大塚豊

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大塚 豊
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基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 東京都江戸川区
生年月日 (1987-12-20) 1987年12月20日(28歳)
身長
体重
182 cm
83 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 投手
プロ入り 2009年 ドラフト2位
初出場 2011年7月9日
年俸 780万円(2016年)
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

大塚 豊(おおつか ゆたか、1987年12月20日 - )は、東京都江戸川区出身のプロ野球選手投手)。

経歴[編集]

小学六年生から江戸川南リトルリーグに入団し、2000年の全日本選抜大会で優勝。三番捕手として活躍した。

シニアリーグでは内野手兼投手として活躍し、クリーンアップを打っていた。高校は江戸川南の先輩である小谷野栄一高口隆行の後を追って創価高等学校に入学。

創価大学進学後は、リーグ戦で1年目に最優秀新人賞、最優秀投手賞を獲得し、2年目以降も防御率が2.02がもっとも悪い成績で他の防御率は常に0点台から1点台前半、23連勝のリーグ新記録を含む通算41勝1敗の圧倒的な成績を残し3度の最優秀投手賞、4度のベストナインとMVPを獲得した。

2009年プロ野球ドラフト会議で、北海道日本ハムファイターズが2位で指名し交渉権を獲得した。

2010年は大学通算防御率1.09を買われ、即戦力と期待されていたが、入団前から痛めていた肘が想像以上に悪く、3月15日トミー・ジョン手術を行い、成功したが、シーズン中は二軍登板もなかった。

2011年は2軍で中継ぎでの登板できるようになり、中盤から2軍で先発に復帰した。1軍初登板も果たした。

2012年は1軍登板なしに終わった。

2013年は中継ぎで8試合に登板したが、防御率4点台と安定感を欠いた。

2014年は14試合の登板に終わった。

2016年10月1日、戦力外通告を受けた[1]。12月2日、自由契約公示された[2]

選手としての特徴・人物[編集]

やや下半身の硬さを感じさせるフォームで、ストレートの最速は144km/h。変化球は高校時代に独自に編み出した三種類のフォークボールスライダーカーブチェンジアップシュートと多彩。

最速144km/hだが通常は130km/h後半の直球とストライクを取る球、落差大きく空振りさせる球など状況に応じ自由自在に操る3種類のフォークが武器。「(試合ではフォークを)過去最高8球連続だが何球でも続けられる」と雑誌コメントしている。

江戸川南リトルシニア(中学) - 創価高等学校 - 創価大学という経歴は小谷野栄一高口隆行(元:巨人)と全く同じである。

詳細情報[編集]

年度別投手成績[編集]





















































W
H
I
P
2011 日本ハム 3 2 0 0 0 0 1 0 0 .000 42 7.1 16 1 2 0 1 5 0 0 7 7 8.59 2.47
2013 8 0 0 0 0 0 0 0 0 ---- 42 9.2 11 1 4 0 0 5 0 0 5 5 4.66 1.55
2014 14 0 0 0 0 1 0 0 2 1.000 91 20.0 18 3 14 0 1 9 2 0 11 11 4.95 1.60
2015 2 0 0 0 0 0 0 0 0 .000 13 3.0 1 0 3 0 0 1 0 0 1 1 3.00 1.33
通算:4年 27 2 0 0 0 1 1 0 2 .500 188 40.0 46 5 23 0 2 20 2 0 24 24 5.40 1.73
  • 2015年度シーズン終了時

記録[編集]

背番号[編集]

  • 14 (2010年 - 2015年)
  • 54 (2016年)

脚注[編集]

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  1. ^ a b c d e 来季契約について”. 北海道日本ハムファイターズ公式サイト (2016年10月1日). 2016年10月1日閲覧。
  2. ^ 自由契約選手|2016年度公示”. NPB.jp 日本野球機構 (2016年12月2日). 2016年12月3日閲覧。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]