東京学園高等学校

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東京学園高等学校
TokyoGakuen highschool.JPG
過去の名称

私立東京商業学校

東京商業学校
東京商業高等学校
国公私立の別 私立学校
校訓

旧 忠実業二服シ、堅忍己ヲ持シ、常ニ向上ヲ期スベシ 

現 不撓不屈、共同友愛、自主独立
設立年月日 1889年
創立者 浜田健次郎 下村房次郎
共学・別学 男女別学(男子校)
課程 全日制課程
単位制・学年制 学年制
設置学科 普通科
学科内専門コース 選抜コース
普通コース・文系
普通コース・理系
学期 3学期制
高校コード 13621C
所在地 153-0064
東京都目黒区下目黒6-12-25
外部リンク 公式サイト
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東京学園高等学校(とうきょうがくえんこうとうがっこう)は、東京都目黒区下目黒六丁目に所在する私立高等学校男子校)である。

概要[編集]

実業家の下村房次郎と経済学者の浜田健次郎をはじめ、当時の内閣官報局と一橋大学の前身である東京高等商業学校の教授などによって「高きに過ぎず、低さに失しない中等程度の商業教育を施し、社会の要請に応じる人材を養成する」という趣旨に基づき1889年に日本で最初の私立商業学校として創立。1921年に夜間甲種商業学校として開校、1943年に昼間部が設立。学制改革を経て1948年に全日制と定時制の商業高等学校が設立。1954年に定時制が男女共学化。商業高校の入学志望者減少の影響を受け、1968年普通科を設置、1973年に現在の学校名に改称。開校当初からの夜間教育は、1974年の定時制廃止により終止符が打たれた。1996年に普通科のみとなるが、創立以来の商業教育は2009年に普通科・情報ビジネスコースが募集停止になるまで120年以上も続いていた。現在は普通科のみでコース制を採用しており、普通コース(2年次より文系か理系を選択)・選抜コースがある。

校舎ガス・ヒートポンプによる冷暖房を完備している。2000年に落成した体育館は校舎とは別の場所にある。

2013年河合塾が経営参画を表明。現在の高等学校を一旦募集停止した上で2017年度を目途に中学校を新設し男女共学化、中高一貫教育によって国内外の一流大学への進学を目指すとする[1]

沿革[編集]

東京商業学校[編集]

  • 1888年8月22日 - 設立者濱田健次郎の名義で東京府知事高崎五六宛に私立学校設置願提出。ある第一回生の証言によると1888年末に、東京米穀取引所頭取青木貞三、内閣官報局次長高橋健三、同翻訳課長浜田健次郎、同局員川田徳次郎、高等商業学校教授土子金四郎の協議より「東京商業学校」の設立が決定したと言う。
  • 1889年
    • 2月6日 - 設立発起人青木貞三逝去
    • 2月11日 - 日本初の私立夜間商業学校「私立東京商業学校」として日本橋蛎殻町の仲買店の空き家を借用して設立。開校当初の修業年限は、予科1年、本科2年。
    • 3月26日 - 教育の校外普及をはかるため通信教授行うために「東京商業学校講義録」創刊
  • 1890年 - 神田錦町錦城学園の教室を夜間借用し移転
  • 1891年2月-卒業生、浜田健次郎、内田嘉吉ら講師と在校生有志により「東京商業学会」を組織
  • 1892年
    • 4月10日 - 神田の大火により借用していた錦城学園が被災、成立学舎女子部の校舎に移転
    • 11月15日 - 篤志家の好意により神田錦町に新校舎落成
    • 12月11日 - 校友会を創設
  • 1893年3月 - 予科を廃止、本科3年制に改正
  • 1896年 - 「東京商業学校講義録」廃刊
  • 1899年
    • 2月25日 - 商業学校規程の制定により東京商業学校が甲乙丙種の商業学校の枠からはずされ、経営が悪化する。
    • 11月12日 - 修学旅行開始
  • 1903年10月1日 - 私立女子商業学校の開設により、1907年まで昼間校舎を貸与し、和田垣謙三が同校の校長を兼任
  • 1909年12月12日‐「東京商業学会」と校友会の合併が承認される
  • 1910年
    • 4月 - 英語を主とした修業年限一年の予科を新設
    • 10月16日 - 創立20周年記念式典を挙行
  • 1912年 - 明治から大正の時代を跨いで学校経営不振の時代が続き、廃校説 ・合併説が出るなかで内田嘉吉下村宏らが改善策に奔走
    • 12月15日 - 校友会総会で学校存続希望を決議
  • 1913年4月 - 予科を廃止 一年制の速成科を新設 速成科修了者には、本科1年入学資格を付与
  • 1914年4月 - 工業に関する学科を設ける
  • 1915年
    • 2月5日 - 東京植民学校との合併問題について、内田嘉吉・下村宏は、石井良一・渋木直一・鈴木威と協議
    • 2月11日 - 校友会評議員会で合併案協議。下村宏、星一、石井良一、渋木直一の遂行委員は、東京植民学校の新渡戸稲造らと交渉を開始
    • 3月7日 - 校友会総会で合併案は不成立
  • 1916年
    • 4月1日 - 財団法人私立東京商業学校の設立認可。
    • 12月17日 - 評議員会で、借用中の校舎と敷地の買収と校舎新築を決議
  • 1917年
    • 9月20日 - 新校舎竣工
    • 11月4日 - 新校舎落成式
  • 1919年
    • 3月9日 - 創立30周年記念式典
    • 9月18日 - 文部省令により私立の冠称を廃止、東京商業学校と校名を変更
  • 1921年
    • 3月18日 - 夜間甲種商業学校として開校。入学資格は高等小学校卒業程度、修業年限は4年と改正
    • 4月1日 - 学生服制定
  • 1922年6月 - 生徒の手により最初の校歌制定
  • 1923年
  • 1924年1月1日 - 神田区仲猿楽町の順天中学校の校舎を借用・移転
  • 1926年6月18 - 20日 - 区画整理を行う東京市の申し入れにより、震災で焼失した神田錦町の旧敷地を売却
  • 1928年
    • 3月30日 - 都市復興計画の移転命令で麹町区銭瓶町のバラック校舎に移転
    • 8月28日 - 借用先の順天中学校が神田区三崎町の新校舎に移転
  • 1929年3月10日 - 創立40周年記念式典
  • 1932年
    • 2月14日 - 東久邇宮稔彦王台覧のもと夜間甲種実業学校連合閲兵式に参加
    • 12月23日 - 入学資格を尋常小学校卒業程度、修業年限5年とする学則改正
  • 1938年2月11日 - 校歌改定(渋木直一作詞)
  • 1939年3月5日 - 創立50周年記念式典
  • 1941年3月 - 入学資格を国民学校初等科卒業、修業5年とする学則改定
  • 1942年
    • 6月 - 学校位置、学則変更の認可申請。校舎建築許可申請を東京府へ提出
    • 12月10日 - 目黒区下目黒の住所に事務所変更認可
  • 1943年
    • 2月 - 昼間部設立が認可さる。1月の中学校令改正公布により、実業学校の修業年限4年制となる。学則改正により、国民学校初等科修了者を入学資格とする昼間部の第一本科、国民学校高等科卒業を入学資格とする夜間部の第二本科が措かれる。
    • 6月 - 目黒区下目黒に移転
  • 1944年
    • 4月 - 戦時非常措置令により「日本工業学校」を併設(同名校の存在により「都南工業学校」と改称) 第一、第二本科の1・2学年を工業科に転換。第二本科の3学年以上が東京商業学校の商業科として残される。
    • 5月 - 校歌改定(下村宏作詞)
    • 8月23日 - 学徒勤労令により本校生徒、キヤノン東芝の軍需工場に配属
  • 1945年
    • 1月 - 第二本科生徒募集停止
    • 5月23日 - 空襲で校舎を焼失。自宅が本校の近くにあった元生徒の回想では、空襲では自宅の焼失は免れたが、燃え落ちる校舎は消火の術は無かったと言う(1948年1月に復帰するまで、中目黒小学校立教中学校目黒高等学校、目黒消防署の2階を借用し授業を継続)
    • 8月16日 - 終戦により動員されていた生徒が学校に復帰
  • 1946年3月30日 - 「都南工業学校」廃止。商業学校を再開。5年制本科募集開始
  • 1947年4月1日 - 新学制の発足に合わせて「都南中学校」を併設
  • 1948年1月 - 目黒区下目黒の校地に復帰

東京商業学校時代の歴代理事長・校長[編集]

歴代理事長
氏名 在任期間 出身校・期 前職 後職 備考
初代 内田嘉吉 1916.4.1 - 1933.1.3 帝国大学 台湾総督府民政長官 在任中死去 ・1917.3 逓信次官
・1918.9 貴族院勅選議員
・1920.3 校長を兼任
・1923.9 台湾総督
第2代 井上辰九郎 1933.2.4 -1942.6.9
第3代 鈴木威 1942.4.9 - 1946.? 1946.2.4 校長を兼任
第4代 山下恒雄 1946.4.9 - 1947.3.1 東京商業高等学校校長
第5代 亀川徳一 1947.3.24 - 最後
歴代校長
氏名 在任期間 出身校・期 前職 後職 備考
初代 秋元興朝 1889.2.11 - 1891.1.25 外務省書記生 弁理公使
第2代 高橋健三 1891.3 - 1897.7 東京大学 (1877-1886) 内閣官報局長 大阪朝日新聞客員
第3代 和田垣謙三 1897.7 - 1919.7.18 東京帝国大学 在任中死去
第4代 内田嘉吉 1920.3.10 - 1933.1.3 帝国大学 在任中死去 理事長兼任
渋木直一 1933.2.4 - 1938.8.1 校長事務取扱
第5代 渋木直一 1938.8.2 - 1941.12
第6代 下村宏 1942.1.10 - 1945.11 東京帝国大学 公職追放 ・1943 日本放送協会会長
・1945 鈴木内閣国務大臣
第7代 鈴木威 1946.2.4 - 最後

東京商業高等学校[編集]

  • 1948年 4月1日東京商業高等学校に改称、全日制と定時制を設立 

 *7月23日鈴木威校長を辞任。金井弥四郎第8代校長に就任

  • 1949年-11月24日金井弥四郎校長を辞任。翌日加藤重雄第9代校長に就任
  • 1950年 
  • 3月25日-第61回卒業式で5年制の旧制度の生徒の卒業が完了 5 年制の旧制東京商業学校廃止 
  • 4月15日-井上四郎代6代理事長に就任
  • 5月19日-加藤重雄校長辞任
  • 1951年-1月「都南中学校」の新入生募集を打ち切り。 
  • 3月7日-「都南中学校」1年生修了者を攻玉社中学校へ転学を以来し受理される 
  • 3月14日-財団法人から学校法人東京商業高等学校として組織変更
  • 5月1日-山下恒雄第10代校長に就任       
  • 11月26日-評議会で公立中学整備による影響で「都南中学校」の入学者減少により同校の廃止が決議される 
  • 1952年-3月6日「都南中学校」の第5回卒業式で中学校時代に終止符(1954年8月9日に廃止が認可)
  • 1953年 
  • 3月31日山下恒雄校長を辞任 
  • 4月1日下村宏公職追放解除により11代校長として再任 近藤光正第7代理事長に就任
  • 5月下村宏作詞による現校歌が改訂(東京学園の改称により歌詞の「東商健児」が「東学健児」に改められる)
  • 1954年 -4月10日 定時制を男女共学化
  • 1956年3月8日- 前校長兼理事長山下恒雄逝去
  • 1957年-12月9日校長下村宏逝去 中村正文校長事務取り扱い
  • 1958年-2月1日中村正文12代校長に就任
  • 1959年-12月9日海南講堂(体育館)落成 創立70周年記念式典挙行
  • 1963年-3月2日新北校舎落成
  • 1964年-9月5日渋木直一元校長逝去
  • 10月2日東京オリンピック開会式リハーサルで生徒の代表が参加
  • 1965年-11月22日文化祭を「雄飛祭」と改称
  • 1967年‐
  • 9月27日理事長近藤光正逝去
  • 11月1日-国民体育大会で相撲部が団体優勝
  • 11月15日-井口軍次郎第8代理事長に就任
  • 1968年 -4月普通科新設
  • 1969年ー10月11日 創立80周年記念式典を挙行
  • 1970年-2月1日 本校生徒を含む過激派グループが校内に侵入し、器物を破壊し、教室の一部の封鎖を図るも用務員に発見され退去する「バリスト未遂事件」が発覚。事件当時教頭であった小池修照によると、早朝に連絡を受けて学校に駆けつけると、教員室は足の踏み場もないほど荒らされ、放送室の機器類は破壊されており、封鎖されかかっていた教室の黒板には過激な文句や教師の名が書かれており、本校生徒を含む「外人部隊の混成」による事件であるものの、犯行声明は無かったと言う。警察の現場検証も行われたが、詳細は不明のまま、当時頻発していた学生運動による騒ぎとして決着したようである。学校側は、2名による教員の宿直を行い、入試の際には警察による警備を行うなどの対策を取っていた。
  • 1971年ー
  • 3月5日 第81回卒業式で普通科第1期生卒業
  • 3月 定時制募集停止
  • 3月31日-井口軍次郎理事長辞任
  • 4月1日-五十嵐太仲第9代理事長に就任
  • 1972年-6月6日理事会で校名変更を決議

東京学園高等学校[編集]

  • 1973年 -4月1日 東京学園高等学校に改称、商業高校より普通科課程に改組(普通科・商業科 学校法人名は東京商業学校) 小池修照13代校長に就任
  • 1974年 -3月3日 第85回卒業式をもって定時制を廃止。開校時からの夜学の終了
  • 1976年ー11月3日 五十嵐太仲理事長逝去
  • 11月13日 井上四郎第10代理事長として再任
  • 1977年ー4月12日 元理事長井口軍次郎逝去
  • 1979年-3月13日木造旧校舎を解体。開校90周年事業として新校舎建設に着手
  • 1980年-4月30日新南校舎竣工 
  5月21日創立90周年記念式典を挙行
  • 1981年-6月20日第二体育館竣工 
  12月31日新西校舎竣工
  • 1982年-1月7日管理部門(教員室、校長室、保健室、事務室)を西校舎に移転

・1983年5月14日- 後援会が発足

  • 1984年ー6月26日 学校保険統計調査指定校に選ばれる
  • 1986年ー10月23日 国立競技場で開催された私学祭に一年生が参加
  • 1988年ー10月9日 昭和天皇病状悪化による自粛ムードにより、雄飛祭中止
  • 1989年 -5月15日 創立100周年記念式典を挙行
  • 1991年-4月野呂千尋14代校長に就任
  • 1994年 - 普通科に「普通コース」「特進コース」を設置
  • 1996年 - 商業科を改組し、普通科に「専門コース」を設置
  • 2000年 - 「特進コース」募集停止 新体育館落成
  • 2002年ー学校週5日制を実施 同時に土曜日講座を開設
  • 2005年 - 普通科「専門コース」を普通科「情報ビジネスコース」に改称、普通科「選抜コース」を設置
  • 2009年 - 「情報ビジネスコース」募集停止(開校時からの商業教育の終了)
  • 2013年 - 朝日新聞の報道で河合塾が経営参画を表明
  • 2014年 - 選抜コースの募集を停止
  • 2015年-9月26~29日第70回国体で相撲部が東京都代表として参加。3位入賞
 *10月9日 調布市入間町に新校地建設を届出
  • 2016年 - 高等学校生徒募集停止

 *4月1日 調布市入間町の新校舎建設に着手 [2]

進路[編集]

【国内】東京医科歯科大学横浜国立大学東京都市大学慶應義塾大学早稲田大学東京理科大学明治大学中央大学青山学院大学法政大学立教大学学習院大学など
【海外】テキサス大学オースティン校セントラル・オクラホマ大学カリフォルニア大学デービス校 など

部活動[編集]

歴史[編集]

  • 1920年
    • 7月25日 - 剣道部創設
    • 10月15日 - 野球部発会

現存の部活動[編集]

野球部、バレー部などのほか、他校ではあまり見られないボウリング部、ウエイトリフティング部、相撲部等の部活が存在する。ボウリング部は全国大会にも出場した経験を持つ。また、ウエイトリフティング部、相撲部は国体に出場するなど優秀な成績を収めている

主な出身者[編集]

東京商業学校[編集]

東京商業高等学校[編集]

東京学園高等学校[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ 河合塾が東京で中高一貫校設立へ 海外名門大進学めざす─朝日新聞デジタル
  2. ^ 2015年主要国私立高校入試変更点-市進受験情報ナビの「高校募集の停止と再開」及び東京学園高校の学校情報-高校受験パスナビ旺文社)の「学校の広場TOPICS」による。
  3. ^ a b 中退して通信制高校NHK学園高校へ編入

関連項目[編集]

外部リンク[編集]