石取祭

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石取祭

石取祭(いしとりまつり、いしどりまつり)は三重県桑名市で行われるで、重要無形民俗文化財に指定並びに、ユネスコ無形文化遺産に登録されている。石採祭と表記されることもある。30数台の祭車が、太鼓を12時に春日神社から一斉に打ち鳴らして練り歩く様から、「日本一やかましい祭」、「天下の奇祭」と呼ばれる。

概要[編集]

桑名宗社(春日神社)の青銅鳥居

毎年8月第一日曜日の前日(土曜日)の午前0時から日曜日深夜まで行われる。参加する町内毎に祭車があり、それが30数台寄り集まってそれぞれにおはやしを打ち鳴らし練り歩く。

土曜日午前0時からを叩き出し、土曜日夜を試楽、日曜日を本楽と呼び、本楽は毎年決められる順序にしたがって桑名宗社(春日神社)前でおはやしを披露する。騒々しい祭であるため、重要な事には厳しいきまりがある。例えば叩き出しは春日神社前でちょうちんが振られた瞬間を開始とするが、一瞬でも先走ると翌年の参加を禁じられる。また、喧嘩なども参加停止となる。

起源は、江戸時代初期に神社の祭場へ町屋川(員弁川)の石を奉納した神事といわれる。当時は三祭礼のひとつであったが、独立・発展し今の形となった。

1981年昭和56年)に三重県指定無形民俗文化財の指定を受けた。2007年平成19年)に「桑名石取祭の祭車行事(くわないしどりまつりのさいしゃぎょうじ)」の名称で、国の重要無形民俗文化財に指定された。2016年(平成28年)10月には、18府県33件の「山・鉾・屋台行事」の中の1件として、ユネスコの無形文化遺産に登録勧告され[1]、同年12月1日に登録された[2]

日程・各種行事[編集]

6月第1日曜

  • 御籤占式(みくじうらないしき)。本楽日の渡祭順を決める際の式典。式典後、抽籤会(くじびき)を行う。

7月中旬(海の日を最終日に6日間)

  • 練習。練習用の祭車で、午後10時まで各町内で叩き方を練習する。また20日は、組町内で引き分れをする町もある。

7月20日

  • 川原祓式(かわらばらいしき)。午前、町屋川原における祭礼の無事を祈願する式典。

8月第1日曜3日前(木曜)

  • 笹取り。夕刻より各町宿に立てる笹を取りに行くこと。取ってきた笹は町内を引き回して宿まで運ばれた。これを笹引きと言い、運送手段の発達により近年は行われなくなった。現在でもこの習慣が残るのは10組のみである。

8月第1日曜2日前(金曜)

  • 夕御饌祭(ゆうみけさい)。午後6時に行われる式典。
  • お勝さん(おかっつぁん)。夕刻、各町少年会、青年会が隊を組み春日神社へ参拝すること。

8月第1日曜前日(土曜)-試楽(しんがく)。

  • 叩き出し(たたきだし)。午前0時。桑名宗社神楽太鼓を合図に各町一斉に鉦鼓を打ち始めること。
  • 朝御饌祭(あさみけさい)。午前10時に行われる式典。
  • 夕御饌祭。午後6時。
試楽日は夕刻より各組町内で祭車の練りを行う。

8月第1日曜-本楽(ほんがく)。全祭車順番に渡祭を行う。

  • 2時の叩き出し。午前2時。
  • 朝御饌祭。午前10時。
  • 送り込み。昼、祭車を渡祭順に所定の位置に引き揃えること。
  • 夕御饌祭。午後6時。
本楽日は夕刻より全祭車順番に春日神社楼門前で鉦鼓を打ち鳴らし参拝する渡祭が行われる。

祭終了後、後日

  • 山車降し(やまおろし)。祭礼終了後、祭礼の総勘定をなし、慰労の宴を張ること。

祭車及び参加町内[編集]

祭車は三輪構造である。近隣地域である三重郡川越町天神地区のもの。

石取祭の祭車は、この地域で独自に発達した山車で、典型的には3輪の御所車形式である[3]。高欄の付いた台の中心に12張の提灯が吊り下がった柱が立てられ、柱の先端に角行灯、さらにその先に3本の御幣が立てられている[3]。柱の代わりに造り物が設置されている祭車もある。祭車の前端には長いが結びつけられ、多数の人が引っ張って進む。祭車の両側には、あわせて4~6個のが吊され、後方には大太鼓が1張設置されている。これらの鉦や太鼓を打ち鳴らしながら練り歩く。

祭車には、高村光雲立川和四郎富重井尻翠雲などの彫刻師が彫刻を施したもの、天幕に豪華な図柄が描かれたもの、漆塗りのもの、百数十年の歴史を持つものがあり、芸術的・歴史的価値の観点から高く評価されている[4]

第一組[編集]

西舩馬町(にしせんばちょう)
花街川口町(はなまちかわぐちちょう)
江戸町(えどまち)
  • 祭車建造 - 1903年(明治36年)
羽衣(はごろも)〔本町、北本町、東舩馬町〕
上本町(かみほんまち)

第二組[編集]

京町(きょうまち)
  • 祭車建造 - 1953年(昭和28年)
宮通(みやどおり)
  • 祭車建造 - 1955年(昭和30年)
片町(かたまち)
  • 祭車建造 - 1987年(昭和62年)

第三組[編集]

宮北(みやきた)〔北魚町、宮町、風呂町〕
  • 祭車建造 - 1900年(明治33年)
三崎通(みさきどおり)
  • 祭車建造 - 1957年(昭和32年)

第四組[編集]

田町(たまち)
  • 祭車建造 - 1887年(明治20年)
職人町(しょくにんまち)
  • 祭車建造 - 1957年(昭和32年)
南魚町(みなみうおまち)
  • 祭車建造 - 1958年(昭和33年)

第五組[編集]

吉津屋町(よつやちょう)
  • 祭車建造 - 1950年(昭和25年)
鍜冶町(かじまち)
  • 祭車建造 - 1950年(昭和25年)
入江葭町(いりえよしまち)
  • 祭車建造 - 1950年(昭和25年)

第六組[編集]

傳馬町(てんまちょう)
  • 祭車建造 - 1950年(昭和25年)
新町(しんまち)
  • 祭車建造 - 1954年(昭和29年)
萱町(かやまち)
  • 祭車建造 - 1961年(昭和36年)

第七組[編集]

宝町(たからまち)〔宝殿町、新宝殿町〕
清水町(しみずちょう)
  • 祭車建造 - 1957年(昭和32年)
春日町(かすがちょう)
  • 祭車建造 - 1958年(昭和33年)

第八組[編集]

太一丸(たいちまる)
  • 祭車建造 - 1897年(明治30年)
現在休台中
今片町(いまかたまち)
  • 祭車建造 - 1935年(昭和10年)
堤原(つつみはら)
  • 祭車建造 - 1954年(昭和29年)
今中町(いまなかまち)
  • 祭車建造 - 1955年(昭和30年)
寺町(てらまち)
  • 祭車建造 - 1956年(昭和31年)
今北町(いまきたまち)
  • 祭車建造 - 1958年(昭和33年)

第九組[編集]

西鍋屋町(にしなべやまち)
  • 祭車建造 - 1949年(昭和24年)
西矢田町(にしやだまち)
  • 祭車建造 - 1950年(昭和25年)
東矢田町(ひがしやだまち)
  • 祭車建造 - 1951年(昭和26年)
掛樋(かけひ)
  • 祭車建造 - 1953年(昭和28年)
福江町(ふくえまち)
  • 祭車建造 - 1953年(昭和28年)
東鍋屋町(ひがしなべやまち)
  • 祭車建造 - 1955年(昭和30年)

第十組[編集]

西馬道(にしうまみち)〔馬道二丁目、馬道三丁目〕
  • 祭車建造 - 1903年(明治36年)
西榮町(にしさかえまち)〔栄町、西川原〕
  • 祭車建造 - 1937年(昭和12年)
上野町(うえのちょう)〔上野一丁目、上野二丁目〕
  • 祭車建造 - 1947年(昭和22年)
馬道(うまみち)〔馬道二丁目、馬道三丁目〕
  • 祭車建造 - 1952年(昭和27年)
新矢田一丁目(しんやだいっちょうめ)
  • 祭車建造 - 1955年(昭和30年)

第十一組[編集]

中央通(ちゅうおうどおり)
  • 祭車建造 - 1956年(昭和31年)
壽町(ことぶきちょう)
  • 祭車建造 - 1959年(昭和34年)
東常盤町(ひがしときわきょう)
  • 祭車建造 - 1972年(昭和47年)

その他[編集]

石取会館(いしどりかいかん)
  • 祭車建造 - 江戸末期
    • 石取祭を紹介する石取会館に展示されている、〔旧 東太一丸(ひがしたいちまる)〕の祭車である。

周辺地域への波及[編集]

祭車が売却・譲渡・貸与されることで、周辺地域でも石取祭が行われるようになった。桑名市内をはじめ、東海3県で地元の祭と結びつき、親しまれている。同地域に存在する祭車の総数は約150台に及んでいる[3]

愛知県[編集]

周辺地域に波及した石取祭一覧(愛知県)
開催地域 開催時期 祭車数(台) 石取祭開始時期 出典 備考
津島市 10月第1日曜日 4 大正4年頃と昭和31年 [5] -
名古屋市西区 5月第4土曜日 3 - [要出典] -
愛西市須依町 10月第2日曜日 1 - [要出典] -
弥富市 - - - [要出典] -
あま市 - - - [要出典] -


岐阜県[編集]

周辺地域に波及した石取祭一覧(岐阜県)
開催地域 開催時期 祭車数(台) 石取祭開始時期 出典 備考
南濃町 - - - [要出典] -
海津市平田町 - - - [要出典] -


三重県[編集]

周辺地域に波及した石取祭一覧(三重県)
開催地域 開催時期 祭車数(台) 石取祭開始時期 出典 備考
木曽岬町 - - - [要出典] -
桑名市長島町長島萱町、長島中町、長島下町(稲荷社境内秋葉社) 7月最終金曜日と土曜日 3 江戸時代末期頃 [6][7][8] 桑名市無形民俗文化財
桑名市赤須賀(赤須賀神明社) 8月旧盆 6 江戸時代 [9][10] 桑名市無形民俗文化財
桑名市多度町多度北地区(内母(ないも)神社) 10月第1金曜日から日曜日 6 明治時代初期 [11][12][13] 桑名市無形民俗文化財
いなべ市 - - - [要出典] -
川越町豊田、天神、豊田一色地区 7月 - - [14] -
四日市市松寺 7月 1 昭和時代 [15] 以前は、上記川越町の豊田地区と同一日に行い、夜には2台が集まって叩き合いをしていた。現在は別開催。
四日市市富田(鳥出神社) - 3 - [16] 四日市市無形民俗文化財
四日市市天ヶ須賀天ヶ須賀住吉神社 - 5 - [要出典] -
四日市市松原聖武天皇社 - 5 大正時代から昭和時代初期 [要出典] -
鈴鹿市神戸(神戸宗社) 7月最終土曜日と日曜日 8 1899年(明治32年) [17][18] -


ギャラリー[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ 「山・鉾・屋台 無形文化遺産 18府県の祭り33件一括 ユネスコ補助機関勧告 県内から3件」北日本新聞 2016年11月1日1面
  2. ^ 「高岡御車山 魚津たてもん 城端曳山 無形文化遺産に登録、山 鉾 屋台 18府県33件一括 ユネスコ委」北日本新聞 2016年12月2日1面
  3. ^ a b c 石取り祭車(桑名市)” (日本語). すばらしきみえ:三重を賑わす山車. 百五銀行 (2005年4月). 2011年5月9日閲覧。
  4. ^ 石取祭” (日本語). 桑名宗社(春日神社). 2011年4月2日閲覧。
  5. ^ 津島市観光協会” (日本語). 津島市観光協会. 2011年10月2日閲覧。
  6. ^ 石取祭(稲荷社境内秋葉社)概要” (日本語). 桑名市観光ガイド. 桑名市役所. 2011年5月9日閲覧。
  7. ^ 城下町長島の歴史を訪ねて (PDF)” (日本語). 三重県の散策・吟行等ルート. 三重県. 2011年5月26日閲覧。
  8. ^ 三町石取祭行事” (日本語). 桑名市埋蔵文化財整理所 桑名市の指定文化財. 桑名市教育委員会. 2011年5月26日閲覧。
  9. ^ 石取祭(赤須賀神明社)概要” (日本語). 桑名市観光ガイド. 桑名市役所. 2011年5月9日閲覧。
  10. ^ 赤須賀神明社石取祭” (日本語). 桑名市埋蔵文化財整理所 桑名市の指定文化財. 桑名市教育委員会. 2011年6月9日閲覧。
  11. ^ 石取祭(内母神社)概要” (日本語). 桑名市観光ガイド. 桑名市役所. 2011年5月9日閲覧。
  12. ^ むかしの港町香取を訪ねる (PDF)” (日本語). 三重県の散策・吟行等ルート. 三重県. 2011年6月10日閲覧。
  13. ^ 桑名市無形民俗文化財:「内母神社の石取祭」を指定--市教委 /三重” (日本語). 毎日新聞 (2011年4月30日). 2011年5月26日時点のオリジナルよりアーカイブ。2011年5月26日閲覧。
  14. ^ お祭り・地場産品” (日本語). 川越町. 2011年5月21日閲覧。
  15. ^ 四日市市文化振興実施計画 平成20年2月版” (日本語). 四日市市. p. 6. 2016年11月13日閲覧。
  16. ^ 富田の石取祭(北村石取祭・茂福石取祭・富田西町石取祭)” (日本語). 四日市市. 2011年6月26日閲覧。
  17. ^ 常盤町” (日本語). 神戸石取祭公式ホームページ. 神戸石取祭. 2011年6月13日閲覧。
  18. ^ 神戸石取祭(神戸宗社)” (日本語). かんこうみえ. 三重県観光連盟. 2011年6月13日閲覧。

関連項目[編集]

参考文献[編集]

  • 『平成28年度 くわな石取祭公式ガイドブック』(桑名石取祭保存会)2016年(平成28年)発行

外部リンク[編集]