坂村健

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坂村健
生誕 1951年[1]7月25日
日本の旗 日本東京都[1]
国籍 日本の旗 日本
研究分野 コンピュータ科学コンピュータ・アーキテクチャリアルタイムオペレーティングシステム組込みシステム・どこでもコンピュータ(ユビキタスコンピューティングIoT
出身校 慶應義塾大学[1]
主な受賞歴 日刊工業新聞技術科学図書文化賞(1987年)、武田賞(2001年)、紫綬褒章(2003年)、大川賞(2004年)、日本学士院賞(2006年)、国際電気通信連合150周年賞(2015年)
プロジェクト:人物伝

坂村 健(さかむら けん、1951年[1]7月25日 - )は、日本のコンピュータ科学者、コンピュータ・アーキテクト工学博士慶應義塾大学、1979年)、東京大学教授。専攻での研究内容はダイナミックアーキテクチャ[2]だが、自ら提唱したTRONプロジェクトにてリーダー、またアーキテクトとして多種多様な仕様を策定している。東京都出身[1]

略歴[編集]

学歴[編集]

職歴[編集]

学内における役職[編集]

  • 東京大学大学院情報学環教授

学外における役職[編集]

  • YRPユビキタス・ネットワーキング研究所所長(2001年1月より)
  • TRONプロジェクトリーダー[1](1984年より)

人物・来歴[編集]

相磯研究室ではコンピュータ・アーキテクチャ、特にダイナミック・アーキテクチャ(LISPマシンに代表される高水準言語マシンなど、ハードウェアに限らない広い視野を持ったコンピュータ・アーキテクチャと言える。また当時、超LSI(VLSI)・超々LSI(ULSI)と呼ばれた集積度の向上及び Mead & Conway revolution(en:Mead & Conway revolution)も意識していた節がある)を専攻、その後コンピュータ科学的にはそういった方面の延長とも言える第五世代コンピュータプロジェクトの立ち上がり期(1980年代初頭)に関与しかけたが、それとは袂を分かつ恰好で、一般消費者の世界でブームとなったりしていた[3]マイクロコンピュータに注目、特に(現代で言うところの)マイクロコントローラによる組込みシステムにより身の回りのあらゆるものがインテリジェントになるであろうというヴィジョン[4]を持つようになり、1982年、依頼を得た「未来のオフィス」という30分のスライドショーにまとめ日本電子工業振興協会に提出した。

その後1983年頃にどのような経緯があったかは不明であるが[5]、1984年6月[6]に、前述のヴィジョンのためのコンピュータ・アーキテクチャなどを実現する目的を持ち、TRONプロジェクトを開始、TRONの名は「The Realtime Operating system Nucleus」の頭字語から[1]。「Todaini itatokini tukutta Realtime Operating system Nucleus」とも、また、映画『TRON』を見た後の命名ではある、とも書いている[7]

TRONプロジェクト[編集]

TRONプロジェクトは、当初、次のような仕様の策定とプロトタイピングなどを行った。まず必須なものとして、特に用途として組込みOSを重視したリアルタイムOSITRON(industryのI)、次いでビジネス向け、またユーザインタフェースとしてのBTRON(businessのB)である。さらに、構想としてはそういった大規模システム全体を対象としたOSというものも考えられる、ということでそれにMTRON(macroのM)という名前を付けた。

続いて、電電公社によるディジタル交換機システムの開発と合流した形となった、センターマシン用のCTRON(Cはcenterとcommunication)[8]、メーカとの協力も進んだことから、ソフトウェアの基盤であるハードウェアも、としてTRONCHIPが企図された。

リアルタイム組み込みOSであるITRONは、日立製作所のHI68Kなどの実装が作られ、また、より組み込み向けに縮小されたμITRON規格が作られた。BTRONでは、コンピュータに伴ってキーボードが日本に広く普及する機会と睨み、人間工学の視点に立ったトロンキーボードを考案するが、既にタイプライタ等で一般化していたデファクトスタンダードはゆるがなかった(TRONのものに似たキーボードには、日本電気文豪に搭載するなどしたM式キーボードや、富士通OASYS用に試作したものなどがある)。また、オブジェクト指向のユーザインタフェースや、実身/仮身モデルというデータモデルを実現した。日本語処理にとどまらぬ国際化と地域化のために、面切り替えコードを持つTRONコードによって、あらゆる符号化文字集合を、文字をユニフィケーションすることなく収録することとしたが、Unicodeにデファクトスタンダードを譲る。CTRONは電話交換機のために設計実装され、電話局にて実用に供せられた。MTRONでは、現在の協調分散型アーキテクチャーを想定していた。TRONCHIPは、試作・生産されたが、広く市販・採用されることはなく終わった。TRONCHIPの採用例には、きく7号や、電話交換機がある。また、日立のSuperHの開発者はTRONCHIPの反省がSuperHを産んだと話しており、三菱のM32Rのコンテキスト処理の命令名などにTRONCHIPの影響が見られる。

プロプライエタリな実装の利用はフリーではなく、商標としてTRONを使用する場合にはTRON協会の許可が必要だが、公開されている仕様に基づいた実装の作成は自由であり、現在もソースフォージで開発が行われているHOS(μITRON)などもある。

受賞[編集]

著書[編集]

単著[編集]

共著[編集]

編著[編集]

共編著[編集]

訳書[編集]

  • E・I・オーガニック, J・A・ヒンズ『インタプリティング計算機 - B1700/1800/1900シリーズ』(共立出版 1983年。ISBN 4320021908

参考文献・脚注[編集]

  1. ^ a b c d e f g h 坂村健 『TRONで変わるコンピュータ』 (初版)、東京都文京区: 日本実業出版社、1987年4月25日ISBN 4-534-01241-1 
  2. ^ ダイナミックアーキテクチャに関する参考文献としては『ダイナミック・アーキテクチャ』(共著、ISBN 4-320-021347
  3. ^ あくまで、「一般消費者の世界で」ということに注意が必要で、安田寿明石田晴久など学界にも熱心な者もいたが(また、指導教官であった相磯秀夫も学会誌で「ミニコンおよびマイクロプロセッサの応用」(1974)や「マイクロコンピュータのアーキテクチャとシステム構成」(1976)など、興味深い記事を著している)、その頃はまだ「おもちゃ」という見方が根強く残っていた最後の頃であった。マイクロプロセッサが、従来のミニコンピュータはおろかメインフレームの地位さえ本格的におびやかす代物だと学界方面で強く認識されたのは、68000を使った驚異的なコストパフォーマンスのワークステーションの普及や、パーソナルコンピュータの世界に32ビットを齎した80386の登場による。
  4. ^ その脅威的な量産効果により、マイクロプロセッサは従来の「コンピュータ」の観念からは想像が不可能な程に普及するだろう、といったような予言自体は坂村にユニークなものではなく、安田寿明著のベストセラー『マイ・コンピュータ入門』の中などにも見られる。
  5. ^ その頃に執筆されたはずである、学会誌『情報処理』1984年2月号にある記事「高機能ワークステーションのアーキテクチャ」を見ると、かなり徹底したサーベイぶりが伺える。
  6. ^ 6月という時期の明示は『TRONを創る』p. 2 などにあるが、具体的に何を以って「開始」としているのかは不明。
  7. ^ 『電脳都市』冬樹社版 p. 100, p. 234
  8. ^ 『TRONを創る』p. 193~
  9. ^ ITU marks 150th anniversary with global celebrations, Newsroom, ITU, 2015-05-18.

関連項目[編集]

外部リンク[編集]