長崎県立口加高等学校

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長崎県立口加高等学校
KokaPh01.jpg
過去の名称 私立口之津女子手芸学校
口之津村立口之津女子手芸学校
口之津・加津佐両村組合立口加女子手芸学校
口之津・加津佐両村組合立口加実科高等女学校
長崎県口加高等女学校
長崎県立口加高等女学校
国公私立の別 公立学校
設置者 長崎県の旗長崎県
学区 島原学区
全国募集枠(10%)あり
校訓 豊かなる情感
透徹せる知性
強靭なる生命力
設立年月日 1902年(明治35年)11月16日
共学・別学 男女共学
課程 全日制課程
単位制・学年制 学年制
設置学科 普通科
学科内専門コース グローカルコース
生活創造コース
学期 3学期制
高校コード 42126A
所在地 859-2502
長崎県南島原市口之津町甲3272番地

北緯32度36分56.1秒 東経130度10分34.1秒 / 北緯32.615583度 東経130.176139度 / 32.615583; 130.176139座標: 北緯32度36分56.1秒 東経130度10分34.1秒 / 北緯32.615583度 東経130.176139度 / 32.615583; 130.176139
外部リンク 公式サイト
Portal.svg ウィキポータル 教育
Project.svg ウィキプロジェクト 学校
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長崎県立口加高等学校の位置(長崎県内)
長崎県立口加高等学校

長崎県立口加高等学校(ながさきけんりつこうかこうとうがっこう、Nagasaki Prefectural Koka High School)は、長崎県南島原市口之津町甲にある県立高等学校

概要[編集]

歴史
1902年明治35年)創立の「私立口之津女子手芸学校」を前身とする。高等女学校を経て、太平洋戦争後の学制改革により、1948年昭和23年)に男女共学の新制高等学校となった。2012年平成24年)に創立110周年を迎えた。
校名の由来
校名の「口加」は、学校所在地の旧南高来郡之津町と、隣接する津佐町の頭文字を合わせたものである。
所在地
島原半島の最南端、つまり長崎県の最南端[1]にある県立高等学校である。
校訓
「豊かなる情感、透徹せる知性、強靭なる生命力」
設置課程・学科
全日制課程
2年次より、文系コース、理系コース、生活創造コースの3コースに分かれる。
生活創造コースは、2008年(平成20年)3月に閉科した家政科の流れをくむコースで、普通科の中で発達と保育、家庭看護福祉、フードデザイン、ファッションデザインを学び、テーマ研究を行っていく。
  • 普通科グローカルコース(2017年新設)
2年次より、グローカルコース(文系)とグローカルコース(理系)の2コースに分かれる。
校歌
作詞は藤岡恵、作曲は伊藤英一による。歌詞は3番まであり、各番に校名の「口加」が登場する。新制高等学校が発足してから2年後の1950年(昭和25年)に新聞紙上での一般公募を経て決定された。

沿革[編集]

口加高等学校校舎および職員室
  • 1902年(明治35年)11月16日 - 「私立口之津女子手芸学校」として開校。
  • 1918年大正7年)4月1日 - 移管により、「口之津村立口之津女子手芸学校」(公立学校)となる。
  • 1919年(大正8年)7月 - 「口之津・加津佐両村組合立口加[2]女子手芸学校」に改称。
  • 1923年(大正12年)7月 - 「口之津・加津佐両村組合立口加実科高等女学校」となる。寄宿舎を建設。
  • 1927年昭和2年)3月31日 - 「長崎県口加高等女学校」(口之津・加津佐村組合立)に改称(「実科」が除かれる)。
  • 1930年(昭和5年)2月18日 - 長崎県に移管され「長崎県立口加高等女学校」となる。
  • 1945年(昭和20年)
    • 4月1日 - 学校での授業が停止される。
    • 9月 - 終戦により、学校の授業が再開される。
  • 1947年(昭和22年)4月1日 - 学制改革(六・三制の実施)が行われる。
    • 高等女学校の募集が停止される。
    • 新制中学校が併設され(名称: 長崎県立口加高等女学校併設中学校、以下: 併設中学校)、高等女学校1・2年修了者を新制中学校2・3年生として収容。
    • 併設中学校はあくまで経過措置として暫定的に設置されたものであり、新たに生徒募集は行われず、在校生が2・3年生のみの中学校であった。
    • 高等女学校3年修了者はそのまま高等女学校に在籍し、その4年生となった。
  • 1948年(昭和23年)4月1日 - 学制改革(六・三・三制の実施)により、高等女学校は廃止され、新制高等学校の「長崎県立口加高等学校」が発足。
    • 全日制(普通課程・被服課程)および定時制普通課程を設置し、どちらも男女共学とする。
    • 高等女学校4年修了者を新制高校2年生、併設中学校卒業者(3年修了者)を新制高校1年生として収容。
    • 併設中学校は、1946年(昭和21年)に高等女学校へ最後に入学した3年生のみとなる。
  • 1949年(昭和24年)
    • 3月 - 併設中学校を廃止。
    • 5月 - 小浜分校(定時制、小浜町立小浜中学校に併設)と北有馬分校(北有馬村立北有馬中学校に併設)を設立。校章が決定。
  • 1950年(昭和25年)5月 - 南串山分校(南串山村立南串中学校に併設)を設置。校歌を制定。
  • 1951年(昭和26年)4月 - 加津佐分校を設置。
  • 1955年(昭和30年)4月 - 北有馬分校が移管により、長崎県立島原南高等学校有馬分校となる。
  • 1959年(昭和34年) - 定員普通科135名、商業科45名、家庭科(のち家政科)45名の計225名。
  • 1960年(昭和35年)4月 - 小浜分校が長崎県立小浜高等学校として分離・独立。
  • 1964年(昭和39年) - 寄宿舎を解体する。
  • 1967年(昭和42年)3月 - 加津佐分校を廃止。
  • 1975年(昭和50年)3月 - 南串山分校を廃止[3]
  • 1979年(昭和54年)3月 - 商業科を廃止。
  • 2002年(平成14年)11月 - 創立100周年記念式典を挙行。
  • 2005年(平成17年)4月1日 - 家政科の募集停止。
  • 2008年(平成20年)
    • 3月31日 - 家政科を閉科。
    • 4月1日 - 普通科の中に生活創造コースを設置。
  • 2009年(平成21年)12月18日 - 管理・特別教室棟の外壁改修工事を完了。
  • 2017年(平成29年)4月1日 - 普通科グローカル[4]コースを新設[5]
  • 2019年(平成31年)4月1日 - 福祉科(仮称)を新設(予定)[5]

部活動[編集]

出典は「平成26年度 ハイスクールガイダンス」[6]による。

運動部
文化部

著名な出身者[編集]

アクセス[編集]

最寄りのバス停
島鉄バス「口加高前」バス停
最寄りの国道・県道
国道251号
最寄りの鉄道駅(廃止)
島原鉄道島原鉄道線口之津駅白浜海水浴場前駅 - どちらも2008年(平成20年)3月末で廃止された。

周辺[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ かつて長崎半島の南端に長崎県立野母崎高等学校福江島の南端に長崎県立富江高等学校があったが、どちらも閉校している。
  2. ^ 口之津と加津佐共同ということで、校名は両村の頭文字を組み合わせ、口加になった。
  3. ^ その後、南串山分校の校舎は1979年(昭和54年)に長崎県立南串山養護学校(現: 長崎県立島原特別支援学校南串山分教室)の仮校舎として利用された。
  4. ^ グローバルな視野で物事を考える能力を持ち、地域(ローカル)の発展に情熱と愛情を注ぐことのできる人材の育成を目指すコース。「グローバル」と「ローカル」を組み合わせた名称。
  5. ^ a b 長崎県立高等学校教育改革第8次実施計画(2016年(平成28年)9月8日) (PDF) - 長崎県教育委員会
  6. ^ 平成26年度 ハイスクールガイダンス (PDF) (長崎県教育委員会)

関連項目[編集]

外部リンク[編集]