コッポラの胡蝶の夢
| コッポラの胡蝶の夢 | |
|---|---|
| Youth Without Youth | |
| 監督 | フランシス・フォード・コッポラ |
| 脚本 | フランシス・フォード・コッポラ |
| 原作 | ミルチャ・エリアーデ 『若さなき若さ』 |
| 製作 | フランシス・フォード・コッポラ フレッド・ルース アナヒド・ナザロアン |
| 出演者 | ティム・ロス アレクサンドラ・マリア・ララ ブルーノ・ガンツ |
| 音楽 | オスバルド・ゴリホフ |
| 撮影 | ミハイ・マライメア・Jr |
| 編集 | ウォルター・マーチ |
| 製作会社 | アメリカン・ゾエトロープ |
| 配給 | |
| 公開 | |
| 上映時間 | 124分 |
| 製作国 | |
| 言語 | 英語 |
| 興行収入 | $2,624,759[1] |
『コッポラの胡蝶の夢』(Youth Without Youth)は、2007年のアメリカ・ドイツ・イタリア・フランス・ルーマニア映画である。ミルチャ・エリアーデの小説『若さなき若さ』の映画化作品。フランシス・フォード・コッポラは、10年ぶりに監督を担当した。
目次 |
ストーリー [編集]
1930年代、人生の折り返し地点をとうに過ぎた言語学者ドミニクは、自身の言語学の研究も未完のまま、昔愛した女性ラウラを忘れられない孤独な日々を送っていた。ある復活祭の日、彼は突然雷に打たれ病院に収容される。奇跡的に一命をとりとめた彼は、驚異的な頭脳と若き肉体に復活していた。その超常的な現象を追ってナチスの黒い影が忍び寄り、ドミニクは戦火のヨーロッパを逃走する。その後、昔愛したラウラに生き写しの女性と出会い、彼女のおかげで人類が未踏の言語の起源に迫る研究も、完成するかにみえた。
製作の背景 [編集]
『レインメーカー』以来10年間作品を発表していなかったフランシス・フォード・コッポラ。若い頃から職業監督として成功し、プロデューサーや映画会社の意に沿った作品ばかり監督してきたと彼は発言し、映画製作に対し欲求不満があったという。そこでワイナリー事業も軌道に乗り過去の破産から経済的に立ち直った彼が、私財を投じて作り上げたパーソナルな作品が『コッポラの胡蝶の夢』である。本作の前には『メガロポリス』というアメリカ同時多発テロ以降のニューヨークを背景にしたユートピア思想の作品構想があった。しかし諸々の事情によりその企画が困難になったが、作品の相談役としてティーンエイジャーの頃からの友人でシカゴ大学教授のウェンディからミルチャ・エリアーデの小説「若さなき若さ」を紹介された。「若さなき若さ」は「トワイライトゾーン」のような話だとコッポラは言う。教授である老人が若返り、長年の夢であった「言語の起源の研究」を続ける時間を手にする物語は、ビジネスマンとして成功したがクリエイティブな面でやり残したことがあるというコッポラ自身の欲求を投影しているようである。またティム・ロスは大のコッポラファンであり、若かりし頃に自分を映画に出してくれとコッポラ本人にオファーの手紙を書いたことがあるという。荘子の思想を表す説話『胡蝶の夢』から取られた邦題であるが、この説話については原作でも言及されている。
キャスト [編集]
| 役名 | 俳優 | 日本語吹替 |
|---|---|---|
| ドミニク | ティム・ロス | 内田直哉 |
| ラウラ、ヴェロニカ、ルピニ | アレクサンドラ・マリア・ララ | 木下紗華 |
| スタンチェレスク教授 | ブルーノ・ガンツ | 辻親八 |
| 記者(カメオ出演) | マット・デイモン | |
| ルードルフ博士 | アンドレ・ヘンニッケ | 谷昌樹 |
| トゥッチ教授 | マーセル・ユーレス | |
| 6号室の女 | アレクサンドラ・ピリチ | |
| 学問僧 | エイドリアン・ピンティー | |
| ガヴリーラ医師 | フローリン・ピエルジクJr. | |
| キリーラ医師 | ゾルタン・バトク | |
| フロントの女性 | アナマリア・マリンカ |
コッポラと音楽、音響 [編集]
コッポラ監督の父カーマイン・コッポラはフルート奏者・作曲家として活躍し、『ゴッドファーザー PART II』でアカデミー作曲賞、『地獄の黙示録』(1979年)でゴールデングローブ賞の音楽賞を受賞した。その血を引いてか、コッポラ監督は非常に耳の良い映画監督として有名である。『地獄の黙示録』でヴァーグナーの楽劇「ワルキューレ」より「ワルキューレの騎行」をヘリコプターの爆撃音と重ね合わせたり、『ゴッドファーザー』シリーズでもニーノ・ロータの印象的な旋律と、銃声が響きわたる音響効果を意識した秀逸な表現が特徴である。『コッポラの胡蝶の夢』の作曲家オスバルド・ゴリホフはアルゼンチン出身で、現代音楽でありながらヨーロッパの様式を越えたオリエンタルな響きが特徴的な作曲家である。映画の仕事は『耳に残るは君の歌声』だけだが、コッポラはゴリホフを抜擢し、ヨーロッパ各地をめぐる本作に、より情緒的で刺激的な風情を出すことに成功している。その音楽は時にマーラーの交響曲第5番第4楽章の「アダージェット」を想わせ、ヴィスコンティの『ベニスに死す』のオマージュとして捉えられる。
コッポラとゴダール [編集]
本作は原作に忠実に物語が進められる。それゆえ物語として求められる説明すべき箇所を意図的に省略したり、ある種衒学的な哲学問答が続いたりと、小説に忠実であるが故、映画として完結すべき物語的欲求をあえて避けている箇所が一部あり、それが実験的といわれる理由だろう。かつて自分はジャン=リュック・ゴダールになれたのにならなかったのだ、と発言したコッポラ。息を呑むほど美しい画面と暴力的なまでの物語の分断と再構築は2人の映画作家の共通点といえ、コッポラにおいてその特徴が顕著に現れた作品が本作である。
ルーマニア・ロケーション [編集]
本作はほとんどがルーマニアで撮影された。物語に出てくる他の国もほとんどがルーマニアで代用されているようである。ルーマニアの豊かな演劇文化、映画文化のおかげで優秀なスタッフとキャストの大半をルーマニアで確保できたという。ブカレスト近郊にある、老化予防医学の権威アナ・アスラン博士(1897年 - 1988年)によって設立されたクリニック「アナ・アスラン」でも撮影された。
参考文献 [編集]
- ^ “Youth Without Youth”. Box Office Mojo. 2012年9月7日閲覧。