日笠淳

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日笠 淳(ひかさ じゅん、1958年8月8日 - )は、日本のテレビドラマ映画プロデューサー東映所属。東映テレビ・プロダクション代表取締役社長。岡山県出身。東京大学法学部卒業。

略歴・来歴[編集]

エピソード[編集]

  • 日笠と仕事を共にする脚本家やテレビ局のプロデューサーの証言によると、シリーズ構成のイニシアティブを一人で握ることはなく、作品の方向性を多くのスタッフとともに練り上げるタイプのクリエーターとの評がある。テレビ朝日のシュレック・ヘドウィックプロデューサーによると、同じ東映の塚田英明より日笠との打ち合わせのほうが長時間に亘ることが多いとコメントしている。
  • 吉川進の証言によるとプロデュース以外にも、『星雲仮面マシンマン』のエンディングテーマ「俺の名前はマシンマン」の作詞を八手三郎名義で担当している。
  • 轟轟戦隊ボウケンジャー』の第28話では脚本の都合上ロボやメカが大量に登場するため、サブプロデューサーの宇都宮孝明は物語が煩雑になる可能性を懸念した。この回の担当監督は竹本昇だったが、結果的にはその問題点が解消された纏まった出来であったという。完成作品の試写を見終わった後、共に見ていた日笠が宇都宮に「竹本監督だからこういう風に撮れるんだよ」と耳打ちしたという。(出典:『轟轟戦隊ボウケンジャー』キャラクターブックのプロデューサー鼎談)
  • かつて雑誌のインタビューにて「いずれ『秘密戦隊ゴレンジャー』から最新の戦隊まで全ての戦隊ヒーローが揃った映画を作りたい」と構想を語ったことがある。しかし、このテーマについては日笠の上司である鈴木武幸(東映専務取締役)が「今の子供たちは『チェンジマン』とか知らないだろうし、作ったってヒットするかどうか分からないから…」とやや否定的なニュアンスで語っていた。しかし、この日笠の構想は後に『海賊戦隊ゴーカイジャー』第1話及び『ゴーカイジャー ゴセイジャー スーパー戦隊199ヒーロー大決戦』に結実する事となる。このことに関して本人は「あれも僕も直前まで実現できるとは思ってなかった(笑)やっぱり『仮面ライダーディケイド』の成功があったから、実現できたんだと思います。」とコメントしている[1]
  • プロデューサーとしての参加ではないが、『超忍者隊イナズマ!SPARK』でカメオ出演している。
  • 『ゴーオンジャー』終了後、ホームページに「プロデューサー生活25年、初めて監督陣に自分より年上の人間がいない状況を経験した」と語り、「『ゴーオンジャー』がたとえ自分の関わった戦隊の最後になったとしても悔いの残らない出来になった」と完全燃焼した思いを吐露した。また「優秀な若者も育っているし、いつまでもジジイがプロデューサーをやるのは良くないんじゃないか」、「戦隊に関わるのは『ゴーオンジャー』で最後かも」とも語っていたが、2010年『天装戦隊ゴセイジャー』にて戦隊シリーズに4度目の復帰を果たしている(ただし中盤のepic32で降板)。

親密なスタッフ[編集]

主な作品[編集]

テレビドラマ[編集]

テレビドラマ(単発)[編集]

オリジナルビデオ[編集]

前項に属する作品のビデオ化タイトルは除く。

映画[編集]

前項に属する作品の映画化は除く。

脚注[編集]

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  1. ^ a b ハイパーホビー』2011年5月号

外部リンク[編集]