ローバー・メトロ

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オースチン・メトロ(1983)

メトロとは、ブリティッシュ・レイランド(BL)とその後継のローバー・グループによって生産されていた小型車(スーパーミニ・カー)のこと。

この項目ではメトロの後継車であるローバー・100についても記述する。

概要[編集]

初代は1980年に「オースチン・メトロ」として発売された。ミニのクラスを補う目的の車で、「LC8」というコードネームで開発されていた。

発売が始まった当時、メトロはオースチンブランドから発売されており、その後モーリスMG、ローバーなど多くのブリティッシュ・レイランド傘下のブランドからも発売された。しかし1990年以降はローバーのみが販売しており、1994年には「ローバー・100」と名前が改められ、1998年まで生産が続けられた。

初代 オースチン/MG・メトロ(1980年-1990年)[編集]

オースチン・メトロ

当時BLにはMini後継車開発プロジェクト「ADO88」が存在していたが、1977年に新プロジェクト「LC8」に代えられ、フォード・フィエスタなどに匹敵する新たなスーパーミニ・カーの開発を目指していた。そのプロジェクトで誕生したのが初代メトロである。

メトロは発売前から多くの関心が寄せられており、1980年10月8日英国モーターショーにて、当時の首相であるマーガレット・サッチャー首相の出席のもとで発表された。

メトロが発売された当時、BLは深刻な経済危機に陥っており、破産の危険もあった。そのためメトロは「BLの救世主」という期待を込められて発売された。ちなみに当時のBLの経済危機は、時代遅れの技術とデザインが主な原因で、例えば、Miniの場合はメトロが発売されるまで21年間、オースチン・アレグロは7年間生産が続けられた。1980年に発売が開始されたモーリス・イタルも、実際はは9年間製造されたモーリス・マリーナをそのまま再生したものだった。当時の最新のBLのモデルは1976年に発売されたローバー・SD1だった。

メトロには一部ミニの機構が受け継がれ、998ccと1,275ccのエンジン・前輪駆動・4速トランスミッションとサスペンションはそのまま採用された。サスペンションにはアレグロと同じ「ハイドラガス」という機構が採用されているが、アレグロと違いメトロでは前後独立となっている。

ボディタイプは3ドアハッチバックで、メトロの車内は当時のクルマの中では最も広い部類に入り、メトロの普及につながる要因の1つとなった。

名前の候補は「マッチ」「マエストロ」そして「メトロ」が最終的にのこっており、名前はBLの従業員らの投票で「メトロ」に決定した。しかし電車やバスを製造していた業者(Metro Camell)から車名をメトロとすることに異議を唱え、結局BLが「ミニメトロ」(miniMetro )という名称で宣伝することでこの問題は解決した。

メトロは発売後、広い室内とハイドラガスによる乗り心地とハンドリングが好評で、フォード・フィエスタの登場までイギリスでもっとも売れた小型車となった。

1982年にはバンデン・プラとMGブランドのメトロが発売された。バンデン・プラ版メトロにはラジカセ・電気式フロントウィンドウやオプションのレザートリムなど、より高級な装備が追加された。MG版メトロは若干のパワーアップがなされ、シリンダーヘッドやカムの交換など小規模な改良が施された。

その後間もなく、MGから「MG・メトロターボ」が発表された。このモデルはMGメトロにターボを搭載し、排気システムやサスペンション、ギアボックスなどの改良がなされた。

1985年には若干のフェイスリフトなどのマイナーチェンジが施され、5ドア版のメトロとライトバンタイプの「メトロバン」がラインナップに追加された。

メトロはイギリス国内での販売は好調だったものの、信頼性のなさや品質の低さから国外での売れ行きはいまひとつだった。

2代目 ローバー・メトロ(1990年-1994年)[編集]

ローバー・メトロ

1987年にオースチンブランドが消滅すると、同ブランドで販売されていた自動車からはオースチンエンブレムが除かれ、モデル名のエンブレムのみで販売された。モンテゴマエストロなどはメディアなどでたまにローバーブランドの車として扱われていたが、ローバー自体はこれらをローバーブランドとしては販売しなかった。それらはローバーに似たエンブレムを付けていたが、「ローバー」として扱われることはなかった。メトロもそのうちの1台で、1990年まではその状態が続いていた。

そして1990年にフルモデルチェンジが行われ「ローバー・メトロ」として新たに発売された。

1950年代から使われ、メトロにも搭載されていたAシリーズエンジンは、新たにKシリーズエンジンに変更された。ギアボックスはプジョー製のものを使用し、ハイドラガスサスペンションは前後連結方式に変更された。

新たなボディシェルもデザインされたが、当時のオーナーであったブリティッシュ・エアロスペースがこれへの投資を拒否したためキャンセルされた。基本的なボディシェルは維持されたが、プラスチック製の新しいバンパー、フロントウィングなどが追加され、インテリアにも新しいステアリングホイール、シートなどが追加された。

ローバーのバッジが付けられてからはメトロの品質や信頼性などがかなり改善され、英自動車情報誌「What Car?」の1991年のカー・オブ・ザ・イヤーを勝ち取った。1990年代初めは他の高級車メーカーがこのクラスに参入していないことなどもあって、ルノー・クリオやフォード・フィエスタなどの新車にも劣らず戦い抜いていた。しかし、基本設計が1970年代にデザインされて以来そのままだったため、メトロの売り上げは次第に落ちていった。

日本やイタリアなどの海外では「100シリーズ」として販売されていた。日本ではローバージャパンミニの上級モデルとして輸入していたが、ミニ以上の人気を得ることはなかった。

3代目 ローバー・100シリーズ(1994年-1998年)[編集]

ローバー・111

1994年秋にメトロはフルモデルチェンジされたが、メトロは新たに「100シリーズ」の名で発売された。この名前は海外で発売されていた先代メトロに付けられていた名前だった。

エクステリアは一新されたものの、メカニズムはほぼそのまま先代より継承され、1.1Lのガソリンエンジンを搭載した「111」と1.4Lのガソリンエンジンを搭載したモデル「114」がラインナップされていたが、100では新たにプジョー製1.5Lディーゼルエンジンを搭載したモデル「115」が追加された。

豊富なボディカラーとクロムトリムによってプレミアム性を高め、さらにインテリアにもトリムを使用して高級感を上げたが、基本設計がメトロのままのため、当時のライバル車と比べると車内スペースは狭かった。さらに100には一部モデルを除いて、ABSパワーステアリングなども搭載されておらず、装備の乏しさなども批判対象にされた。結局100はフェイスリフトはされたものの、根本的な所ではメトロと何も変わっていなかった。

エアバッグサイドインパクトバーなどの安全装備が搭載されていたが、基本設計が1970年代のままで安全性に問題があり、1998年2月のユーロNCAPの衝突試験の「Adult Occupant Rating」部門では星1つの評価が下された唯一のクルマとなってしまった。他の部門でも星2,3つ程度の評価しか下さず、衝突試験では前方、側面ともドライバーが全身に怪我を負う危険性があることが分かった。

経済性の良さや値段の手ごろさにも関わらず、デザイン・品質・スペックなどの面で同クラスのライバル車よりはるかに劣っていたことで、市場での売り上げは散々なものだった。そしてついにローバーは1998年に100の生産を終了した。

ローバーではミニのデザインを受け継いだ新型メトロを後に発表し、それまでは100と25でつないでおく計画が上がっていた。しかし当時のオーナーBMWがローバー部門をフェニックス・コンソーシアムに売却し、その計画は消えてしまった。BMWはメトロの後継車を25やMG・ZRとしていたが、実際はメトロよりボディサイズが若干大きかったため、厳密には後継車とは言えなかった。その後2003年にメトロと同クラスのシティローバーが発売されたが、知名度の面でメトロや100に並ぶことができなかった。

関連項目[編集]