リビア軍
リビア軍(リビアぐん)は、リビアにおける軍事組織。リビア政府の正規軍として、陸海空三軍を擁する。ムアンマル・アル=カッザーフィー旧政権の兵力は約76,000人、予備役約40,000人[1]。
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概要 [編集]
リビア軍の起源は、第二次世界大戦中のリビア・アラブ軍まで遡ることができる。エジプトに逃亡していた部族のリーダーが各部族に呼びかけ、北アフリカ戦線において連合国軍に協力を行なった。これは戦後に治安維持組織となり、1951年のリビア王国独立とともにリビア軍となった。1986年にはテロ攻撃の報復としてアメリカ合衆国からトリポリなどに爆撃を受けている。
2011年に起こったリビア内戦では北大西洋条約機構軍や反体制組織リビア国民評議会傘下の反政府軍と交戦した。カッザーフィー政権崩壊によりリビア軍は一旦消滅したが、リビア暫定政府は治安維持のために正規軍の早期再建を決定し、2011年12月には軍司令官にハリーファ・ヒフテル(Khalifa Hifter)将軍が任命され、参謀総長にカッザーフィー政権下で特殊部隊司令官だったユーセフ・マングーシュ(Youssef Mangoush)退役将軍が就任した。
リビア陸軍 [編集]
リビア陸軍は兵力約5万人で、1個保安旅団のほか、10個戦車大隊、10個機械化歩兵大隊、18個歩兵大隊、6個コマンドー大隊、22個砲兵大隊、4個地対艦ミサイル大隊、7個防空大隊などからなる[2]。冷戦期の1970年代から1980年代にかけては、ソビエト連邦からの大規模な支援を受けていた。また、チャド内戦に介入し、1970年代末からチャド領内に進出していたが、1986年から1987年にかけてのトヨタ戦争と呼ばれる戦闘においてチャド政府軍に敗北し、チャド領内から撤退している。
IISSの2009年報告においては、T-72が主力戦車であり、他にT-62やBMP-1の保有が報告されている。
リビア空軍 [編集]
リビア空軍は1963年に設立された[3]。アメリカとの関係が悪化していた1980年代には、アメリカ海軍第6艦隊の艦載機と交戦を行なっており、1981年と1989年の2度のシドラ湾事件を起している。13ヶ所の空軍基地を有する[4]。なお、1970年までアメリカ空軍はトリポリ近郊のwheelus空軍基地に駐留していた。
主な機材は、MiG-23、Su-22、Mi-24など。フランス製ミラージュF1も保有している。
2011年3月、国際連合安全保障理事会決議1973に基づいて介入した諸国の攻撃により、リビア空軍は諸国の空軍と一戦を交えたが、壊滅状態に陥ったと報じられた[5]。リビア空軍は、旧式の機体で構成されているため被害も大きく、撃墜されるリビアのMiG-23が映像として残されている。
リビア海軍 [編集]
「リビア海軍艦艇一覧」も参照
リビア海軍は1962年に設立された。2隻のフリゲートを主力に、地中海に展開している。
準軍事組織 [編集]
1980年代には、北アフリカ諸国からの傭兵を含む汎アフリカ軍団や郷土防衛兵力として革命委員会が組織されていた。汎アフリカ軍団はチャド侵攻に用いられている[6]。
脚注 [編集]
- ^ http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/libya/data.html 日本外務省&ミリタリーバランス2010
- ^ International Institute for Strategic Studies, The Military Balance 2009, p.256
- ^ Pollack, 2002, p.359
- ^ Middle East Military Balance: Libya (PDF)[リンク切れ]
- ^ 2011年3月23日、英空軍司令官グレッグ・バグウェル少将は「リビア空軍は戦闘能力をもった勢力としてはもはや存在していない」と発言した。“Libyan air force 'no longer exists'”. Al Jazeera (2011年3月23日). 2011年3月24日閲覧。
- ^ Library of Congress Country Study, Other Paramilitary Forces, 1988
参考文献 [編集]
- Kenneth M. Pollack, Arabs at War: Military Effectiveness 1948–91, University of Nebraska Press, Lincoln and London, 2002, ISBN 0-8032-3733-2
- Mansour O. El-Kikhia’s Libya’s Qaddafi, pub 1997