レッド・ブロンクス
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| レッド・ブロンクス 紅番區 Rumble in The Bronx |
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| 監督 | スタンリー・トン |
|---|---|
| 製作総指揮 | レナード・ホー |
| 製作 | バービー・トン |
| 脚本 | エドワード・タン ファイブ・マー |
| 出演者 | ジャッキー・チェン アニタ・ムイ フランソワーズ・イプ トン・ピョウ |
| 音楽 | ネイザン・ウォン |
| 撮影 | ジングル・マー |
| 編集 | チャン・イウチョン |
| 配給 | 嘉禾電影有限公司 東宝東和 |
| 公開 | 1995年1月25日 1995年8月5日 |
| 上映時間 | 104分 |
| 製作国 | 香港・カナダ |
| 言語 | 広東語・英語 |
| 制作費 | $7,500,000 |
| 興行収入 | $56,912,536 |
| allcinema | |
| Variety Japan | |
| IMDb | |
「レッド・ブロンクス」は、1995年に日本で公開された、ジャッキー・チェン主演のアクション映画。
目次 |
[編集] 概要
ジャッキーが3度目のハリウッド進出を視野に入れて製作した香港映画で、全米興行収入初登場1位というアジア映画初の快挙を成し遂げ、米国中でジャッキー・チェンブームを巻き起こした(その盛況ぶりはTIME誌の表紙を飾ったほど)。ジャッキー本人にすれば、『バトルクリーク・ブロー』『キャノンボール』『プロテクター』で全米進出を狙ったが失敗に終っているだけに、本作は大きな成果を挙げた結果となった。後に本格的に全米進出を果たした作品が『ラッシュアワー』である。
しかし、80年代の『プロジェクトA』や『ポリス・ストーリー/香港国際警察』『奇蹟/ミラクル』といった傑作に接していた日本の古くからのジャッキーファンからしてみれば、本作が全米で大ヒットしたと聞いても、今頃になって遅すぎるという感想を持つ人も少なくないようである。
[編集] ストーリー
香港の刑事クーンはブロンクスの叔父ビルの結婚式に訪れた。叔父は経営しているスーパーを売りに出し、イレインという女性に買い取られた。
クーンは叔父の新婚旅行中、叔父の住んでいるアパートを借りることになった。しかし、そのアパートやスーパーの周辺には暴走族が徘徊していた。
そんなある日、クーンがスーパーで叔父とイレインと店の事などのことで話していたとき、店内に周辺を徘徊している暴走族の数人が現れ、万引きをする。それを注意した店員が殴られるのを見たクーンは、その者たちを撃退。しかし、そのことからクーンはその暴走族に目を付けられることになる。
ある日の夜、クーンはその暴走族に出くわし、重傷を負う。
[編集] 出演
- クーン:ジャッキー・チェン
- イレイン:アニタ・ムイ
- ナンシー:フランソワーズ・イプ
- ビル:トン・ピョウ
- トニー:マーク・エイカーストリーム
- アンジェロ:ガービン・クロス
- ダニー:モーガン・ラム
- ホワイト:クリス・ロード
[編集] スタッフ
[編集] エピソード
- 本作はニューヨークのブロンクスを舞台としているが、撮影はカナダのバンクーバーで行われた。ニューヨークには山がないため、当初の撮影では山が映らないようアングルに注意していたが、「アクション場面では観客はアクションに熱中しているべきであって、景色などに気をとられるとしたらそれはアクション自体に問題があるからだ」と考え、途中からはニューヨークのように見せることはやめたという[1]。
- 路地での瓶での攻撃にはキャンディ・グラスではなく、本物のガラス瓶を使用した。ジャッキーは「キャンディは危険。本物のほうが安全だ」と言っている。
- 本作中、主演のジャッキー・チェンは撮影中の事故により足を骨折してしまう。しかしながら、骨折した足をギブスで固定し、さらにそのギブスに靴の絵の描かれたゴムをはめて撮影を続行していた。これはジャッキーがホバーに乗り移っているシーンで確認できる。
[編集] 脚注
- ^ ジャッキー・チェン自伝『I AM JACKIE CHAN 僕はジャッキー・チェン』

