阪急5300系電車

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阪急5300系電車
5300系5324F
5300系5324F
基本情報
運用者 阪急電鉄
製造所 アルナ工機
製造年 1972年 - 1984年
製造数 105両
運用開始 1972年
投入先 (阪急電鉄)京都本線千里線
大阪市高速電気軌道堺筋線
主要諸元
編成 7両または8両編成
軌間 1,435 mm
電気方式 直流1,500V
架空電車線方式
最高運転速度 阪急線内 110 km/h[要出典]
堺筋線内 70 km/h
設計最高速度 130 km/h
起動加速度 2.6 km/h/s (MT比6M2T時・50km/hまで)
2.6km/h/s (MT比4M3T時・45km/hまで)
2.8 km/h/s (堺筋線)
減速度(常用) 3.7 km/h/s
減速度(非常) 4.2 km/h/s
車両定員 座席48・立席92(先頭車)
座席52・立席98(中間車)
自重 24.6 t (5850形) - 37.1 t (5300形)
編成重量 269.4 t (6M2T)
全長 18,900 mm
全幅 2,809 mm
全高 4,095 mm
車体 普通鋼
主電動機 TDK8550-A
主電動機出力 140 kW × 4
駆動方式 TD平行カルダン駆動方式
歯車比 1:5.25
制御方式 抵抗制御
制御装置 ES767-A-M、ES767-C-M
制動装置 発電制動併用
全電気指令式電磁直通ブレーキ (HRD)
保安装置 ATS, WS-ATC
デッドマン装置
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阪急5300系電車(はんきゅう5300けいでんしゃ)は、1972年(昭和47年)に登場した阪急電鉄(以下「阪急」)の通勤形電車である。

概要[編集]

初の神宝線京都線共通規格車5100系相当の機器と、3300系大阪市交通局大阪市営地下鉄堺筋線乗り入れ対応の車体寸法を採用した京都線専用車両である。1972年から1984年までに105両が製造された。

京都線では従来、車両の番号を1から付与していたが(3300系3300形の場合、初番は3301)、本系列からは神宝線車両と同様に0から(5300形の場合、初番は5300)付与するようになった[1]

車体・接客設備[編集]

手動幕・標識板時代の5315F(1990年)

5100系と同様に当初から集約分散式冷房装置を搭載しているため、冷房風洞分だけ屋根が3300系より高く取られた。

行先表示器は3300系を踏襲し、前面には手動式小型方向幕が設置され、側面には電光式列車種別表示装置が設置された。手動式小型方向幕は地下鉄堺筋線乗り入れの運用のみで使われ、阪急線内運用では方向幕は白地にして運行標識板を使用した。

冷房装置は1974年製造車までは冷凍能力8,000kcal/h×4基/両、1975年製造の5313Fからは冷凍能力10,500kcal×3基/両を搭載する。冷房装置の違いでの番号区分はなされていない。なお、8,000kcal/h×4基の冷房装置を搭載する車両については、電動車制御車付随車のいずれも、冷房機本体は同じ位置に配置されるように設計されている。

増備途上で、種別行先看板の取付金具が神宝線タイプ[2]に変更され、それ以前の車両も改造されて神宝線タイプに統一された[1]

1974年に落成した5400形5408・5409号車は、運転室を車体本体と別工程で製造し、完成時にボルトで結合する「ユニット運転台」が試作された[3][4]。この設計は製作の合理化と将来の車種変更への対応を行えるようにとの狙いがあったが[3]、以降の進展はなかった。この2両は接合部分に縦線状の継ぎ目があり、他車との識別点となっていた。

主要機器[編集]

主電動機の出力は5100系と同じ140kWで[1]、3300系よりも強力化されている。駆動装置は従来の京都線車両の中空軸に代わって中実軸となり、TD撓み板継ぎ手を採用した[1]。駆動方式を神宝線と同じ中実軸にすることで、WN歯車継手との互換性が確保され、主電動機や歯車箱の取付部の異なる2種類の台車を用意する必要がなくなった[1]

ブレーキ装置は電気指令式ブレーキを阪急として初採用し、発電ブレーキ併用のHRD-1を搭載する[5]。電気指令式ブレーキは2200系・6000系・6300系以降の系列にも波及した。ただし、運転台の構造は従来車と同様の2ハンドルであり、ブレーキ設定器の段数も異なるため、6300系以降の車両との相互連結は不可能である。

さらに、限流値(主電動機に流す電流の量)を変更することが可能で、堺筋線内では京都線よりも起動加速度を上げることが可能になっている。

1973年製造の5863には、東芝製の回生ブレーキ電機子チョッパ制御装置を試験搭載し、約2年間実用試験を行った[5]。この試験の後、2200系に本格搭載された[6]

8両編成は3300系と同様に堺筋線内での駅出発時に運転士が取扱う関係上、主幹制御器とブレーキ設定器が別個の2ハンドル車ながら電気笛が標準装備となっている。

形式[編集]

最終製造の5890号車にはスイープファンが付いているため天井が他車と異なる

5100系を引き継ぎ、電動車で付随車を挟み込む編成構成となっている。当時の京都線では長編成化が進んでいたため、3300系と比較すると中間車が多めに作られた。

  • 5300形 (Mc) (5300 - 5324、25両)
  • 5400形 (M'c) (5400 - 5424、25両)
  • 5800形 (M') (5800 - 5809、10両)
    • 5400形から運転室を取り除いた構造を持つ中間電動車。5300形とユニットを組む。
  • 5900形 (M) (5900 - 5909、10両)
    • 5300形から運転室を取り除いた構造を持つ中間電動車。5400形とユニットを組む。本系列前期型の中間電動車は各2両のみ。
  • 5850形 (T) (5850 - 5878・5880 - 5884・5890、35両)
付随車。主要な機器は持たない。蓄電池搭載の有無によって番号が区分されており、50・70・90番台が蓄電池搭載車、60・80番台が非搭載車となっており、全車が製造順に番号を割り振られているわけではない。

製造[編集]

トップナンバーは、京都線用車両としては初めて0番となった。冷房装置は8,000kcal/h×4基を搭載する。

← 大阪
京都 →
竣工
Mc 5300 M'c 5400 Mc 5300 M' 5800 T 5850 M 5900 M'c 5400
5300 5410 5310 5800 5860 5900 5400 1972年9月[5]
Mc 5300 M' 5800 T 5850 T 5850 T 5850 M 5900 M'c 5400
5301 5801 5850 5851 5861 5901 5401 1972年9月[5]
Mc 5300 T 5850 T 5850 M'c 5400
5302 5852 5862 5402 1972年12月[5]
5303 5853 5863 5403 1973年3月[5]
Mc 5300 T 5850 T 5850 M'c 5400 Mc 5300 T 5850 T 5850 M'c 5400
5304 5854 5864 5404 5305 5855 5865 5405 1973年10月[3]
5306 5856 5866 5406 5307 5857 5867 5407 1973年8月[3]
5308 5858 5868 5408 5309 5859 5869 5409 1974年4月[3]
5311 5871 5881 5411 5312 5782 5882 5412 1974年5月[3]

1975年の5313F以降は、冷房装置が10,500kcal/h×3基の搭載に変更された。

← 大阪
京都 →
竣工
Mc 5300 T 5850 T 5850 M'c 5400 Mc 5300 T 5850 T 5850 M'c 5400
5313 5873 5883 5413 5314 5874 5884 5414 1975年9月[7]
Mc 5300 T 5850 M'c 5400 Mc 5300 T 5850 M'c 5400
5315 5875 5415 5316 5876 5416 1976年6月[7]
5317 5877 5417 5318 5878 5418 1977年1月[7]

堺筋線の8連化と5300系の直通、および高槻以北への直通運転が具体化するとともに、以降の新造車編成は4M2Tから6M2Tが可能な形態に移行した[7]

← 大阪
京都 →
竣工
Mc 5300 M'c 5400 Mc 5300 M' 5800 T 5850 T 5850 M 5900 M'c 5400
5319 5419 5320 5802 5870 5880 5902 5420 1978年5月[7]
5321 5421 5322 5803 ---- ---- 5903 5422 1978年11月[7]
---- ---- ---- 5804 ---- ---- 5904 ---- 1979年1月[7]
---- ---- ---- 5805 ---- ---- 5905 ---- 1978年12月[7]
---- ---- ---- 5806 ---- ---- 5906 ---- 1979年2月[7]
---- ---- 5323 5807 ---- ---- 5907 5423 1979年10月[7]
---- ---- 5324 5808 ---- ---- 5908 5424 1979年9月[7]
---- ---- ---- 5809 ---- ---- 5909 ---- 1981年5月[7]

1984年には、8両運用の増加のため、最終増備車として5890号の1両が追加製造された。補助送風機(スイープファン)が設置され、空調吹き出し口は同時期に製造の7000系7010Fと同一形状である。冷蔵装置も中央寄りに配置されている。

← 大阪
竣工
T 5850
5890 1984年4月[7]

運用[編集]

堺筋線に乗り入れを開始したのは、1979年3月に「堺筋急行」(2007年に廃止)が設定された時である[1][8]。これは堺筋線でのトンネル内廃熱処理の問題があり、冷房車の運行ができないという規定があったからである[9]。このため、「堺筋急行」は堺筋線内では冷房を切って運転する規定となっていたが、この規定は厳格には適用されず、冷房を切らずにそのまま堺筋線内を走行することがほとんどだった[10]。「堺筋急行」は1979年以来、1989年のダイヤ改正時まで5300系の限定運用であった。1990年代以降は堺筋線に乗り入れる機会も増え、他にも7300系8300系1300系も入線するようになった。

2009年までは特急での運用実績もあったが、2010年3月のダイヤ改正で特急の運用車両が原則としてワンハンドルマスコン車に限定されたために運用から外れている。

2018年時点では7両編成と8両編成が存在し、7両編成は準急以下の種別に、8両編成は快速急行から普通までの各種別で運用されている。8両編成は梅田・天下茶屋方2両と河原町・北千里方6両とに分割することが可能である。2両を切り離した6両編成は行楽期に嵐山線で使用される。6両編成は2001年3月24日ダイヤ改正までは京都本線普通として使用されることもあった。

通常堺筋線に乗り入れない7両編成に関しては車内の列車無線送受信器が阪急線内専用のものに交換されており、そのままでは堺筋線に入線することは不可能である。編成組替で堺筋線乗入れ運用に入る可能性がある場合には、この送受信器も併せて交換される。

主な改造[編集]

更新工事[編集]

方向幕を大型化した車両

1989年から側面方向幕や客室へのローリーファン(扇風機)設置[11]、車内化粧板の張替え(7両編成の一部を除く)といった車体更新工事が全車に施工された。1999年12月に出場した5408・5409では、ユニット運転台の境目が埋め込まれて一体化構造となった[12]

先頭車は更新時に前面窓上にあった標識灯は通過標識灯尾灯とが別々となって窓下に移設され、前面手動式方向幕は電動式に変更され、種別表示器と行先表示器は左右別々に振り分けられたが、中間に組み込まれて運用されている先頭車には改造を見送られて原形のままになっているものもある。更新工事は2001年施工の5304F(8両編成)と5301F(7両編成)をもって完了した[13]。なお、運転台撤去・設置工事を受けた車両は存在しない。

1995年以降に更新を施工した車両は、前面方向幕が大型化された。以下の25両である[7]

  • 5300形: 5301、5304、5305、5308、5309、5311、5313 - 5322
  • 5400形: 5401、5405、5409、5412、5414、5416、5418、5420、5422

8両編成は更新工事と同時に堺筋線用の自動放送装置が設置された(乗り入れ運用のない7両編成は未設置)。

リニューアル[編集]

リニューアル車の車内

2002年から2003年にかけて二度目の更新工事(リニューアル)が行われ、7両編成2本(5300F・5302F)14両で施工された[7]。客用扉窓ガラスが複層ガラス・緑色のUVカットガラスで従来より下に長いものに、日焼け対策で扉・妻部(連結面)化粧板の地色はこげ茶のものに、側面の化粧板も日焼け対策で従来のマホガニーより濃い化粧板に、冷房機が東芝製RPU-4017(冷房機キセがFRP製)またはRPU-4018に交換された。

なお、8両編成及び7両編成の更新車・リニューアル車にはドアチャイムを設置している。また、5300Fと5302Fはリニューアルの際に扉開閉予告灯を設置している。

編成[編集]

cは中間運転台の位置を指す。

2012年[編集]

2012年4月1日現在[14]

備考
Mc M'c Mc M' T T M M'c
5304 5404 c c 5305 5805 5854 5855 5905 5405
5308 5408 c c 5309 5809 5859 5869 5909 5409
5313 5413 c c 5314 5804 5873 5884 5904 5414
5315 5415 c c 5316 5806 5875 5876 5906 5416
5317 5421 c c 5322 5800 5877 5878 5900 5418
5319 5419 c c 5320 5802 5890 5880 5902 5420
5321 5417 c c 5318 5803 5853 5862 5903 5422
← 梅田
河原町・北千里 →
備考
Mc T M'c Mc T T M'c
5300 5850 5410 c c 5310 5870 5860 5400
5311 5871 5411 c c 5312 5872 5882 5412
Mc M' T T T M M'c
5301 5801 5851 5861 5881 5901 5401
5323 5807 5857 5867 5883 5907 5423
5324 5808 5858 5868 5874 5908 5424
Mc T T M'c Mc T M'c
5302 5852 5864 5402 c c 5303 5863 5403
5306 5856 5866 5406 c c 5307 5865 5407

2019年[編集]

2019年4月時点では、8両編成6本48両と7両編成7本49両、休車2両の計99両[15]が在籍する。

備考
Mc M'c Mc M' T T M M'c
5304 5404 c c 5305 5805 5854 5855 5905 5405
5308 5408 c c 5309 5809 5859 5869 5909 5409
5313 5413 c c 5314 5804 5873 5884 5904 5414
5317 5421 c c 5322 5800 5877 5878 5900 5418
5319 5419 c c 5320 5802 5890 5880 5902 5420
5321 5417 c c 5318 5803 5853 5862 5903 5422
← 梅田
河原町・北千里 →
備考
Mc T M'c Mc T T M'c
5300 5850 5410 c c 5310 5870 5860 5400
5311 5871 5411 c c 5312 5872 5882 5412
Mc M' T T T M M'c
5301 5801 5851 5861 5881 5901 5401
5315 5806 5875 5876 5865 5906 5416
5323 5807 5857 5867 5883 5907 5423
5324 5808 5858 5868 5874 5908 5424
Mc T T M'c Mc T M'c
5302 5852 5864 5402 c c 5303 5863 5403
← 梅田
備考
T T
5856 5866 休車

脚注[編集]

[ヘルプ]
  1. ^ a b c d e f 山口益生『阪急電車』182頁。
  2. ^ 看板にL字型金具が付いている。3300系までの京都線車両では逆になっており、車両側にL字型金具が付いていた。
  3. ^ a b c d e f 山口益生『阪急電車』183頁。
  4. ^ 『私鉄の車両5 阪急電鉄』33頁。
  5. ^ a b c d e f 山口益生『阪急電車』181頁。
  6. ^ 山口益生『阪急電車』192頁。
  7. ^ a b c d e f g h i j k l m n o 山口益生『阪急電車』184頁。
  8. ^ 堺筋急行が設定された際、本系列の電光式列車種別表示装置はそれまでの「特急|急行|準急」から「特急|堺筋|急行」に変更された。堺筋急行として運行される際は「堺筋」「急行」を両方点灯させる。
  9. ^ 当時の大阪市営地下鉄では車両の制御装置から排出される熱に加え、冷房装置から排出される熱がトンネル内に溜まるという理由で、冷房車の新規投入は発熱量の少ない電機子チョッパ制御を採用した御堂筋線向けの10系に限られ、むしろ駅とトンネルの冷房化に精力的であった。
  10. ^ 当時大阪市営地下鉄では御堂筋線に冷房付きの10系が既に投入されていたため、「同じ冷房車なのになぜ堺筋線では冷房を付けないのか」という苦情があったことも一因であった。
  11. ^ 5319F2両+5320F6両に組み込まれている5890号は7300系登場後の落成で、スイープファンを設置しているため対象外である。
  12. ^ TOPIC PHOTOS「阪急5408・5409運転台固定化」『鉄道ピクトリアル』2000年4月号、電気車研究会、87頁。
  13. ^ 5301Fについては、1995年から1996年にかけて車内を中心に更新工事を受け、2001年に方向幕取り付けおよび標識灯設置位置変更が実施されている。
  14. ^ 山口益生『阪急電車』238頁。
  15. ^ 阪急電鉄鉄道ファンクラブ会報vol.88による

参考文献[編集]

  • 山口益生『阪急電車』JTBパブリッシング、2012年。ISBN 4533086985
  • 飯島巌『復刻版・私鉄の車両5 阪急電鉄』ネコ・パブリッシング、2002年。ISBN 9784873662886