阪急マルーン

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阪急・能勢電鉄マルーン
 
16進表記 #451c1d
RGB (69, 28, 29)
マンセル値 5R 1.5/4.7
出典 「阪急車両 -音と色-」
阪急アイボリー
 
16進表記 #ddd1be
RGB (221, 209, 190)
マンセル値 2.5Y 8.5/1.5
出典 「阪急車両 -音と色-」
阪急マルーンに塗装された阪急電車(2300系)
上部がアイボリーに塗装されたパターン(8000系)

阪急マルーン(はんきゅうマルーン)とは、阪急電鉄系列の鉄道車両に採用される茶色塗装の通称。

概要[編集]

マルーンは本来(マロン)が語源で茶色を意味するが、阪急のそれは黒系の割合が高く、「こげ茶」・「小豆色」・「チョコレート色」などと評される[1]。マンセル値は 5R 1.5/4.7 で、日本国有鉄道(国鉄)制定色の赤7号が比較的近い。ぶどう色3号は本色より色相が高く、ぶどう色2号はまったく異なる色相である[2]

開業以来の伝統色で、1960年から採用された銀色の窓枠とともに、阪急の上品なイメージの象徴となっている。車体塗色が統一されているのは、乗客に対して特急・急行・普通などの列車種別で異なる塗色を用いる差別化を行わないためである。

阪急の車両塗装の変遷[編集]

1950年阪急西宮球場でのアメリカ博開催時に、800系が黄色と水色[3]500形が黄色とマルーン[4]に塗装されて宣伝に用いられたほか、同年10月に天神橋駅京阪神京都駅間で特急が復活した際に用いられた100系では下半分をマルーン、上半分をオレンジ色にされたが、翌年にはマルーンに銀色帯を巻くように変更されている[5]。このほか、8000系導入時と9300系導入時にメタリックオレンジやマルーンの帯化などの新色採用案が持ち上がったことがあるが、利用者や社内から抗議や反対意見が続出したため廃案となっている。

1975年に導入した6300系で、屋根肩部をアイボリーに塗装した。その後1988年に導入した8000系、1989年に導入した8300系も同様の塗装とした。さらに、1999年からは6000系・7000系・7300系・5000系リニューアル車でも同様の塗装に変更した(リニューアル施工済みの5000系では外側の車両番号も塗装から磨き出しに変更している)。1992年には同じマルーンながらメタリック分を増やした試験塗装が登場したが、2年ほどで通常のマルーンに戻されている。

マンセル値は1988年まで 2.5Y 8.5/1、それ以降は 2.5Y 8.5/1.5 である[6]

他社の状況[編集]

阪急の子会社でその車両を譲り受けている能勢電鉄でもこの塗装が一時期を除いて採用されており、こちらは 「能勢電マルーン」 と称されている。同じく子会社の北大阪急行電鉄も、8000形9000形電車において、この色の帯をあしらっている。

脚注[編集]

  1. ^ コーポレートカラーの呼称は、“阪急に相応しい上品なワインレッド(Hankyuレッド)”(阪急電鉄公式サイト)であるが、これは1992年に制定されたもので、従来から用いられてきた色とは異なる(『阪急電車』、p.226)。
  2. ^ 『阪急車両 -音と色-』、pp.223-224。
  3. ^ 『阪急電鉄 神戸・宝塚線』、pp.142-143。
  4. ^ 『阪急電鉄 京都線』、p.74。
  5. ^ 『阪急電鉄 京都線』、p.74、「京都線特急車両の記録」、p.194、および 「戦後の京阪間を疾走した京都線特急電車」、p.184。
  6. ^ 『阪急車両 -音と色-』、p.224。

参考文献[編集]

  • 山口益生 『阪急電車』、JTB キャンブックス 120、2012年。
  • 藤井信夫 『阪急電鉄 神戸・宝塚線』、関西鉄道研究会、1994年。
  • 藤井信夫 『阪急電鉄 京都線』、関西鉄道研究会、1995年。
  • 藤井信夫 「京都線特急車両の記録」、『鉄道ピクトリアル』 837、2010・8 臨時増刊、電気車研究会、2010年、pp.193 - 201。
  • 中山嘉彦 「阪急車両 -音と色-」、『鉄道ピクトリアル』 837、2010・8 臨時増刊、電気車研究会、2010年、pp.222 - 224。
  • 「戦後の京阪間を疾走した京都線特急電車」、『鉄道ピクトリアル』 837、2010・8 臨時増刊、電気車研究会、2010年、pp.184 - 188。

近似色[編集]

関連項目[編集]