大橋健三郎

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索

大橋 健三郎(おおはし けんざぶろう、1919年12月18日 -2014年4月22日)は、日本のアメリカ文学者。

略歴[編集]

京都市中京の呉服卸商の家に生まれる。1937年、京都市立第一商業学校(現京都市立西京高等学校・附属中学校)を卒業し、東京外国語学校英語科入学、1941年、東北帝国大学英文科に入学、土居光知に師事し、阿部次郎小宮豊隆の教えを受けて夏目漱石に傾倒するが、戦争のため二年で繰上げ卒業、海軍予備学生、予備士官として各地を転々とする。戦後、仙台工業専門学校(現仙台高等工業学校)教授、1948年、横浜市立経済専門学校教授、また横浜市立大学助教授、1950年、ガリオア留学生として渡米(チューレーン大学)、1955年、東京外国語大学に勤務、1962年、東京大学文学部英文科教授、1980年定年退官、名誉教授、鶴見大学教授。1991年、退職[1]

フォークナーをはじめとするアメリカ文学の研究と著作、および翻訳で知られる。日本アメリカ文学会、日本ウィリアム・フォークナー協会の創設を主導し、長年、日本のアメリカ文学研究の泰斗として指導的役割を果たした。アカデミズムの枠組みを超えて文学そのものを語る文人気質の学者で、弟子筋に國重純二筒井正明荒このみ平石貴樹佐藤良明柴田元幸らがいる。

2014年4月22日、老衰のため死去[2][3]。94歳没。

主要著作[編集]

  • 『危機の文學 アメリカ三〇年代の小説』 (南雲堂、1957)
  • 『二十世紀アメリカ作家案内』 (研究社出版、1963)
  • 『荒野と文明 二十世紀アメリカ小説の世界』 (研究社、1965)
  • 『人間と世界 アメリカ文学論集』 (南雲堂、1971)
  • 『詩的幻想から小説的創造へ フォークナー研究1』(南雲堂、1977)
  • 『「物語」の解体と構築 フォークナー研究2』 (南雲堂、1979)
  • 『「語り」の復権 フォークナー研究3』 (南雲堂、1982)
    • 集成版『ウィリアム・フォークナー研究』(南雲堂、1996)
  • 『小説のために アメリカ的想像力と今日の文学』 (研究社出版、1978)
  • 『私の内なるフォークナー テキストの周縁から』 (南雲堂、1987)
  • 『「頭」と「心」 : 日米の文学と近代』 (研究社出版、1987)
  • 『古典アメリカ文学を語る』 (南雲堂、1992)
  • 『フォークナー アメリカ文学、現代の神話』 (中公新書、1993)
  • 『夏目漱石 : 近代という迷宮』 (小沢書店、1995)
  • 『心ここに : エッセイ集』 (松柏社、1998)
  • 『心ここに : 文芸批評集』 (松柏社、1998)
  • 『花の色』 (舷燈社、2001)、句集
  • 『文学を読む』 (松柏社、2001)
  • 『わが文学放浪の記』 (南雲堂、2004)
  • 『花の色 第2篇』 (舷燈社、2006)、句集
  • 『わが文学放浪は今』 (南雲堂、2006)
  • 『日常と歴史 アメリカ文学研究と日本文学評論』 (松柏社、2007)

翻訳[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 以上『わが文学放浪は今』南雲堂(2006)巻末「著者について」。
  2. ^ 大橋健三郎さん死去 東大名誉教授、米文学 有名人の葬儀 2014年5月10日
  3. ^ “東大名誉教授の大橋健三郎さん死去”. 朝日新聞. (2014年5月12日). http://www.asahi.com/articles/ASG5D3F20G5DUCLV005.html 2015年1月20日閲覧。 
  4. ^ 以上『文学とアメリカ I:大橋健三郎先生還暦記念論文集』南雲堂 281-284頁。