白鯨

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白鯨
Moby-Dick; or, The Whale
初版の表紙
初版の表紙
著者 ハーマン・メルヴィル
イラスト ロックウェル・ケント
発行日 18 10月 1851
発行元 Richard Bentley
ジャンル 冒険小説海洋小説
アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
言語 英語
ページ数 822ページ
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白鯨』(はくげい、: Moby-Dick; or, The Whale)は、アメリカ小説家ハーマン・メルヴィル長編小説

本作は実際に捕鯨船に乗船して捕鯨に従事したメルヴィルの体験をもとに創作され、1851年に発表された。アメリカ文学を代表する名作、世界の十大小説の一つとも称される。たびたび映画化されている。原題は初版(1851年)の英国版が"The Whale"、米国版が"Moby-Dick; or, The Whale"であるが、その後"Moby-Dick; or The White Whale"とする普及版が多く刊行されており、日本では『白鯨』の題が定着している[1]

概要[編集]

本作品は、沈没した悲運の捕鯨船でただ一人だけ生き残った乗組員が書き残した、白いマッコウクジラ「モビィ・ディック」を巡る、数奇な体験手記の形式をとる。

旧約聖書の引用[2]など象徴性に富んでいるが、語り口は饒舌で、脱線が多い。作品の大半は、筋を追うことよりも、に関する科学的な叙述や、当時の捕鯨技術の描写に費やされている(当時の捕鯨に関する資料となっている)[3][4]

あらすじ[編集]

白鯨のイラスト

アメリカの捕鯨船団が世界の海洋に進出し、さかんに捕鯨を行っていた19世紀後半、当時の大捕鯨基地・アメリカ東部のナンタケットにやってきた語り手のイシュメイルは、港の木賃宿で同宿した、南太平洋出身の巨漢の打ち・クイークェグと出会い、ともに捕鯨船ピークォド号に乗り込んだ。出航のあと甲板に現れた船長のエイハブは、かつてモビィ・ディックと渾名される白いマッコウクジラに片足を食いちぎられ、鯨骨製の義足を装着していた。片足を奪った「白鯨」に対するエイハブ船長の復讐心は、モビィ・ディックを悪魔の化身とみなし、報復に執念を燃やす狂気と化していた。エイハブ船長を諌める冷静な一等航海士スターバック、常にパイプを離さない陽気な二等航海士のスタッブ、高級船員の末席でまじめな三等航海士フラスク、銛打ちの黒人ダグーやクイークェグ、インディアンのタシテゴなど、多様な人種の乗組員にエイハブの狂気が伝染し、白鯨に報復を誓う。

数年にわたる捜索の末、ピークォド号は日本の沖の太平洋でモビィ・ディックを発見・追跡する。白鯨と死闘の末にエイハブは白鯨に海底に引きずり込まれ、損傷したピークォド号も沈没する。イシュメイルのみが生き残り、棺桶を改造した救命ブイにすがって漂流の末、他の捕鯨船に救い上げられる。

映像化作品[編集]

海の野獣 The Sea Beast1926年
ミラード・ウエッブ(英語版)監督、ジョン・バリモア主演。サイレント映画。ただし、原作が余りに暗く難解なため、大幅にアレンジされた。足を失う前のエイハブの姿が描かれ、エイハブが愛するエスターという美女や彼の舎弟デレックなど原作に存在しない人物が登場する。更にラストはエイハブが白鯨を倒し、エスターと結ばれるハッピーエンドとなっている。
海の巨人 Moby Dick1930年
トーキー。こちらも原作をアレンジしていたと言われている。
白鯨 Moby Dick1956年
ジョン・ヒューストン監督、グレゴリー・ペック主演による3度目の映画化。『白鯨』という邦題が初めて映画にも使われた。原作に忠実に作られたが、前2作に比べて興行的に大失敗となった。暗く難解な原作を再現したため、観客が作品のストーリーや雰囲気に付いて行けなかったのが敗因と言われる。しかしその後、『ジョーズ』などの海洋パニック映画の原点として再評価された。権利関連は主演のペックが所有していた。『ジョーズ』の脚本には「鮫狩りのクイントが映画館で『白鯨』を観て、それを嘲笑う」というエピソードがあり、権利を所有するペックに許可を求めたところ、「『白鯨』を嘲笑うことではなく、単に『白鯨』が気に入っていないから、今更世間に著されるのは嫌だ」として断ったとスピルバーグは語っていることから、作品の出来に満足していなかったことが伺える[5]
モビー・ディック Moby Dick1998年
フランク・ロッダム(英語版)監督のTVシリーズ。
バトルフィールド・アビス2010年
トゥリー・ストークス(英語版)監督のアメリカの映画作品
白鯨との闘い2015年
ロン・ハワード監督のアメリカの映画作品。厳密には小説作品としての『白鯨』の映画化ではなく、『白鯨』の物語のモデルとなった1820年の捕鯨船エセックス号で起こった襲撃事件(マッコウクジラによって船首に穴を開けられ沈没する)を映画化した作品である。

その後も『新スタートレック』のジャン=リュック・ピカード艦長役で有名となったパトリック・スチュワートの主演によるテレビドラマも作られている。トムとジェリーにも「白いくじら」(Dicky Moe、1962年7月1日)がある。

備考[編集]

  • 本作には聖書のエピソードが数々登場し、エイハブ (Ahab) とイシュメエル (Ishmael) の名も旧約聖書の登場人物、イスラエルアハブ、そして、アブラハムの庶子イシュマエルに因む。
  • コーヒーチェーン店「スターバックス」の名前は、本作の一等航海士スターバックに由来する[6]。スターバックは当時のナンタケット島でよく見られた姓で、鯨取りのスターバックは言うなればパン屋のベーカー氏、といったニュアンスである。なお、作品中にコーヒーという単語が出てくるのはただ一箇所で、油を使い果たしてしまった捕鯨船が無心にきた缶を誤認する箇所である。スターバックとコーヒーの関連はない。
  • 本作中、船が目指す場所として「Japanese sea」「coast of Japan」という表記が使われるが、これは日本近海という意味ではなく太平洋でマッコウクジラが多く生息するハワイ小笠原諸島釧路を結んだ三角形の海域「ジャパン・グラウンド(Japan grounds)」を指す当時の捕鯨関係者による呼称である[7]条約港を参照)。
  • 補給の問題に関連して日本の鎖国について言及されている。
  • 2011年、ピークォド号のモデルとなった19世紀の捕鯨船ツー・ブラザーズ号が発見され、調査が開始された[8]

書誌情報[編集]

原書[編集]

  • Melville, H. The Whale. London: Richard Bentley, 1851 3 vols. (viii, 312; iv, 303; iv, 328 pp.) Published October 18, 1851.
  • Melville, H., Moby-Dick; or, The Whale. New York: Harper and Brothers, 1851. xxiii, 635 pages. Published probably on November 14, 1851.
  • Melville, H. Moby-Dick, or The Whale. Northwestern-Newberry Edition of the Writings of Herman Melville 6. Evanston, Ill.: Northwestern U. Press, 1988. A scholarly edition with full textual apparatus. This text has been reprinted in other editions.
  • Melville, H. Moby-Dick, or The Whale Arion Press, San Francisco, 1979, illustrated with 100 wood engravings by Barry Moser. Edition of 265, of which 250 were for sale. One of the most noted fine book editions of 20th century America, recognized by the Grolier Club as one of the 100 most beautiful books of the century.[9]
  • Melville, H., Moby Dick; or The Whale. Berkeley, Los Angeles, and London, 1981. A reduced version of the Arion Press Edition with 100 illustrations by Barry Moser.
  • Melville, H., Moby-Dick The Folio Society 2009. A Limited Edition with 281 illustrations by Rockwell Kent.

日本語訳[編集]

日本語版の完訳初版は阿部知二訳で、1941年昭和16年)に第一部が、1949年(昭和24年)に再刊と続編が訳され、のち岩波文庫旧版や各社の世界文学全集に入った。しかし現代語とは程遠い表現も多く難解であり、この時期に富田彬訳、宮西豊逸訳、田中西二郎訳が出された。現在は文庫で新訳も出ており、岩波文庫で八木敏雄訳、講談社文芸文庫千石英世訳がある。

注・出典[編集]

  1. ^ 田中訳、新潮文庫版解説。
  2. ^ イシュメイルエイハブという人名は、聖書から取られている。こうした引用が多いことが、日本で名前が知られているほど理解されていない理由の一つである。日本で影響を受けて書かれた作品に宇能鴻一郎の『鯨神』があり、共通点、相違点については、渡辺利雄『アメリカ文学に触発された日本の小説』(研究社2014年)pp.55-77。
  3. ^ モビィ・ディックは悪の象徴、エイハブ船長は多種多様な人種を統率した人間の善の象徴、作品の背後にある広大な海を人生に例えるのが一般的な解釈であるが、[独自研究?]サマセット・モームは、逆に全身が純白で大自然の中に生きるモビィ・ディックこそが善であり、憎しみに駆られるエイハブが悪の象徴であると解釈している『世界の十大小説』 岩波書店〈岩波新書、のち岩波文庫〉。
  4. ^ 本作の白鯨は、全身が白くアルビノであるかのような印象を与えるが、新潮文庫田中西二郎訳『白鯨』(上)では「いちめんに同じ屍衣(きょうかたびら。死装束)色の縞や斑点や模様がある」という記述がある。マッコウクジラは加齢とともに、捕食するダイオウイカなどから付けられた白い引っ掻き傷が増え、一部の老齢個体の体色が薄くなることもある。作中では、もともと白いシロナガスクジラに関しては触れられていない。当時の捕鯨は機械油として優秀なワックス質の油を求めていたがマッコウクジラ以外からは採れない上に、アメリカ式捕鯨船の速度ではシロナガスクジラやナガスクジラには追いつけないので獲物にすることは無かった。
  5. ^ 2012年8月22日発売「ジョーズ コレクターズ・エディション」の特典映像より。
  6. ^ ハワード・シュルツ著『スターバックス成功物語』日経BP社 、1998年、ISBN978-4822241131
  7. ^ 有鄰 No.445 P2 座談会「鯨捕りと漂流民−ペリー来航前夜−」 (2) - 有隣堂
  8. ^ http://news.livedoor.com/article/detail/5345107/
  9. ^ Bromer Booksellers - Highlights from Catalogue 127: An Extraordinary Gathering

参考文献[編集]

外部リンク[編集]