五十石駅

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五十石駅
五十石駅舎(2014年12月)
五十石駅舎(2014年12月)
ごじっこく
Gojikkoku
B61 標茶 (8.5km)
(5.4km) 茅沼 B59
所在地 北海道川上郡標茶町オソベツ723-1
駅番号 B60
所属事業者 JR logo (hokkaido).svg北海道旅客鉄道(JR北海道)
所属路線 釧網本線
キロ程 129.5km(網走起点)
電報略号 コク
駅構造 地上駅
ホーム 1面1線
開業年月日 1927年昭和2年)9月15日
備考 無人駅
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駅舎(2004年9月)
1977年の五十石駅と周囲約500m範囲。上が網走方面。釧路湿原の最北端の駅。現在は周辺の一部が、国立公園内の普通地域という若干の制約がある地区になっている。相対式ホーム2面2線で、かなり早い時期に貨物取扱をやめており、かつては駅舎横の釧路側に貨物ホームと引込み線、駅裏の網走側にも引込み線を有していたが、既に僅かな痕跡しか認められない。戦後間もなくの1948年米軍撮影航空写真では、貨物ホーム側のストックヤードに木材が野積みされているのが認められる。後に駅舎ホーム側へ棒線化されるのに併せ、保線車用として駅舎側の釧路方面に、反対向きに引込み線が設けられた。国土交通省 国土画像情報(カラー空中写真)を基に作成

五十石駅(ごじっこくえき)は、北海道川上郡標茶町オソベツにある北海道旅客鉄道(JR北海道)釧網本線駅番号B60電報略号コク

歴史[編集]

駅構造[編集]

単式ホーム1面1線の地上駅。旧下り本線が使われており、かつては上り本線(相対式ホーム)も有していた[7]。駅舎は車掌車を改造したものである。

駅名の由来[編集]

この地域の地名より。古くは湧比別と言ったが、1880年(明治13年)4月よりアトサヌプリ硫黄が馬搬で標茶まで運搬され、標茶からここまでは釧路川を五十船で、ここからはさらに百石船に載せ替えられて釧路まで運ばれた[8]。または、五十石船が釧路川をここまで溯ってきた[9][10][7]という説もある。いずれにせよ、当地は硫黄鉱山からの水運中継地として五十石船に由来して五十石を名乗るようになった(1896年まで運行された釧路鉄道は標茶まで)。

駅周辺[編集]

小さな集落がある。

利用状況[編集]

2011年 - 2015年の5年間における1日の平均利用客は1人以下である。また、2016年時点で通学などで定期利用している乗客が3人いるが、2017年度以降は1人になる見通しである[6]

隣の駅[編集]

北海道旅客鉄道(JR北海道)
釧網本線
標茶駅 (B61) - 五十石駅 (B60) - 茅沼駅 (B59)

脚注[編集]

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  1. ^ 『鉄道百年の歩み』 p. 85
  2. ^ 『鉄道百年の歩み』 p. 95
  3. ^ 『鉄道百年の歩み』 p. 104
  4. ^ 『鉄道百年の歩み』 p. 117
  5. ^ どうしんウェブ/電子版(社会) (2016年9月7日). “釧網線五十石駅、来春廃止の意向 JR、標茶町に伝える” (日本語). 北海道新聞 (北海道新聞社). オリジナル2016年10月23日時点によるアーカイブ。. http://web.archive.org/web/20161023084707/http://dd.hokkaido-np.co.jp/news/society/society/1-0313335.html 2016年10月23日閲覧。 
  6. ^ a b 釧路新聞 (2016年9月7日). “五十石駅を廃止する方針/JR北海道” (日本語). 釧路新聞 (釧路新聞社). オリジナル2016年9月7日時点によるアーカイブ。. http://web.archive.org/web/20160907142759/http://www.news-kushiro.jp/news/20160907/201609074.html 2016年9月7日閲覧。 
  7. ^ a b 『北海道 釧網本線』 p. 86
  8. ^ 『北海道鉄道百年史』上巻 日本国有鉄道北海道総局、1976年(昭和51年) p.87。
  9. ^ 『駅名の起源』札幌鉄道局、1938年(昭和13年)、p.106
  10. ^ 『北海道鉄道駅大図鑑』 p. 298

参考文献[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]