置付中間車)[3] |
| 車両質量 | 編成図を参照 |
| 軌間 | 1,067mm |
| 電気方式 | 直流1,500V (架空電車線方式) |
| 主電動機 | 三菱電機 MB-3282-AC(界・直流複巻電動機)[3] 三菱電機 MB-5102-A(V・かご形三相誘導電動機)[6] 三菱電機 MB-5123-A(V・全密閉式かご形三相誘導電動機)[7] |
| 主電動機出力 | 140kW(界)[8] 190kW (V)[2] |
| 搭載数 | 4基/両[8] |
| 端子電圧 | 375V[3] |
| 歯車比 | 85:16=5.31(界)[3] 97.16=6.06 (V)[2] |
| 駆動装置 | WN駆動方式[8] |
| 制御装置 | 三菱電機 FCM-148-15MRH(界磁チョッパ制御)[8] 三菱電機 MAP-198-15V-115A(IPM-IGBT2レベルVVVFインバータ制御)[2] 三菱電機 MAP-198-15V-116A(IPM-IGBT2レベルVVVFインバータ制御)[7] |
| 台車 | 住友金属工業 FS516(電動台車)[5] 住友金属工業 FS016(付随台車)[5] |
| 制動方式 | 回生制動併用電磁直通制動(界・HSC-R)[3] 回生制動併用電気指令電気演算式電磁直通制動(V・MBSA-R)[2] |
| 保安装置 | OM-ATS, D-ATS-P |
| 製造メーカー | 日本車輌製造・川崎重工業・東急車輛製造 |
| 備考 | 諸元の「界」は界磁チョッパ制御車時代、「V」はVVVF車時代 |
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この表について
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小田急8000形電車(おだきゅう8000がたでんしゃ)は、小田急電鉄(小田急)が1982年から[9]1987年まで[10]導入を行なった通勤車両である。
輸送力増強と通勤車両の大型化のため[11]、各駅停車から急行にまで運用可能な汎用通勤車両として登場した[12]。9000形以来約11年ぶりのモデルチェンジが行われ[9]、1982年から1987年までの間に4両固定編成と6両固定編成が各16編成ずつ、合計160両が製造された[13]。2002年から車体修理が開始され[14]、2003年以降はVVVFインバータ制御方式への改造もあわせて進められている[10]。
小田急では、編成表記の際には「新宿寄り先頭車両の車両番号(新宿方の車号)×両数」という表記を使用している[15]ため、本項もそれに倣い、特定の編成を表記する際には「8052×4」「8257×6」のように表記する。特定の車両については車両番号から「デハ8100番台」などのように表記する。
目次 |
登場の経緯 [編集]
小田急で1969年から大型通勤車両として導入が継続されていた5000形は、13年間の増備によって1982年までに合計180両が製造され、車両運用や保守の面からみて適正な車両数となった[16]。この間に進歩した鉄道車両の技術動向を踏まえ、次世代の車両を開発するという機運が生じ[16]、省エネルギー・保守の容易化・長寿命化を主眼とした車両を開発することになった[12]。
2600形は各駅停車用の車両として[17]、5000形は急行用の車両として製造された車両であった[17]が、新型通勤車両は各駅停車・準急・急行のいずれの種別にも使用可能な仕様とすることとした[12]。また、高性能車の他形式[注釈 1]と相互に連結可能とした[16]上で、箱根登山線への直通運転も可能な仕様とすることになった[18]。
このような条件を踏まえた開発・設計が行われ、登場したのが8000形である。
車両概説 [編集]
本節では、登場当時の仕様を基本として、増備途上での変更点を個別に記述する。更新による変更については沿革で後述する。
8000形は全長20mの車両による4両固定編成と6両固定編成が製造された。形式は先頭車が制御車のクハ8050形で、中間車は電動車のデハ8000形である。車両番号については、巻末の編成表を参照のこと。
車体 [編集]
先頭車・中間車とも車体長19,500mm・全長20,000mmで、車体幅は2,900mmの全金属製車体である。外板は厚さ3.2mmの耐蝕性鋼板を採用した[19]。腐食防止対策の観点から、屋根と雨樋の部分には全面的に厚さ1mmのステンレス板を採用し[19]、床板もステンレス製のキーストンプレートとした[19]ほか、側梁の溶接はそれまでのスポット溶接から突き当て全周溶接に変更した[9]。また、台枠については、それまでの小田急の車両では台車の心皿部分が凸形となった構造であった[19]が、8000形では平台枠に変更し[19]、台車ボルスタ部分と車体中心部を個別に製作した上で溶接する方式とした[19]。
正面は大型曲面ガラスを用いたスケルトン構造とし、窓回りの柱を黒色とすることによって大きな1枚窓のような感覚を与えるものとする一方で、安全対策上から貫通扉を残し[18]、貫通路脇には手すりを設置した[20]。行先表示器・種別表示器や通過灯などは前面ガラス内に収められている。前照灯と尾灯については角型で、一体化したものを運転席・助士席の窓下に配置した。側面客用扉は4箇所で、いずれも1,300mm幅の両開き扉である。なお、乗務員室を前後方向に拡大したこと[12]から、乗務員室直後の戸袋窓設置は省略されている[12]。
側面窓は、9000形では1段下降窓としていた[21]が、下降窓の特性から雨水が車体内部に入り込み[3]、防錆対策を行っても腐食の進行がみられた[3]。この経験から、8000形では側窓と水受けを完全に一体としたアルミニウム製ユニット窓とすることて完全防水化を図った[3]。水受けにたまった水は水抜きパイプで車体外部に排出される[3]。窓そのものはサッシレスタイプとして、走行中の窓枠接触音[注釈 2]の解消を図った[22]。車体に直接ユニット窓を取り付け[3]、境界部分はシール材でカバーする方法とし[3]、側面窓外周にはアルミの縁取りがされた状態になった[23]。
車両間の貫通路は1900形から5200形まで続いた広幅貫通路ではなく、800mm幅の狭幅貫通路とし[24]、保安度と空調効果の向上という目的で全車両に片引き式の仕切り扉を設置した[22]。妻面の窓は固定式である。
内装 [編集]
座席はすべてロングシートで、客用扉間に7人がけ、客用扉と連結面の間には4人がけの座席が配置される車内レイアウトや定員は5000形と同じである[13]。
室内の配色は、座席のモケットは青色としたのは5000形と同様である[12]が、側壁はグレー系の色を使用した模様入りのアルミデコラ張りとした[25]。1987年に増備された8064×4・8065×4・8066×4・8266×6の4編成については、座席のモケットをワインレッドに変更し[26]、車内化粧板もホワイトベージュ基調に、床もグリーンからグレーに変更された。この基本配色は、同年に登場する1000形に引き継がれることになる[27]。
主要機器 [編集]
小田急では既に2600形と9000形において電力回生ブレーキを採用していた[19]が、高速域からの電力回生制御についても技術の進歩があった[19]ことや、その後全線にわたり十分な回生負荷が見込まれるようになった[19]ことを踏まえ、新型車両では電力回生ブレーキを採用することとした[19]。省電力効果は電機子チョッパ制御の方が優れていた[19]が、経済効果が早く現れることから[19]8000形では界磁チョッパ制御を採用することになった[19]。
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主電動機は、出力140kWの複巻整流子電動機である三菱電機製MB-3282-AC型が採用された[3]。界磁チョッパ用の複巻電動機では、直巻界磁と分巻界磁の2つを有する構造で[28]、分巻コイルが大きくなることから主電動機の枠も大きくなるため、それまでの丸型電動機では台車枠のスペースに納まらなくなる[29]。このため、スペースを有効に活用することが可能な角型形状とすることによって[29]、狭軌用台車への艤装を可能とした[29]。制御装置については、界磁チョッパ制御方式の三菱電機製FCM-148-15MRH形を採用した[12]。この制御装置ではゲートターンオフサイリスタ素子(GTO素子)を採用し[30]、回路の簡略化と同時に装置自体の小型化を図った[22]。抵抗制御の段数は直列13段、並列10段であり、回生制動の段数は13段である。駆動方式はWNドライブで[26]、歯数比は85:16=5.31とした[3]。
制動装置(ブレーキ)は応荷重機構付電力回生制動併用のHSC-R形[注釈 3]電磁直通ブレーキが採用された[22]。回生制動を有効に活用しつつ所定の制動力を保つため[30]、回生制動と空気制動の総合地が常に最適値となるようにアナログ演算を行うようにした[22]が、これはHSC-D形[注釈 4]制動装置の電気制動・空気制動の切り替えを行う箇所を空圧による比較演算を行う方式(空気演算機能)に置き換えたものである[31]。抑速回生制動が失効した際には自動的に抑速空気制動に切り替わり[31]、安定した制動力が得られる機能としている[31]。
台車は、電動車が住友金属工業製FS516[5]、制御車は住友金属工業製FS016[5]である。いずれも車輪径は860mmで[25]、基礎制動装置をシングル式(片押し式)とした[27]、2600形から採用実績のあるアルストムリンク式空気ばね台車である[26]。空気ばねには「低型スミライド」を採用した[27]ほか、常時加圧方式の踏面清掃装置が設けられた[25]。
集電装置(パンタグラフ)はPT-4212S-AM型集電装置を採用し[3]、4両固定編成での全ての電動車と、6両固定編成のうちデハ8300番台・デハ8400番台・デハ8500番台の車両に搭載した[25]。
冷房装置については、省電力型ロータリーコンプレッサーを使用した10,500kcal/hの能力を有するCU-195A型集約分散式冷房装置を1両あたり4台搭載し[31]、冷房キセ(カバー)を2台連続型とした[25]。1986年以降の増備車両では、冷房装置はCU-195A型に変更された[25]。補助送風装置はラインフローファンで、長手方向の配置にしたため、5000形・9000形とは室内の天井の見附が大きく変更された[32]。補助電源装置は、6両固定編成では8258×6の編成までは140kVAのCLG-350A型ブラシレス電動発電機[8] (MG) を、8259×6以降の編成では140kVAのBS-483-J型静止形インバータ[8] (SIV) をデハ8200番台・デハ8400番台の車両に搭載した[27]が、4両固定編成では、当初より90kVAのBS-483-G型静止形インバータ[8] (SIV) をデハ8000番台・クハ8050番台の車両に搭載した[27]。
乗務員室は、前後方向に100mm拡張され[13]、部品は極力埋め込み式の取り付け方法とすることで室内空間を広くすることを図った[24]ほか、運転台の計器盤パネルは取り外し可能なユニット式とした[24]。また、ランプ類は発光ダイオード (LED) 使用によって長寿命化を図った[33]。戸閉装置には、それまでの車両が床置き式だったものを鴨居設置に変更し[12]、単気筒複動式のものとした[12]。
沿革 [編集]
登場当初 [編集]
1983年3月22日のダイヤ改正より運用を開始し[18]、1983年度中に6両固定編成×6編成が製造された[34]。8251×6は運用開始からしばらくの間は、車内で「懐かしの小田急沿線写真展」を行い[35]、「小田急沿線懐かしの写真展号」というヘッドマーク(特殊運板)も掲出された[36]。また、同年8月には、小田急百貨店で「鉄道展」が行われるのに伴い、8255×6に「鉄道展」のヘッドマークを掲出して運行した[9]。
1984年には4両固定編成×3編成と6両固定編成×2編成が増備された[37]が、このうち8052×4と8257×6については製造当初より特別な塗装が施された[38]「イベント電車」[39]として入線した。この塗装デザインは、白[注釈 5]を地色としてオレンジレッド[注釈 6]・イエロー[注釈 7]・マルーン[注釈 8]の3色を階段状の塗りわけとしたもので[40]、白は8000形登場時点での一般車[40]、オレンジレッドは3000形SE車以降の特急色[40]、イエローは戦後間もない頃の特急色[40]、マルーンは戦前の車両色[40]からとったもので、小田急の歴史を表現したものである[40]。8052×4は同年4月17日から、8257×6は同年5月9日から営業運転を開始した。当初は「走るギャラリー」というヘッドマークを掲出していたが、その後、愛称が一般公募され[38]、同年7月1日から「ポケット号」という愛称となった[39]。
1987年に向ヶ丘遊園で「蘭・世界大博覧会」が開催されることを記念して[27]、1986年10月から11月にかけて8054×4・8055×4・8253×6・8262×6の4編成に対して、5色のカラーストライプが施された[27]。車両の側面幕板には博覧会のシンボルマークとともに「蘭・世界大博覧会」と記され[41]、「オーキッド号」として運行された[41]。博覧会終了後の1987年3月下旬には幕板の文字だけを消し[41]、「フラワートレイン」として1987年6月まで運行された[27]。これらの4編成に対しては、その後も「イベントカー」として側扉のガラスにステッカーが貼られていた[42]。なお、「ポケット号」については、1987年4月に8257×6が[41]、同年8月には8052×4が[27]標準色に戻されている。
この間の1987年1月、踏切事故により3000形SE車が1編成使用不能になった[43]。3100形NSE車と7000形LSE車が各1編成ずつ工場に入場していた時期だったため特急車が不足し、1月24日・25日の「さがみ」の一部列車を8000形で運行する事態になった[43]。この時は種別幕は「臨時」と表示し[43]、特急料金は不要だった[43][注釈 9]。
1997年3月から6月にかけて、向ヶ丘遊園でイベント「ウルトラマンワールド」が開催されることに合わせ[41]、4月から6月にかけて8054×4・8055×4・8253×6・8262×6の4編成に対して[41]、正面の前照灯下と車端部をのぞく側面戸袋窓上部に「ウルトラマンワールド・ブースカランド」のステッカーが貼付された[41]。また、同年からは座席のセミバケット化が開始された[25]。
2002年11月には、小田急百貨店開店40周年記念として、8054×4・8055×4・8253×6・8262×6の4編成に対して小田急百貨店の包装紙と同様のデザインが車体側面に施された[44]。
リニューアル [編集]
2002年度からは、車体修理による更新が開始された。
界磁チョッパ制御のまま更新 [編集]
最初に更新されたのは8251×6[45]・8255×6[45]の2編成で、車体(外板・屋根・床板・扉)の修繕はいったん塗装を剥離して修繕後に再塗装し[46]、配管・配線の補修[14]、電動空気圧縮機のレシプロ式から低騒音形のスクロール式への交換[47]、補助電源装置の静止形インバータへの交換が行われた[14]。また、種別・行き先の表示装置はLED化された[14]ほか、通過表示灯が撤去され[48]、側面窓はUVカットガラスとした上でカーテンは省略された[14]ほか、車側灯・尾灯のLED化が行われた[47]。集電装置はシングルアーム式に変更されたほか、滑走防止装置が設置された[49]。
内装についても、化粧板、床材をすべて張り替えた上で[47]バケットシートへの交換が行われた[14]ほか、7人がけ座席には手すりが設けられた[14]。また、各扉の上部にドアチャイムとLEDスクロール式案内表示装置が設置され[47]、つり革を新製品(丸形→三角形)に交換した[47]。先頭車には車椅子スペースと収納式座席の設置が行われた[14]ほか、客室の非常通報装置を警報式から乗務員と通話可能な対話式に変更された[47]。客用ドアガラスについては、押さえ金具を室内側より車外からの支持に変更し、ドアガラスの客室側を平滑化した[47]。
運転台にはモニタ装置が新設された[14][注釈 10]ほか、自動放送装置が設置された[47]。また、計器盤右端に非常通報受報器[注釈 11]を新設した[47]。
ただし、この2編成の制御装置については、機器の更新は行なわれた[14]ものの界磁チョッパ制御のままであった[14]。
3000形と共通化 [編集]
2003年度に更新された8254×6[45]以降は、車体についてはそれまでと同様の更新内容であったが、制御装置をIPM-VVVFインバータ制御(ベクトル制御・純電気ブレーキ対応)へ変更し[50]、ブレーキ装置も電気指令式に変更された[51]。機器については3000形3次車と共通の機器が用いられており[14]、1台の制御装置で4基の主電動機を制御する単位を1群とし、デハ8300番台にはこれを2群で1つの機器とした三菱電機製のMAP-198-15V-115A形[14]、デハ8500番台には1群で1つの機器とした三菱電機製のMAP-198-15V-116A形[14]が採用された。主電動機は出力190kWの三菱電機製MB-5102-A形で[14]、デハ8200番台・デハ8300番台・デハ8500番台の車両に4基ずつ搭載した。歯数比は97.16=6.06となった[14]。デハ8400番台は電装解除され、新形式としてサハ8050形(サハ8450番台)が登場した[14]。付随車化された車両は元の車両番号の下2桁に50をプラスし[51]、同号車のパンタグラフを撤去した[51]ほか、台車はFS516T形となった[14]。両先頭車・付随車には車輪の滑走を防止する滑走防止装置が設置された[50]。
電気指令式ブレーキへの変更に伴い、運転台はデスクタイプとなり[14]、主幹制御器も左手操作式ワンハンドル式に変更され[52]、モニタ装置は前年度車より機能を追加した上で表示器を運転台計器盤に収納した[51]が、TIOSは搭載していない[42]。また、クハ8250番台にはブレーキ読み替え装置が設置された[14]。運転台正面ガラス遮光パネルをカーテンに変更[51]、ワイパーは黒色の電動式に変更した。また、車掌用非常ブレーキスイッチは引き紐式から電気スイッチ式に変更した[51]。客室では優先席部の荷棚高さとつり革高さを低下させ、合わせて一般席部のつり革高さも低下させた[50]。床面の主電動機点検用トラップドアは、主電動機の交流化に伴い廃止した[50]。
2004年度に更新された8257×6[45]からは、クハ8250番台の96芯電気連結器の下に36芯電気連結器を設置した[42]ほか、D-ATS-P装置の搭載が開始された[42][注釈 12]。
2005年度に更新された8259×6からは戸閉解除スイッチが設置された[49] 。その次に更新された8253×6からは左手操作式ワンハンドルマスコンの形状変更と優先席へのスタンションポールが追加設置された[49]。その次に更新された8252×6[45]からは、種別・行先の表示装置はフルカラーLED化された[42]。2006年度で最後に更新した8266×6からは空気圧縮機の形式が変更された(MBU1100T-1形)[45]。
4000形と共通化 [編集]
2007年度に更新された8260×6[45]からは、内装については7人がけ座席の手すりを2本とし[42]、優先席付近を淡黄色の内装と青色の床材に変更する[42]など、4000形の意匠を取り入れた仕様に変更した[53]。その次に更新された8264×6[45]からは、主電動機も4000形と同様の全密閉式電動機である三菱電機製MB-5123-A型に変更された[42]ほか、車体側面の「OER」という切り抜き文字が撤去されるようになった[42]。また、8051×4を皮切りに[42]、この年度からは4両固定編成の更新も開始された[42]。更新内容は6両固定編成と同様であるが、2008年のダイヤ改正以降は分割・併合の回数が大幅に減少し、連結する編成を電気指令式ブレーキ使用車両に限定することが可能となることから[42][54] 、4両固定編成ではブレーキ読み替え装置は設置されていない[42]。
4両編成の制御装置は6両編成更新車と共通であるが、ソフトウェアを全密閉主電動機に対応したものへ変更した[54]。モニタ装置については併結相手となる3車種の6両編成へ対応するため、TIOS(列車管理システム)搭載車・モニタ装置(列車情報監視装置)搭載車・モニタ非搭載車に対応できるものとなっている[54]。TIOS搭載車とは併結用に伝送読み換え装置があり、TIOS - モニタ間で機器の一括指令が可能となっている[54]。なお、静止形インバータは5000形の廃車発生品が流用されることになった[42]。
2008年に更新された8263×6からは[45]、種別・行先の表示装置の書体が明朝体からゴシック体に変更された[45]ほか、各先頭車両の台車に滑走防止装置が設置された[42]。2008年度で最後に更新された8054×4からはクハ8050形の車椅子スペース部の折りたたみ座席を廃止した。また、各中間車の優先席位置を新宿寄りから小田原寄り車端部に変更した[55]。2009年度の8265×6を最後に[45]、6両固定編成の更新は終了した[10]。
2012年度には4編成、2013年度には2編成のリニューアルが予定されている[56]が、2012年度のリニューアル車両から車内の照明がLEDに変更されることになった[56]。
編成表 [編集]
6両固定編成(界磁チョッパ制御) [編集]
登場当時の6両編成。電動車4両・制御車2両の「4M2T」編成。
| [7] |
← 小田原
新宿 →
|
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| 号車 | 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 形式 | クハ8050 | デハ8000 | デハ8000 | デハ8000 | デハ8000 | クハ8050 |
| 区分 | Tc2 | M4 | M3 | M2 | M1 | Tc1 |
| 車両番号 | 8551 ∥ 8566 |
8501 ∥ 8516 |
8401 ∥ 8416 |
8301 ∥ 8316 |
8201 ∥ 8216 |
8251 ∥ 8266 |
| 搭載機器 | CP | CON,PT | MG/SIV,PT | CON,PT | MG/SIV | CP |
| 自重 | 32.0t | 40.0t | 39.5t | 40.0t | 39.5t | 32.0t |
| 定員 | 144 | 162 | 162 | 162 | 162 | 144 |
6両固定編成(VVVF更新車) [編集]
VVVFインバータ制御に変更された6両編成。電動車・制御車を含む付随車とも3両ずつの「3M3T」編成。
| [6] |
← 小田原
新宿 →
|
|||||
| 号車 | 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 形式 | クハ8550 | デハ8500 | サハ8450 | デハ8300 | デハ8200 | クハ8250 |
| 区分 | Tc2 | M3 | T1 | M2 | M1 | Tc1 |
| 車両番号 | 8552 ∥ 8554 8556 ∥ 8566 |
8502 ∥ 8504 8506 ∥ 8516 |
8452 ∥ 8454 8456 ∥ 8466 |
8302 ∥ 8304 8306 ∥ 8316 |
8202 ∥ 8204 8206 ∥ 8216 |
8252 ∥ 8254 8256 ∥ 8266 |
| 搭載機器 | CP | CON,PT | SIV | CON,PT | SIV | CP |
| 自重 | 31.2t | 39.8t | 33.3t | 40.3t | 39.30t | 31.7t |
| 定員 | 144 | 162 | 162 | 162 | 162 | 144 |
4両固定編成 [編集]
4両固定編成は、VVVFインバータ制御に変更された後も電動車・制御車とも2両ずつの「2M2T」編成のままである。
| [7] |
← 小田原
新宿 →
|
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| 号車 | 7 | 8 | 9 | 10 |
|---|---|---|---|---|
| 形式 | クハ8050 | デハ8000 | デハ8000 | クハ8050 |
| 区分 | Tc2 | M2 | M1 | Tc1 |
| 車両番号 | 8151 ∥ 8166 |
8101 ∥ 8116 |
8001 ∥ 8016 |
8051 ∥ 8066 |
| 搭載機器 | CP | CON,PT | SIV,PT | SIV,CP |
| 自重 ()内はVVVF更新車 |
32.0t (31.3t) |
40.0t (40.5t) |
39.5t (39.2t) |
34.0t (34.1t) |
| 定員 | 144 | 162 | 162 | 144 |
脚注 [編集]
注釈 [編集]
- ^ 8000形登場時点での小田急の高性能通勤車両は、2200形・2220形・2320形・2400形・2600形・5000形・5200形・9000形。
- ^ 列車の振動や、すれ違い時の風圧を受けた際などに発生する音のこと。
- ^ 「ハイスピードコントロール (High Speed Control) ・回生制動 (Regenerative brake) 付」の略である。
- ^ 「ハイスピードコントロール (High Speed Control) ・ダイナミックブレーキ (Dynamic Break) 付」の略である。
- ^ ■マンセル記号「4.8Y 9.2/2.3」(『鉄道ピクトリアル』通巻829号 p.191)。
- ^ ■マンセル記号「7.7R 5.6/17.7」(『鉄道ピクトリアル』通巻829号 p.191)。
- ^ ■マンセル記号「3.7Y 8.4/14.6」(『鉄道ピクトリアル』通巻829号 p.191)。
- ^ ■マンセル記号「2.4YR 3.1/4.9」(『鉄道ピクトリアル』通巻829号 p.191)。
- ^ 1月24日は8252×6、1月25日は8265×6が運用された(『鉄道ピクトリアル』通巻478号 p.107)。
- ^ 機器の動作監視やサービス機器を制御する。なお、主回路が変更されていない関係上、制御できる項目は3000形のモニタ装置よりも限られている。
- ^ 非常通報装置の対話式化に伴い設置。乗務員と乗客が通報装置を通じて通話するための送受話器。
- ^ 後に既存編成にも設置工事が実施されている。
出典 [編集]
- ^ PHP研究所「小田急電鉄のひみつ」34頁。
- ^ a b c d e 『鉄道ピクトリアル』通巻829号 pp.310-311
- ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r 『鉄道ピクトリアル』通巻414号 p.42
- ^ a b c レールアンドテック出版「鉄道車両と技術」No.98 8000形更新車諸元表 18頁(6両編成VVVF更新車)ならびに日本鉄道車両機械技術協会「R&m」2008年12月号 主要諸元49頁(4両編成VVVF更新車)
- ^ a b c d e f 『私鉄の車両2 小田急』 p.174
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- ^ a b c 『鉄道とテクロノジー』通巻12号 p.95
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- ^ a b c d 日本鉄道車両機械技術協会「ROLLINGSTOCK&MACHINERY」2008年12月号 研究と開発「小田急電鉄 8000形(4両編成)更新工事の概要」。
- ^ 交友社「鉄道ファン」2009年9月号付録「大手私鉄車両ファイル2009」。
- ^ a b 『鉄道ジャーナル』通巻549号 p.150
参考文献 [編集]
書籍 [編集]
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- 生方良雄・諸河久 『日本の私鉄1 小田急』 保育社、1988年。ISBN 4586507683。
- 大幡哲海 『小田急電鉄の車両』 JTBパブリッシング、2002年。ISBN 4533044697。
- 小山育男・諸河久 『私鉄の車両2 小田急』 保育社、1985年。ISBN 4586532025。
- 吉川文夫編 『小田急 車両と駅の60年』 大正出版、1987年。0025-301310-4487。
雑誌記事 [編集]
- 辻村功「電気車の駆動システム(2)」、『鉄道ジャーナル』第245号、鉄道ジャーナル社、1987年4月、 98-101頁。
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- 大幡哲海「私鉄車両めぐり145 小田急電鉄」、『鉄道ピクトリアル』第546号、電気車研究会、1991年7月、 175-197頁。
- 大幡哲海「私鉄車両めぐり164 小田急電鉄」、『鉄道ピクトリアル』第679号、電気車研究会、1999年12月、 201-243頁。
- 小田急電鉄(株)運転車両部車両担当「小田急電鉄 8000形車両のインバータ化改造工事」、『鉄道車両と技術』第98号、レールアンドテック出版、 17-24頁。
- 編集部「小田急車両オールガイド2007 (通勤車両篇)」、『鉄道ダイヤ情報』、交通新聞社、2007年6月、 30-32頁。
- 鈴木政智・亀井 進「小田急電鉄 8000形(4両編成)更新工事の概要」、『ROLLINGSTOCK&MACHINERY』、日本鉄道車両機械技術協会、2008年12月、 49-52頁。
- 刈田草一「小田急電鉄 列車運転の変遷」、『鉄道ピクトリアル』第546号1991年7月、 145-156頁。
- 岸上明彦「小田急電鉄現有車両プロフィール」、『鉄道ピクトリアル』第829号、電気車研究会、2010年1月、 241-295頁。
- 岸上明彦「小田急電鉄 車歴表」、『鉄道ピクトリアル』第829号、電気車研究会、2010年1月、 300-309頁。
- 岸上明彦「小田急電鉄 主要諸元表」、『鉄道ピクトリアル』第829号、電気車研究会、2010年1月、 310-318頁。
- 酒井明「車両総説」、『鉄道ピクトリアル』第546号、電気車研究会、1991年7月、 22-27頁。
- 杉田弘志「小田急電鉄 列車運転の変遷とその興味」、『鉄道ピクトリアル』第829号、電気車研究会、2010年1月、 204-219頁。
- 高嶋修一「小田急電鉄 車両カタログ」、『鉄道ピクトリアル』第679号、電気車研究会、1999年12月、 173-188頁。
- 中山嘉彦「小田急車両 -音と色-」、『鉄道ピクトリアル』第829号、電気車研究会、2010年1月、 189-191頁。
- 船山貢「小田急8000形」、『鉄道ピクトリアル』第414号、電気車研究会、1983年3月、 41-46頁。
- 山岸庸次郎「5000形、9000形の記録」、『鉄道ピクトリアル』第829号、電気車研究会、2010年1月、 109-117頁。
- 「TOPIC PHOTOS」、『鉄道ピクトリアル』第478号、電気車研究会、1987年4月、 104-111頁。
- 「CAR INFO 『小田急8000形がリニューアル』」、『鉄道ファン』第505号、交友社、2003年5月。
- 「付録 『大手私鉄の車両ファイル2003』」、『鉄道ファン』第509号、交友社、2003年9月。
- 「CAR INFO 『小田急電鉄の話題』」、『鉄道ファン』第519号、交友社、2004年7月。
- 「小田急通勤型電車大図鑑」、『鉄道のテクノロジー』第12号、三栄書房、2011年10月、 80-99頁、 ISBN 9784779613494。
- 「Railway Topics」、『鉄道ジャーナル』第549号、鉄道ジャーナル社、2012年7月、 146-151頁。“小田急の鉄道事業設備投資計画”
関連項目 [編集]
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