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*[[黒川順子]] - [[俳優|女優]]
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*[[中村忠]] - [[日本プロサッカーリーグ|Jリーグ]] 元[[東京ヴェルディ]]選手
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*[[穎川三隆]] - 大戦前後の[[東京六大学野球]]・[[早稲田大学|早大]]二塁手、三番打者
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*[[松本基淳]](1979) - 元[[読売ジャイアンツ]]投手
*[[松本基淳]](1979) - 元[[読売ジャイアンツ]]投手

2007年7月5日 (木) 16:52時点における版

東京都立立川高等学校(とうきょうとりつたちかわこうとうがっこう)は、東京都立川市錦町にある都立高等学校

東京都立立川高等学校
過去の名称 東京府立第二中学校
国公私立の別 公立学校
設置者 東京都
設立年月日 1948年4月1日
創立記念日 1901年
共学・別学 男女共学
課程 全日制課程
定時制課程
単位制・学年制 学年制(全)・単位制(定)
学科 普通科(8クラス)
学期 2学期制
所在地 〒190-0022
東京都立川市錦町2-13-5
電話番号 042-524-8195
FAX番号 042-527-9906
外部リンク 公式サイト

概要

府立二中を前身とする都立進学校府立第一中学に次ぐ第二番目のナンバースクールとして創立された伝統を汲む。(ただし、実際の創立年では、府立四中(現・戸山高校)、府立三中(現・両国高校)が先である)。府立中学の誘致は当時の多摩地区住民の悲願であり、地元では親しみを込めて「立高」と呼ばれている。また、現在に至るまで多摩地区の多くの市町村長を輩出してきたことから「市町村長学校」とも呼ばれている。

都立高校全盛期には多摩地区随一の進学校として名を馳せ、特に一橋大学合格者数は全国トップクラスであった。学校群制度の下では80年代に入るまで東大合格者数も20-30人台を維持し、また同群の国立高校の進学実績向上の相乗効果をも伴った。

グループ選抜以降はやや低迷した感もあったが、2002年には進学指導重点校に指定された。「立高アドバンス計画」と称した改革を行っており、都立校として初めての65分授業の導入や、自校作成問題の実施、進学指導体制の確立など、進学校としての充実を図っている。また、高大連携により東京工業大学東京農工大学東京学芸大学中央大学東京経済大学の授業を受けることができる。こうした地道な改革もあって、徐々に進学実績は向上している。

2つの寮を所有しており、千葉の「清明寮」では伝統の臨海教室が、長野の「神城山荘」ではスキー教室が実施されている。

沿革

  • 1901年 東京府第二中学校として開校、7月、東京府立第二中学校と改称する (この年に、既に開校していた府立一中分校が府立三中となり、東京府城北尋常中学校が府立四中となる。)
  • 1943年 東京都立第二中学校となる
  • 1948年 都立第二新制高等学校となる
  • 1950年 都立立川高等学校となる

交通

著名な出身者

関係者

関連書籍

関連項目

外部リンク