スネーキーモンキー 蛇拳

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スネーキーモンキー 蛇拳
蛇形刁手
Snake in the Eagle's Shadow
監督 ユエン・ウーピン
脚本 英華安
クリフォード・チョイ
ウー・シーユエン
製作 張權
製作総指揮 ウー・シーユエン
出演者 ジャッキー・チェン
ユエン・シャオティエン
ウォン・チェンリー
音楽 周福良
撮影 チャン・ハイ
配給 香港の旗 思遠影業
日本の旗 東映
公開 香港の旗 1978年3月1日
日本の旗 1979年12月1日
上映時間 95分
製作国 香港の旗 香港
言語 広東語
興行収入 2,708,748香港ドル 香港の旗
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スネーキーモンキー 蛇拳』(スネーキーモンキーじゃけん、原題:蛇形刁手、英語題:Snake in the Eagle's Shadow)は1977年製作の香港映画作品。思遠影業公司(シーゾナル・フィルム社)製作。1978年香港映画興行収入8位。

日本では東映映画配給。ビデオ・DVDには『ジャッキー・チェンの蛇拳』『蛇拳』などの邦題もある。 同時上映は松田優作主演の『処刑遊戯

概要[編集]

1978年、ロー・ウェイの個人プロダクションに所属していたジャッキー・チェンが、『龍拳』のあと、新興のシーゾナル・フィルム社に2本契約でレンタル出向して製作された最初の作品。単純な『仇討ち物語』が多かった香港クンフー映画の定石を破ったストーリーを設定し、シリアス調の物語にジャッキー・チェンが持つコミカルな個性を隠し味として使ったことで、彼の才能を最初に引き出した作品となった。

ジャッキーの作品でヒットとなった最初の作品で、この後、姉妹編である『ドランクモンキー 酔拳』がほぼ同一のスタッフ・キャストで製作され更に大ヒットを記録している。

ストーリー[編集]

時は清朝時代。拳法の2大流派、蛇形派と鷹爪派は激しい勢力争いを繰り返していたが、鷹爪派の凄腕、上官(ウォン・チェンリー)によって蛇形派は拳士を次々と討ち取られて追いつめられていた。

一方、大手道場に下男として住み込む簡福(ジャッキー・チェン)は、師範代(ディーン・セキ)にいいようにこき使われ、時には稽古で殴られ役をやらされて傷だらけの毎日。

彼はある日町でトラブルに見舞われている老人を助ける。だが老人こそ、蛇形派の長老である白長天(ユエン・シャオティエン)だった。簡福の惨めな日常に同情した白は簡福に蛇形拳を伝授、みるみる上達した彼は一躍道場のヒーローとなるのだが、その技を上官に見られてしまう。

キャスト・スタッフ[編集]

作品解説[編集]

事故[編集]

ジャッキー・チェンはウォン・チェンリーとの闘いを撮影中、歯を負傷する。撮影は続行され、映画のラストで歯の抜けたジャッキーの顔が確認できる。これはウォンのキックが誤ってジャッキーの口に当たったための事故だが、”スーパー・キッカー”ウォン・チェンリーの蹴りの凄まじさを物語るアクシデントである。

日本公開版[編集]

日本公開は本作の姉妹編である『ドランクモンキー 酔拳』が先行しているが、『酔拳』のように日本配給元の東映が主題歌を入れたりせず、オープニングが編集されているだけでほぼ香港公開版どおりの形で公開されている(タイトル「蛇形刁手」の下に「SNAKEY MONKEY」と表記される)。

また、ラストバトルについて、日本公開版は1時間41分であり、香港初公開版にあったという「猫爪拳」披露直前のシーンはカットされている。カットされた部分は、ジャッキーがすでに習った蛇拳でウォン・チェン・リーに立ち向かうが、歯が立たないという数分のアクション・シーンである。このシーンでズボンが裂け、衣装の片方の肩が破れてしまう。2012年現在どのメディアでもこのシーンは見ることができず、幻のフッテージとなっている(パンフレットや、当時の雑誌に掲載されたスチール写真には、そのカットが見られる)。

突如姿を消した師からの蛇拳伝授の場面で流れるBGMはJean Michel Jarre制作の「Oxygen II」。

日本公開時のキャッチコピーは「お次の番だよ酔八拳 当たれば怖い天中殺 マムシ酒ならなお怖い!」

外部リンク[編集]