ファットマン

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Mark 3 ファットマン
ファットマンのモックアップ
ファットマンのモックアップ
タイプ 核爆弾
開発国 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
配備先 アメリカ陸
開発・生産
開発期間 1943年-1945年
生産期間 1945年-1949年
配備期間 1945年-1950年
生産数 120発
要目
核出力 20-49kt
弾頭 原子爆弾(インプロージョン方式)
直径 60インチ
長さ 128インチ
重量 10,300ポンド
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ファットマンFat Man、「太っている男性」の意味)は、第二次世界大戦末期にアメリカ合衆国で開発された原子爆弾コードネームである。

イギリスの保守党の政治家であるチャーチル首相にちなんで、名づけられたという噂もあるが、マンハッタン計画に参加した物理学者ロバート・サーバーRobert Serber)によると彼は映画「マルタの鷹」のキャラクター「Kasper Gutman」から名づけたのであるという。アメリカ軍の分類番号はMk.3であり、大戦後も製造が継続された。最初の一発は1945年8月9日長崎市に投下され、実戦使用された核兵器であり、この長崎に投下された原子爆弾だけを指すこともある。

アメリカ民主党の政治家ルーズベルト大統領にちなんだ ThinMan というプルトニウム型爆弾が開発中止され、ファットマンへと移行した。

概要[編集]

ファットマンはマンハッタン計画の一部としてロスアラモス国立研究所で作られた核兵器である。リトルボーイ(Mark 1)が高濃縮ウランを用いたガンバレル型の原子爆弾であるのに対して、ファットマンはプルトニウムを用いたインプロージョン方式の原子爆弾である。

1945年8月9日に実戦使用されており、長崎県長崎市の北部(現在の松山町)の上空550mで炸裂した。長崎市への原子爆弾投下を行なったのはB-29爆撃機ボックスカー(機長: チャールズ・スウィーニー少佐)である。爆弾の威力は8月6日に広島県広島市に投下されたリトルボーイより若干強いが、長崎市は起伏に富んだ地形で、起伏が無い広島市に比べて威力が減殺され、破壊の度合いは広島市に比べると小さいものの死者約73,900人、負傷者約74,900人、被害面積6,702,300m2、全焼全壊計約12,900棟という甚大な被害をもたらした。

戦争終結後も製造が続けられ、1940年代のアメリカ軍の核戦力を担っていた。

経緯[編集]

アメリカ合衆国では1941年よりマンハッタン計画として核兵器の開発を行なっていた。ウランを用いた核兵器の開発(Mk.1。のちのリトルボーイ)は進んでいたものの、プルトニウムを用いた核兵器の開発には障害があり、1943年にガンバレル型(Mark.2。のちのシンマン )とインプロージョン方式(implosion、爆縮)(Mark.3。のちのファットマン)の両方の開発が進められることとなった。1944年にガンバレル型は放棄され、インプロージョン方式で開発が継続されることとなった。

インプロージョン方式の模式図

核物質にはプルトニウム239を用いている。核出力TNT換算22キロトンを記録した。インプロージョン方式で用いられている爆縮レンズジョン・フォン・ノイマン等によって完成した技術である。

使用されたプルトニウムはワシントン州ハンフォードにあるハンフォード・サイトB-Reactorで製造された。

プルトニウム型原爆の実証のため、1945年7月16日アメリカ合衆国は、ニューメキシコ州アラモゴルド砂漠にあるホワイトサンズ射爆場でファットマンのプロトタイプであるガジェットを用いて人類史上初の核実験であるトリニティ実験を実行した。

ファットマンの特異的な形状の空中挙動を確かめるため、同形の模擬原子爆弾「パンプキン」(通常爆薬装填)が作られ、投下練習が行われた。

ファットマン型の原爆はまず3発が製造され長崎への投下のほか、核実験のクロスロード作戦(1946年)で使用された。

1945年7月にヘンリー・スティムソン長官にファットマン型原爆は毎月1個の生産が可能だと報告されたが、1945年8月15日に戦争が終結し、原爆製造の優先順位が引き下げられたため、生産量は縮小された。プルトニウムを生産していたハンフオードの反応炉も中性子照射損傷により稼動に耐えなくなったため1946年に生産を停止した。

ファットマン自体は戦後も生産が継続され、1947年にはロスアラモス国立研究所にファットマン60発分の部品が備蓄され、アメリカ兵器廠には使用可能なファットマン型原爆13発が備蓄されていた。1948年までには50発が生産され、1949年までに120発が生産された。改良型のMark 4 (核爆弾)の生産は1949年からのことである。

構造[編集]

ファットマンの内部構造(全体)
  1. AN 219 接地式の起爆装置
  2. 対地測距用アンテナ
  3. 電源
  4. 起爆用コンデンサー
  5. 爆弾の前後の楕円部分を固定しているヒンジ
  6. プルトニウムと爆縮レンズ
  7. 対地測距用レーダーと起爆用タイマーなどの制御装置
  8. 起爆制御装置
  9. 尾翼(20インチのアルミニウム製)

プルトニウムと爆縮レンズ内部の構造[編集]

爆縮レンズには合計で2500キロもの爆薬が使用されている。その内部にアルミニウム合金プッシャー120kgと天然ウラン120kgの球体があり、中心には6.2kgのデルタ相プルトニウム合金が収まっている。 ファットマンの重量の半分以上は爆縮レンズの爆薬である、直径は137.8センチにもなりファットマン(ふとっちょ)という名前の原因になっていた。これは当時の技術水準では必要な圧力を得るためにこれだけの分量が必要だったためである。 コンポジションB/アルミニウム合金プッシャー/天然ウラン中性子反射器/プルトニウム核 の順番に密度比が1.65/2.71/19.05/19.8となっている。

後年では爆薬部分の密度を上げたり副臨界系を小さくすることで急速に小型化が行われ、最終的には100キロトンクラスの核兵器でも直径30センチに収まるほどにまで小型化された。

ファットマンの内部構造(起爆装置・爆縮レンズ等)
  1. 起爆電橋線型雷管 32個
  2. コンポジションB(早い爆薬) 32個
  3. バラトール(遅い爆薬) 32個
  4. コンポジションB(早い爆薬) 32個
  5. 取り外し可能なアルミニウム合金の蓋
  6. アルミニウム合金プッシャー
  7. 天然ウラン(U-238)で出来た中性子反射体(Neutorn Reflector) 兼 タンパー(Tamper)
  8. プルトニウムの塊
  9. コルク製の外殻
  10. 7個の部品から構成されるアルミニウム製の外殻
  11. アルミニウム合金プッシャーを固定するためのキャップ
  12. 中性子点火器
  13. 天然ウラン(U-238)
  14. ホウ素合金のカバー
  15. フェルト樹脂

構成部品[編集]

起爆電橋線型雷管
衝撃波は1ミリ秒につき8メートルも進むため、32個の雷管が点火するタイミングの許容誤差は0.1マイクロ秒以下になる。このため原爆用に新しい原理の雷管が新規に開発された。詳細は起爆電橋線型雷管の項目を参照。
起爆装置
起爆電源のために、5キロボルト1000アンペアの大型の高圧オイルコンデンサが必要で、0.1マイクロ秒以下の誤差で作動させるために1マイクロファラッドの低キャパシタンスのスイッチ機構が必要である。これに電力を供給するための新型電池が開発された。コンデンサと電池だけで1トン近い重量があり爆縮レンズの爆薬に次いで重量を占めている部品である。
爆縮レンズ
爆薬だけで2.5トンもありファットマンの重量と体積の半分以上を占めている最大の部品である。詳細は爆縮レンズの項目を参照。
アルミニウムプッシャー
爆薬と天然ウラン、プルトニウムの間の密度差があまりにも大きいため反射波が大きくなり、レイリー・テイラー不安定性などの流体力学的不安定性が大きくなって衝撃波の高い球対称性が崩れないようにするために必要な装置である。レイリー・テイラー不安定性が大きくなるとレイリー・テイラー波が発生して圧力が低下するのを防ぐ目的もある。
中性子反射体(Neutorn Reflector) 兼 タンパー(Tamper)
核分裂物質から発生した中性子が外側に逃げてしまって連鎖反応が止まらないようにするために天然ウランの中性子反射体が必要である。中性子反射体としては厚さ3センチで足りるが、1ナノ秒の間に80回の連鎖反応を繰り返すまでは核分裂物質を一箇所に留めておく必要がある。この押さえがタンパーである、1ナノ秒の間押さえるためにある程度の慣性質量が必要であり、そのために7センチの厚さになった。
後年の研究では熱量の20%は天然ウランによる副臨界系から発生したと言われている。
中性子点火器
この装置はプルトニウムが核分裂反応を起こすために必要な最初の中性子線を出すための装置である。点火器という名称は燃焼(核分裂反応)を始めるために必要な種火となる中性子を出すための装置であることに由来している。
構造は重量7グラムのベリリウム球の表面に、楔形の溝15本を掘り込んだものに厚さ0.1ミリの金メッキを施し、さらにポロニウム210、11mgをメッキしたものである。爆縮によって急速にベリリウムポロニウムが混合されるとポロニウムが輻射したアルファ粒子ベリリウム原子に衝突し、束縛から解き放たれた中性子を放射する。

起爆過程[編集]

ファットマンの起爆過程
  •   起爆電橋線型雷管が32個同時に起爆する。
  •   衝撃波は起爆した地点から放射状に広がっていく。
  •   早い爆薬:コンポジションB
  •   遅い爆薬:バラトール(32個の遅い爆薬の中で衝撃波がレンズの中の光のように屈折する)
  •   早い爆薬:コンポジションB
  •   アルミニウム プッシャー(低密度の爆薬から高密度のウランへ衝撃波が投射されるとその密度差からレイリーテーラー波と呼ばれる低圧の波が発生して十分な圧力をプルトニウムに加えることが出来なくなる、これを抑えるために、密度の高い軽金属に衝撃波を投射してからプルトニウムへ伝達するようにしている。)
  •   中性子点火機が爆縮の衝撃波によってポロニウム殻と内部のベリリウム球が急激に混合されると、ポロニウム-210が輻射したアルファ粒子ベリリウムに衝突して中性子を10ナノ秒に1個の割合で周期的に放出する。
  •   低密度デルタ相の合金である核が爆縮による衝撃波で発生した数百万気圧の圧力によってアルファ状態に相転移すると密度の増加と大きな反作用挿入を起こす、これに中性子点火機から放出された中性子が当たると急激に核分裂反応が進む。
  •   天然ウランのタンパーが発生した中性子を反射して核分裂の効率を高める
  •   ホウ素合金の郭が発生した核分裂中性子を低速の熱中性子にし、散乱して天然ウランのタンパーに戻るのを防止することで核分裂の効率を高める。

ファットマンの組み立て[編集]

内殻を外殻に組み込んでいる工程 組み立てたファットマンを輸送
内殻を外殻に組み込んでいる工程
組み立てたファットマンを輸送

ファットマンは通常は最終段階の組み立てを行う前の状態で保管され使用する直前になって組立作業を行う。これには二つの理由がある。

  1. 完全に組み立てられた状態のファットマンが火事や搭載する航空機の墜落などの事故により爆縮レンズが起爆すると、核爆発が起こって大惨事になるからであり、保管状態では最悪の事故が起きても核爆発が起きないようにするためである。
  2. 起爆装置には極めて大きな電源が必要であり、完成状態では電池が数日で劣化するためである。

保管状態では「前部外殻」「後部外殻」「プルトニウムと爆縮レンズの塊」「電源装置」「中性子点火器」の5個のパーツに分解されている。中性子発生器を抜き取った空洞には小さな鉄球が詰め込まれている。 これは爆縮レンズが起爆してプルトニウムが爆縮されても中心に鉄の塊が入っているとそれが邪魔をして爆縮が進まず、核分裂が起きないからである。

組立作業には48時間を要する。 組み立てたままの状態では電池が数日で劣化するため48時間以内に使用されなかった場合は再び分解して電池を交換する必要がある。

要目[編集]

ファットマンの尾翼には開発者達のサインが書かれていた
重量 4,670 kg (10,300 lb)
全長 3.66 m (12 ft)
最大直径 1.52 m (60 in)
中心核 6,2 kg 低密度デルタ相プルトニウム合金 (プルトニウム239ガリウム)
中性子反射器 天然ウラン (ウラン 238U)
中性子発生器 ベリリウム-ポロニウム
爆縮レンズ コンポジション-B (60 % ヘキソーゲン, 39 % TNT)、
バラトール(TNT硝酸バリウム)
信管 接地式、対地距離レーダー式
爆発力 TNT換算 22 ± 2 キロトン / 92 ± 8 テラジュール

関連項目[編集]

参考資料[編集]