ヴェルヴェット・アンダーグラウンド
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| ヴェルヴェット・アンダーグラウンド | |
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| 基本情報 | |
| 別名 | ヴェルヴェッツ |
| 出身地 | |
| ジャンル | ロック、アート・ロック、オルタナティブ・ロック、サイケデリック・ロック |
| 活動期間 | 1965年 - 1973年 |
| レーベル | ヴァーヴ・レコード、MGM、アトランティック・レコード、ポリドール |
| メンバー | |
| ルー・リード Vo. G. ジョン・ケイル Vi. Ba. スターリング・モリソン G. モーリン・タッカー Dr. |
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ヴェルヴェット・アンダーグラウンド (The Velvet Underground) は、1960年代後半のアメリカのロックバンド。ヴェルヴェッツという略称でも呼ばれる。
活動中はヒットには恵まれなかったが、それまでに類を見ない極めて前衛的なサウンド、性におけるタブーや薬物など人間の暗部を深く鋭く見つめる詩世界はデヴィッド・ボウイやセックス・ピストルズなど後世のミュージシャン達に多大な影響を与え、ロックの芸術性の向上に大きな役割を果たした。
目次 |
[編集] メンバー
ヴェルヴェッツの中心的存在。殆どの楽曲の作詞作曲を担当。1970年に脱退して以降はソロとして活動。
リードと共に作曲を多く担当。アヴァンギャルドな音楽性はリードよりむしろ彼のイニシアティブによるものが大きい。1968年リードとの対立から脱退。以降はソロとして活動。
リード、ケイルと共に結成時より参加。1971年脱退。1995年に非ホジキンリンパ腫により53歳で死去。
アンガス・マクリーズの脱退に伴い加入。メンバー唯一の女性であり、非常に巧みなドラムを叩く。特にアフリカン・ドラムに影響を受けており、バス・ドラムを足でなく手で(スティックで)叩き、ハイハットを殆ど使用しない独特のドラミング・スタイルを持つ。アルバム『ヴェルヴェット・アンダーグラウンド』収録の「アフター・アワーズ」ではヴォーカルを取っているが、リードに無理やり歌わせられたという。
[編集] その他のメンバー
1965年の結成時に参加、同年脱退。
ケイルの脱退に伴い1969年加入。1973年に解散するまで参加。後半では中心人物として活躍。
[編集] 結成
1963年にニューヨークに移り、作曲家として働いていたルー・リードは、そこでイギリスから音楽を学びに来ていたジョン・ケイルに出会う。2人はギターにスターリング・モリソンを、パーカッションにアンガス・マクリーズを迎えて、1965年にヴェルヴェット・アンダーグラウンドとして活動を始める。バンド名は道端に落ちていたペーパーバックのSM小説のタイトルより付けられたという。
[編集] ヴェルヴェット・アンダーグラウンド・アンド・ニコ
カフェ・ビザールでヴェルヴェッツのステージを見たアンディ・ウォーホルは、バンドのプロデュースを申し出、ファクトリーに出入りしていたニコをヴォーカルとして加入させる。そして、1967年に、ウォーホルによるバナナのジャケットで有名なデビューアルバム『ヴェルヴェット・アンダーグラウンド・アンド・ニコ』が発表される。
このアルバムは商業的には成功することはなかったが、後に再評価され、今日では歴史的な名盤とされている。なお、この前にマクリーズはバンドを離れ、代わりにモリソンの友人の妹モーリン・タッカーが加入した。ニコはファースト・アルバムに参加しただけでバンドを去った。
[編集] ホワイト・ライト/ホワイト・ヒート
ウォーホルから離れて1968年に発表されたセカンド・アルバム『ホワイト・ライト/ホワイト・ヒート』では、より前衛色を強め、ホワイトノイズを多用した17分に及ぶ大作「シスター・レイ」のような作品が並ぶなど、リードとケイルの音楽性が激しいぶつかり合いと融合を重ねた結果といえるアルバムであった。
知名度ではファースト・アルバムに劣るものの、ファンの間ではその音楽性の高さからこのアルバムをベストに推す声も強い。そのぶつかり合いの激しさが頂点に達した結果、ケイルは最終的にヴェルヴェッツに居場所をなくす事となり、このアルバムを最後にグループを脱退する。だが、ケイルの脱退に関してはリードが決めたという。
[編集] 解散・再結成
ケイルの代わりにダグ・ユールが参加して制作された1969年のサード・アルバム『ヴェルヴェット・アンダーグラウンド』(『Ⅲ』とも表される)は、リードの音楽性が前面に出たアコースティックで叙情的なアルバムであったが、ヴェルヴェッツの当初の方向性は失われていた。
続く4枚目のアルバム『ローデッド』は、「スウィート・ジェーン」や「ロックンロール」といったリードが現在でも演奏する名曲を含むオーソドックスなロックンロール・アルバムであるが、曲が編集会社側で勝手にリミックスされるなど粗悪なプロデュースが問題となり、後にリードの望んだ選曲にした“Fully loaded version”がリリースされている。
1970年にこのアルバムが発表される直前、リードはグループを脱退し、『ローデッド』はヴェルヴェッツの実質的なラスト・アルバムとなった。1973年にヴェルヴェッツ名義の最後のアルバム『スクイーズ』がリリースされたが、ユールを除いて全てのメンバーが脱退しており、既に名前だけの一人バンドとなっていた。このアルバムがリリースされて程なくバンドは解散した。
その後、ヴェルヴェッツのメンバーは1990年代に何度か再結成を行ったが、1995年にモリソンが死去したことでオリジナル・メンバーでの活動は出来なくなってしまった。
[編集] ディスコグラフィ
- ヴェルヴェット・アンダーグラウンド・アンド・ニコ The Velvet Underground and Nico(1967年3月12日)
- ホワイト・ライト/ホワイト・ヒート White Light/White Heat(1968年1月30日)
- ヴェルヴェット・アンダーグラウンド The Velvet Underground(1969年3月)
- ローデッド Loaded(1970年9月)
- スクイーズ Squeeze(1973年2月)

