目黒 (目黒区)

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目黒(めぐろ)は、東京都目黒区町名。現行行政地名は目黒一丁目から目黒四丁目。2017年4月1日現在の人口は13,116人[1]郵便番号は153-0063。

地理[編集]

目黒区内の町丁としての目黒は、区をほぼ東西に横断する目黒通りの北側沿いに、東端は品川区上大崎に接する目黒一丁目より、西方向には目黒川を横切り更に山手通りを横切って、西端は中町に接する目黒四丁目まで、1km 強に亘って帯状に続く地域である。北で三田、東で品川区上大崎、南で下目黒、西で中町、北西で中目黒と隣接する。

目黒川が北西から南東に向かって流れており、川をはさんで23区内としては深い谷が刻まれている。

また、JR目黒駅を根拠とした汎称地名としても使われ、JR目黒駅が品川区上大崎にあるため、この一帯も含めて目黒地域と称することもある。

地価[編集]

住宅地の地価は、2014年平成26年)1月1日公示地価によれば、目黒2-1-18の地点で80万円/m2となっている[2]

歴史[編集]

江戸の守護のために安置された江戸五色不動の一つ、目黒不動(泰叡山瀧泉寺、目黒区下目黒)は慈覚大師円仁の創建と伝える古刹である。目黒不動は五色不動の中で最も著名であり、21世紀でも庶民の信仰を集めている。

1745年(延享二年)当時は、江戸町奉行が管轄する町屋の南西の端に位置していた。拡大する江戸の範囲を絵図に引いた朱色の線(朱引)の内側であると1818年(文政元年)に定めたとき、目黒は朱引の外側にあった。ただし、町奉行の支配地域である黒線(墨引)の内側には入っていた。本来であれば江戸の領域外となるはずだったが、目黒不動尊のために唯一の例外として御府内とされた。江戸末期に至るまで武家地としてはもとより町人町としてもほとんど機能しておらず、目黒不動尊の寺町として栄えていた。筍の名産地だった。

地名の由来[編集]

旧・荏原郡中目黒村と下目黒村にまたがる地域である。そのため中目黒や下目黒とするわけにもいかず、結局は目黒駅に近いことから目黒と名づけられた。中目黒村、下目黒村や目黒町の中心地域ではなかった。目黒区役所上目黒にある。

人口[編集]

2017年4月1日現在

  • 目黒一丁目 2,298世帯 3,854人
  • 目黒二丁目 1,547世帯 2,598人
  • 目黒三丁目 1,618世帯 3,063人
  • 目黒四丁目 1,777世帯 3,601人

合計 7,240世帯 13,116人[1]

交通[編集]

当地内に鉄道は通っていないが、東急目黒線都営三田線東京メトロ南北線山手線の目黒駅が地域東側の上大崎にあり、付近の公共交通の中心となっている。駅前の商店街で毎年9月に行われる目黒のさんま祭りは東京の初の風物詩となっている。1996年(平成8年)に始まり、2015年(平成27年)では20回目を迎えることになる。

施設[編集]

関連項目[編集]

脚注[編集]

外部リンク[編集]