新庄まつり

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新庄まつり
新庄まつり
イベントの種類 山車祭り
正式名称 新庄まつり
旧イベント名 城内天満宮祭典
開催時期 毎年:8月24日・25日・26日
初回開催 1756年
会場 山形県新庄市内全域
主催 新庄まつり実行委員会
新庄駅前ふれあい広場への交通アクセス
最寄駅 新庄駅
公式サイト
備考
交通規制あり、有料観覧席あり

新庄まつり(しんじょうまつり)は山形県新庄市で開催されるである。

歴史[編集]

この節には、JIS X 0213:2004 で規定されている文字(「戸沢正諶」の4文字目)が含まれています(詳細)。

1756年宝暦6年)から始まると伝えられている[1]。この前年、いわゆる「宝暦の大飢饉」により、新庄藩は未曾有(みぞう)の大飢饉(だいききん)に見舞われ、領内では多数の餓死者がでた。新庄藩5代藩主の戸沢正諶(まさのぶ)は、領民に活気と希望を持たせると共に、豊作祈願をするため、新庄城(現在の最上公園)内に現存する天満宮(戸沢氏の氏神)の祭典を行った。これが新庄まつりの起源と考えられている。記録にはじめて山車が登場したのが1776年であり、[要出典]現在の山車の原型といえる飾り物・花笠鉾などの行列が当時から存在していると考えられ、祇園祭の影響が見られると言う。

新庄まつりは年を経るごとに大掛かりになり、1962年(昭和37年)には灯籠(灯篭)によるライトアップがされるようになる。[要出典]その後も、灯籠に代わって山車に発電機を仕込んで電飾によるライトアップが行われるようになり、ますます山車が色鮮やかに飾り付けられるようになった。

市内の道路舗装される前はデコボコの道路を砂塵を巻き上げながら山車が運行され、まるで人形が生きているように見えたと言う。また、市内に電線が張り巡らされる前は、より大きな山車を作ることに血道をあげていたが、電線が張り巡らされたり、道路の舗装により、電線の高さや道路の幅に合わせた大きさの山車に統一されるようになった。

観光客も多くなり、それにしたがって有料観覧席が設けられるなどし、2006年には、250周年記念として27日も山車の運行を行った。

2009年3月11日、「新庄まつりの山車行事」として重要無形民俗文化財に指定された。

2016年11月30日、「山・鉾・屋台行事」のひとつとしてユネスコ無形文化遺産に登録された。

概要[編集]

  • 期間:8月24日〜26日
  • 会場:新庄市内
  • 内容:宵まつり・本まつり・後まつりが、8月24日から3日間の日程で行われる。

「東北三大山車祭」の一つであり、[要出典]東北の夏祭りのフィナーレを飾る祭りでもある。近年は、50万人を越える人出があり、山形新幹線の開通で遠方からの観光客が増えている。

山車を町衆が作り、囃子を近隣の在郷衆(ざいごしゅう、農村部の住民)が行い、それぞれを「若連」「囃子若連」と称する。山車は、歌舞伎御伽話を再現したものであり、囃子は、「寄せ笛」「宿渡り(すくわたり)」「羯鼓(かっこ)」「二上がり」の4曲目。一般的に演奏されるのは「宿渡り(すくわたり)」と「羯鼓(かっこ)」である。

宿渡りは穏やかで哀愁が帯びていて、羯鼓は荒々しく勇壮である。

山車[編集]

地元の人は「やたい」と呼ぶ。 進行方向左側が豪華絢爛に飾り付けられる。山・桜・牡丹・波を乗せるというルール以外は、自由で、ハリボテ、ねぶたを思わせる巨大灯篭、フラッシュ光など若連によって、様々な趣向を凝らす。

以前はドライアイスを使った煙、中に人が入って傘回しならぬ蓋回し(分福茶釜)をするなどあったが、今は規定により禁止されている。

進行方向右側は、左側の見栄えを良くするためにが配される場合が多く、滝や絵があり、そこに桜や牡丹の花や水しぶきを表すグラスファイバーを配す町内もある。

山車を動かすために、前面に梶棒があり、その梶棒に2本の曳き綱が結び付けられている。当日は、小学生の曳き手が山車を曳く主力となる。足回りはタイヤである。

山車運行の際は、電線にや脇木に山車が引っかからないように、常に左右に4mほどの棒を持った人(「電線上げ」)を配置する。高さが低いアンダーパスを通すために、人形やハリボテを外せる細工を行っている若連もある。

囃子[編集]

基本構成としては、、鉦(かね)、大太鼓と小太鼓と三味線がある。山車の後部に腕木を通して、そこに大太鼓と小太鼓を結わえ付け、太鼓役は見事な手さばきで大太鼓と小太鼓を交互に叩く。その後方に笛役と鉦役が続く。

新庄市の郊外では、6月頃から夜になるとどこからともなく囃子の練習をする音が響いてくる。

8月中盤には、囃子若連が契約した町内中に囃して歩く、「中帳場」が、ほとんどの町内で行われる。

各集落によって節回しに独自の音色があり、囃子若連ごとの聞き比べも祭りの一つの楽しみである。楽譜のようなものはなく、各町内で代々耳によって伝えられている。

若連・囃子の構成[編集]

(各町内で契約が行われ、暗黙のルールによって毎年同じ町内が組む。それで初めてこれが成立する)

  • 沖の町若連 ─ 山屋囃子若連
  • 落合町若連 ─ 萩野囃子若連
  • 万場町若連(2010年に上万場町若連と横町・下万場町若連が合併し改称) ─ 小月野囃子若連
  • 上茶屋町若連 ─ 松本囃子若連
  • 上金澤町若連 ─ 仁間囃子若連
  • 川西町若連 ─ 小泉囃子若連
  • 北本町若連 ─ 山屋囃子若連
  • 北町若連 ─ 囃子萩野若連
  • 清水川町若連 ─ 福宮囃子若連
  • 下金澤町若連 ─ 鳥越囃子若連
  • 新松本町若連 ─ 泉田囃子若連
  • 末広町若連 ─ 角沢囃子若連
  • 千門町若連 ─ 本合海囃子若連
  • 大正町若連 ─ 休場囃子若連
  • 鉄砲町若連 ─ 福田囃子若連
  • 常仲町若連(常盤町・仲山町) ─ 升形囃子若連
  • 馬喰町若連 ─ 飛田囃子若連
  • 東本町若連 ─ 升形囃子若連
  • 南本町若連 ─ 関屋囃子若連
  • 若葉町若連 ─ 飛田囃子若連

連盟と市

新庄まつりには、新庄まつり実行委員会、山車連盟、囃子連盟が存在し、山車運行に関しては、警察や市が規定をしたりするのだが、情報のやり取りでの不都合などがあり、各組織ではいろいろとくすぶっているのが現状である。

日程[編集]

宵まつり[編集]

  • 日時:8月24日
  • 会場:最上公園、新庄市街、新庄駅前ふれあい広場(愛称「アビエス」、以下「アビエス」という。)

8時30分に、最上公園で新庄囃子が奉納され、戸沢神社の例大祭が行われる。市内全域で祭りの準備が始まり、出店の受付と設置が始まる。浮き立つ雰囲気の中、アビエスでは、囃子若連による新庄囃子合同演奏会が開催される。

正午を期して若連・囃子若連が各町内の山車小屋に集合し、景気付けに囃子を打ち鳴らして気勢を上げてから出発。町内を一周して山車の披露を行ってから市内を練り歩き、夕方4時頃までに宵まつり山車運行の出発地点に集合(市南部の若連は北町、市北部の若連は金沢が出発地点になる)。夕食と休息をとってから、午後6時30分に、電飾を点灯し、ライトアップされた山車が隊列を組んで南北方向から新庄駅に向かって運行を開始。市内の交通規制も始まる。

午後7時頃に、南本町交差点にて両方向の先頭の山車が落ち合う。そして、南北の山車が互い違いに合流して駅前通を運行し、アビエスを一周、ここで解散して午後9時頃までには各山車小屋に戻り、若連が明日に向け景気付けをする。

その後は出店に大勢の人が繰り出し、午後11時の交通規制解除まで街全体が騒がしくなる。市内の写真店では、早くも宵まつりで撮影された全若連の山車写真セットが山積みされ、販売が開始される。

本まつり[編集]

  • 日時:8月25日
  • 会場:最上公園、新庄市街、アビエス

午前7時より、最上公園の天満神社で新庄まつりの元となった例大祭が執り行われる。それに合わせ、全若連の山車がおのおの山車小屋を出発し、最上公園前に集合、市内の交通規制も始まる。

午前9時に、天満神社、戸沢神社の氏子からなる「神輿渡御行列」が最上公園を出発。神輿渡御行列を先頭に、その後を山車が続く形で、新庄駅前を目指す。そのまま一列縦隊で、アビエス〜末広町〜金沢(昼食休憩)〜本町と練り歩き、午後3時30分頃に北町交差点で解散となる。沿道の一部の企業等では、菰樽に並々と冷えた水を入れて、柄杓や紙コップで曳き手や若連に与える。 解散後は、めいめいが市内を練り歩き、夕方6時頃に各町内に戻り、気勢を上げて解散。これで山車運行は終了となるため、まつりの盛り上がりのピークは過ぎる。ただし、その後も山車は鮮やかにライトアップされ、若連が余韻に浸る。

その後は、交通規制が解除される午後10時頃まで出店が賑やかになる。

後まつり[編集]

  • 日時:8月26日
  • 会場:南本町交差点を中心とする商店街、最上公園

最上公園の護国神社で、市内の仁田山・萩野集落に伝わる鹿子踊が披露される。山車は飾り山車として展示され、各囃子若連によって囃子も演奏される。若連にとっては、この日は年間展示山車選考会の結果が披露される大切な日であり、1日中落ち着かない。3台の山車が表彰の対象になり、表彰されたうちの2台が新庄ふるさと歴史センターに、1台が最上広域交流センター(ゆめりあ)新庄駅改札前コンコースに一年間展示される。

8月27日[編集]

小中学校では学校が始まり、普段の何倍にも膨れ上がったゴミを運び出す清掃車や仮設電線を撤去する業者が、慌しく動き回る以外は、街は何事もなかったようになる。その一方、各若連では山車の取り壊し作業が始まる。入選した若連は、展示場所まで山車を移動させ、前年展示された山車は、早々に元の山車小屋に戻される。連続入選できなかった若連では2台分の取り壊しをすることになる。

その他[編集]

  • 祭り期間中は、市中心部は交通規制が敷かれてほぼ通行禁止となる。山交バスの運行系統も変更になり、乗り場も新庄駅東口や山交バス新庄営業所に変更される[2]
  • 山車の制作費は、毎年数百万円にもなり、その費用捻出が悩みの種になる。
  • 祭り期間中、各若連では「花もらい」と言って、市内の家庭を回り、寄付金を募る行為が昔からの慣習として行われている。当然のことながら、寄付は善意に基づくもので強制ではないのだが、この慣習を知らない市外出身者は突然の「花もらい」の訪問に面食らうようで、一部には「花もらい」を家宅不法侵入などと勘違いし、新聞に投書する人もいる。「花もらい」は、目安として200円〜1,000円程度をポチ袋に入れて寄付し、お礼に山車の由来などが書かれたチラシを貰う形になる。古老の話によれば、昔は山車が通った時に「立派な山車をつくって御苦労さま」の意味でご祝儀を渡したのだという。現在は山車の通らないところや小路の隅々まで花もらいに行くことから、これもトラブルのもととなっていると言えよう。
  • 祭り一週間後の週末に、山形放送山形テレビがそれぞれ祭りの番組を放送する。一つの祭りを2つの放送局が別の番組を作って放送するのは、山形県では珍しい。傾向として、山形放送は宵まつりの山車夜間運行を、山形テレビは本まつりの山車運行を中心に放送する。
  • 近年は、派遣事業として県内外の祭りで運行を行うなど、新庄市以外でも山車巡行を行う機会が増えている。

脚注[編集]

  1. ^ 「城内天満宮願文札」「豊年瑞相談」
  2. ^ 山交バス. “新庄まつり(8月24日・25日・26日)に伴う迂回運行のお知らせ (PDF)”. 2017年8月28日閲覧。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]