フレーモア

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フレーモア
Flamemor1934.jpg
1934年のフレーモア
品種 サラブレッド
性別
毛色 黒鹿毛
生誕 1931年5月25日
死没 1945年廃用後不明
シアンモア
アステリヤ
生国 日本の旗 日本秋田県
生産 土田荘助
馬主 土田荘助
調教師 尾形景造東京
競走成績
生涯成績 13戦7勝
獲得賞金 53,257円
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フレーモア(繁殖名ブラオンジヤツク)は、1930年代半ばに活躍した日本競走馬である。1934年に行われた第3回東京優駿大競走(日本ダービー)に優勝した。全妹にアステリモア(阪神優駿牝馬(オークス))、フェアモア(目黒記念〈秋〉)がいる。史上唯一の秋田県産の日本ダービー優勝馬である。

  • 馬齢表記はレース名をのぞき、すべて現在の表記に統一する。


生涯[編集]

1934年4月22日東京優駿大競走にて

フレーモアは、秋田県館合村(現在の横手市)の豪農・実業家で貴族院議員の土田萬助の興した土田農場で生産された。萬助の子、荘助は、馬券が禁止されて不況にあえぐ馬産地のために、大正7年に農場に隣接した阿気村の土地に私費を投じて競馬場を開設し、毎年競馬を開催した。

父は前年の東京優駿馬・カブトヤマを出したシアンモア、母はイギリスから輸入されたアステリヤという馬であった。土田自身が馬主となり、3歳になると尾形景造のもとに預けられた。デビュー戦は3月25日の新呼戦と遅れたが6馬身差で勝つと、続く優勝戦をレコード勝ちで2連勝。1ヶ月後、府中に新設された東京競馬場での最初の東京優駿大競走に臨んだ。

東京優駿大競走では、3連続レコード勝ち中で前走帝室御賞典(東京)ではカブトヤマを破ったミラクルユートピアが大本命と目されていたが、当日朝脱臼により回避し、押し出される形でフレーモアが1番人気に押された。オッズは2倍であった。フレーモアはスタートから先頭に立つと、テーモアに2馬身半差をつけて逃げ切り、史上初めて無敗で日本ダービーを制した。

フレーモアの優勝は記録ずくめで、

  • 府中最初のダービー馬目黒競馬場から移転した新生・東京競馬場で最初に行われた東京優駿のため。)
  • 秋田県産の日本ダービー優勝馬(史上初で、以降現在まで唯一の例。)
  • 初の個人牧場生産馬の優勝
  • 優勝馬・2着・3着馬まですべて同一管理調教師。(同一厩舎調教馬による上位3頭独占は、日本ダービーに相当する競走においては今のところ唯一)

また、後に「大尾形」と称され、歴代最多の東京優駿勝利調教師となる尾形にとってもこれが最初の東京優駿制覇だった。

秋には東京競馬場で行われた帝室御賞典をはじめ3つの特別戦を制した。4歳の2月に右前足の故障により現役を退くと、ブラオンジヤツクと名を変え、傷が癒えた5歳から北海道静内の伊藤繁太郎の元で種牡馬入りした。カミカゼ、ホウカツピータの2頭の中山大障害(春)優勝馬を輩出している。1945年廃用、その後戦後の混乱の中消息不明となった。

競走成績[編集]

主な産駒[編集]

血統表[編集]

フレーモア血統サンドリッジ系 / Sunstar3×3=25.00%、Angelica-St.Simon 5×4=9.38% )

*シアンモア
Shian Mor
1924 黒鹿毛
Buchan
1916 鹿毛
Sunstar Sundridge
Doris
Hamoaze Torpoint
Maid of the Mist
Orlass
1914 鹿毛
Orby Orme
Rhoda B.
Simon Lass Simmontault
Kilkenny Lass

*アステリア
Asteria
1925 鹿毛
Othello
1908
Desmond St.Simon
L'Abesse de Jouarre
Queen Fairy Oberon
Lady Lothian
Astalieva
1917
Sunstar Sundridge
Doris
Aunt Hetty Love Wisely
Hettie Sorrel F-No.1-w

参考文献[編集]

  • 『日本ダービー50年史』 日本中央競馬会、1983年
  • 今井昭雄 『ダービー馬の履歴書』 保育資料社、1987年ISBN 978-4829302170

外部リンク[編集]