コンテンツにスキップ

知念慶

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
知念 慶
名前
愛称 チネン
カタカナ チネン ケイ
ラテン文字 CHINEN Kei
基本情報
国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1995-03-17) 1995年3月17日(29歳)
出身地 沖縄県島尻郡南風原町
身長 177cm
体重 73kg
選手情報
在籍チーム 日本の旗 鹿島アントラーズ
ポジション FW / MF
背番号 13
利き足 右足
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
2017-2022 川崎フロンターレ 101 (21)
2020 大分トリニータloan 29 (3)
2023- 鹿島アントラーズ 21 (5)
1. 国内リーグ戦に限る。2024年2月19日現在。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

知念 慶(ちねん けい、1995年3月17日 - )は、沖縄県島尻郡南風原町出身のプロサッカー選手Jリーグ鹿島アントラーズ所属。ポジションはフォワードミッドフィールダー

経歴[編集]

プロ入り前[編集]

小学校1年生の時に兄が地元の少年サッカークラブに入団した事をきっかけに、自身も入団しサッカーを始める[1]。当時のポジションはDFであった。その後中学を経て知念高校に進学。高校3年次には関東の強豪大学の練習に参加をするが、「規律や厳しさに自分は順応できないだろう」という判断から進学は見送った。インハイ後には受験勉強の為一旦サッカー部を引退したが、1ヶ月程で復帰した[1]

高校卒業後沖縄を離れ、愛知学院大学に進学。入学後に同校サッカー部監督・境田雅章に「サッカー部に入りたい」と直訴し、身体能力テストと練習参加を経て正式に入部した。最初はBチームからのスタートであったが、試合で結果を残し1年次の12月にAチームに合流を果たす。2年次には東海学生サッカーリーグ戦で得点王になる活躍を見せるなど、以後はコンスタントに成績を残し、ベストイレブンや大学選抜にも選出された[1]

川崎フロンターレ[編集]

2017年、川崎フロンターレに加入[2]。4月1日、J1第5節のベガルタ仙台戦でプロデビューを果たした[3]。10月4日、ルヴァンカップ準決勝のベガルタ仙台戦にてプロ初ゴールを決めた。10月25日、天皇杯準々決勝の柏レイソル戦で公式戦初先発を果たし、10月29日、J1第31節の柏レイソル戦ではリーグ初得点を決めた[4]

2018年、開幕戦のジュビロ磐田戦では1トップとして先発出場[5]。同年は出場機会を大きく増やし、自己最多のリーグ戦27試合に出場した。

2019年、第3節よりスタメンの座を掴むとJ1第5節の松本山雅FC[6] から第8節の湘南ベルマーレ戦にかけて4試合連続ゴールを記録[7]ルヴァンカップ・準々決勝1stレグの名古屋グランパス戦ではVAR導入後第1号となるゴールを決めた[8]

大分トリニータ[編集]

2020年、大分トリニータに期限付き移籍[9]。プロ入り後最多のリーグ戦29試合に出場したが、監督・片野坂知宏の戦術への適応に時間を要し、3得点にとどまった[10]

川崎フロンターレ復帰[編集]

2021年、川崎に復帰[11]。9月26日、第30節の湘南ベルマーレ戦では決勝点を決めて、チームの首位キープに貢献した[12]

鹿島アントラーズ[編集]

2022年11月26日、鹿島アントラーズへ完全移籍で加入することが発表された[13]

エピソード[編集]

  • 2018年にサポーターから知念の個人チャントが披露された(原曲・炎のファイター)。このメロディはかつて川崎に在籍した同郷の我那覇和樹のチャントとして使用されていたもの[14]
  • 父と母は「よろこびがあるように」という願いを込めて、命名した[15]
  • 子供の頃から海が好きで、シュノーケリングや釣りをしていた。
  • 南風原町立南風原文化センターには同町の歴史の展示と共にサイン入りのスパイクが置いてある。

プレースタイル[編集]

主にFW(センターフォワード、ウィング)として起用される。 身体能力が高く、無理が利くストライカーである。前線から守備をこなす献身性だけでなく、ポストプレーやシュート、ヘディング、どれも高いレベルで備える万能型である。フィジカルが強く、パンチ力のあるシュートができ、ミドルシュートでゴールを陥れることができる。 しかし、鹿島アントラーズのランコ・ポポヴィッチ監督により2024年シーズンからボランチにコンバートされた。 柴崎岳の離脱期間もあり、佐野海舟とコンビを組んでスタメンに定着。FW時代の屈強なフィジカルと空中戦の強さを生かし、ずば抜けたデュエル勝利数(68回。2024年5月30日時点)でJ1のデュエル王となっている。

所属クラブ[編集]

個人成績[編集]

国内大会個人成績
年度クラブ背番号リーグ リーグ戦 リーグ杯オープン杯 期間通算
出場得点 出場得点出場得点 出場得点
日本 リーグ戦 リーグ杯天皇杯 期間通算
2017 川崎 20 J1 4 1 2 1 3 0 9 2
2018 27 4 2 1 4 3 33 8
2019 21 5 1 1 3 0 25 6
2020 大分 9 29 3 1 0 - 30 3
2021 川崎 20 22 4 1 0 3 0 26 4
2022 27 7 0 0 1 1 28 8
2023 鹿島 13 21 5 4 0 0 0 25 5
2024
通算 日本 J1 151 29 11 3 14 4 176 36
総通算 151 29 11 3 14 4 176 36

その他の公式戦

  • 2018年
  • 2019年
    • FUJI XEROX SUPER CUP 1試合0得点
  • 2022年
    • FUJIFILM SUPER CUP 1試合0得点
国際大会個人成績
年度 クラブ 背番号 出場 得点
AFCACL
2017 川崎 20 0 0
2018 5 2
2019 4 1
2021 4 4
2022 6 3
通算 AFC 19 10

タイトル[編集]

クラブ[編集]

川崎フロンターレ

選抜歴[編集]

脚注[編集]

出典[編集]

  1. ^ a b c ピックアッププレイヤー 2017-vol.03 / 知念 慶選手”. 川崎フロンターレ (2017年). 2020年2月11日時点のオリジナルよりアーカイブ。2020年2月11日閲覧。
  2. ^ 知念慶選手加入内定のお知らせ 川崎フロンターレ(2016年10月14日)
  3. ^ 川崎F新人FW知念デビュー 本人不完全燃焼も憲剛は高評価「がなぴーに似ている」 スポニチアックス(2017年4月1日)
  4. ^ “【川崎】柏と引き分け、勝ち点差は4に”. スポーツ報知. (2017年10月29日). オリジナルの2018年2月26日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20180226214716/http://www.hochi.co.jp/soccer/national/20171029-OHT1T50154.html 2023年11月24日閲覧。 
  5. ^ 憲剛2年連続開幕弾で初“BKB”!!川崎F、公式戦初勝利で連覇へ白星発進 ゲキサカ(2018年2月25日)
  6. ^ 川崎F知念初2戦連も実らず「もう1本決めてれば」 日刊スポーツ(2019年4月5日)
  7. ^ 4試合連続ゴールの川崎F知念慶「メンタルのブレはあまりない」”. ゲキサカ. 講談社 (2019年4月19日). 2020年2月25日閲覧。
  8. ^ 川崎F知念VAR第1号「めっちゃ温度差があった」 日刊スポーツ(2019年9月4日)2019年9月5日閲覧。
  9. ^ 知念慶選手 川崎フロンターレより期限付き移籍加入のお知らせ』(プレスリリース)大分トリニータ、2019年12月21日https://www.oita-trinita.co.jp/news/20191255813/2019年12月21日閲覧 
  10. ^ 【川崎F】日本最高峰のチームに帰還した知念慶が感じる『幸福と危機感』”. サッカーダイジェストWeb (2021年1月29日). 2021年3月4日閲覧。
  11. ^ 知念慶選手復帰のお知らせ』(プレスリリース)川崎フロンターレ、2021年1月4日https://www.frontale.co.jp/info/2021/0104_2.html2021年1月4日閲覧 
  12. ^ 「交代枠ないからやるしかねえ」足をつっていた川崎F知念慶、90+4分に魂の劇的決勝ゴールゲキサカ(2021年9月26日)2021年9月28日閲覧。
  13. ^ 知念 慶選手 完全移籍加入のお知らせ』(プレスリリース)鹿島アントラーズ、2022年11月26日。オリジナルの2022年11月26日時点におけるアーカイブhttps://web.archive.org/web/20221126060016/https://www.antlers.co.jp/news/release/904972022年11月26日閲覧 
  14. ^ 【ライターコラムfrom川崎】沖縄のヒーロー・我那覇和樹のチャントを引き継いだ“万能型ストライカー”知念慶”. SOCCER KING (2018年3月19日). 2019年12月21日閲覧。
  15. ^ 川崎フロンターレ オフィシャルWEBサイト”. 川崎フロンターレ オフィシャルWEBサイト. 2023年5月15日閲覧。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]