やまさき十三
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| やまさき 十三 | |
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| 本名 | 山崎 十三 |
| 生誕 | 1941年6月19日(70歳) 宮崎県都城市 |
| 国籍 | |
| 職業 | 漫画原作者 |
| 活動期間 | 1979年 - |
| 代表作 | 『釣りバカ日誌』(画:北見けんいち) |
| 受賞 | 第28回小学館漫画賞(1982年) |
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やまさき 十三(やまさき じゅうぞう、1941年6月19日 - )は、日本の漫画原作者。本名:山崎 十三(読み同じ。「やまさき」と濁らない、このことは、『釣りバカ日誌』で、ハマちゃんが、自己紹介をするときに「はまさき伝助」と強調するシーンに使われている)。
代表作は『釣りバカ日誌』(画・北見けんいち、小学館「ビッグコミックオリジナル」連載)。趣味は釣りと野球。千葉県浦安市在住。
目次 |
[編集] 略歴
宮崎県都城市出身。実家は、学校教材等を取り扱う大規模な文具店(『釣りバカ日誌』に、ハマちゃんの実家「浜崎文科堂」として登場)。宮崎県立宮崎大宮高等学校、早稲田大学第一文学部演劇科卒業。早稲田大学卒業後、東映東京制作所に助監督として10年間勤務。山崎充朗の名で『キャプテンウルトラ』や『キイハンター』などの脚本も執筆していた。
1979年に『釣りバカ日誌』で漫画原作者に転向し、昭和57年度(第28回)小学館漫画賞を受賞。同作は1988年に松竹で実写映画化、2002年にテレビ朝日系でアニメ化され「国民的サラリーマン漫画」と呼ばれるまでになる。
[編集] 人物
当初は映画界を志望して東映の助監督をしていたが組合活動のために解雇。大学時代の親友である小学館の編集者・武居俊樹から「映画の脚本が書けるなら、漫画の原作も書けるだろう」と誘われ、漫画原作者に転じた。映画監督の呉徳洙(オ・ドクス)は、大学時代からの親友である[1]。演劇科同期生に松本幸四郎、1期下に女優の赤座美代子がいる。2010年11月26日の東京都青少年の健全な育成に関する条例に改正する記者会見に、ちばてつや、秋本治、本そういちらとともに出席した。
[編集] 主な作品
- 釣りバカ日誌(画:北見けんいち、ビッグコミックオリジナル)
- サッチモ(画:北見けんいち、ビッグコミック)
- 愛しのチィパッパ(画:北見けんいち、女性セブン)
- アイドール(画:芳谷圭児、リイドコミック)
- 青春は果てしなき蒼空(画:芳谷圭児、リイドコミック)
- 風のフィユ(画:芳谷圭児、リイドコミック)
- バーディ・バーディ(画:芳谷圭児、漫画アクション)
- ボギー(画:芳谷圭児、ビッグコミック)
- がむしゃら(画:あだち充、週刊少年サンデー1976年5・6合併号 - 1976年18号)
- 初恋甲子園(画:あだち充、週刊少女コミック)
- 泣き虫甲子園(画:あだち充、週刊少女コミック)
- 番外甲子園(画:内山まもる、週刊少年サンデー)
- 初体験(画:松久由宇)
- 新宿非情線(画:居村真二、少年ビッグコミック)
- つらいぜジュリー(画:野口正之)
- ゴリラの迷図(画:園田光慶、リイドコミック)
- 無頼記者(画:園田光慶、ビッグコミックポケッツ)
- おれはナマズ者(画:はしもとみつお、週刊少年サンデー1982年6号 - 1984年21号)
- あした天兵(画:幡地英明、週刊少年ジャンプ1983年43号 - 1984年14号)
- フェアウェイ社員(画:村祭まこと、コミックノストラダムス1983年6月1日創刊号 - 198?年?号)
- おかしな2人(画:さだやす圭、週刊モーニング)
- 笑ってマイケル(画:聖鈴子、ちゃお)
- プロゴルファー貘(画:高井研一郎、週刊パーゴルフ)
- 愛しのクワアングリコ(画:高井研一郎、週刊パーゴルフ)
- 夢工場(画:弘兼憲史、別冊漫画アクション)
[編集] 著書(漫画原作以外)
- 釣りバカ日誌 ハマちゃん流(2004年、淡輪敬三との共著、日本経済新聞社)ISBN 4-532-31142-X
[編集] 外部リンク
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