磯分内駅

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索
磯分内駅
駅舎(2017年5月)
駅舎(2017年5月)
いそぶんない
Isobunnai
B63 南弟子屈 (6.5km)
(10.6km) 標茶 B61
所在地 北海道川上郡標茶町熊牛原野16線東1-6
駅番号 B62
所属事業者 JR logo (hokkaido).svg北海道旅客鉄道(JR北海道)
所属路線 釧網本線
キロ程 110.4km(網走起点)
電報略号 イフ
駅構造 地上駅
ホーム 1面1線
開業年月日 1929年昭和4年)8月15日
備考 無人駅
テンプレートを表示

磯分内駅(いそぶんないえき)は、北海道川上郡標茶町熊牛原野にある北海道旅客鉄道(JR北海道)釧網本線駅番号B62電報略号イフ

歴史[編集]

1977年の磯分内駅と周囲約1km範囲。上が網走方面。左へ大きくカーブを描いている軌道跡は、左端に見える1969年まで操業していた日本甜菜製糖磯分内工場へ向かっていた専用線の軌道跡。右下に雪印乳業磯分内工場がある。相対式ホーム2面2線と駅裏に副本線や側線が3本、駅舎横網走側の貨物ホームへ引込み線が2本あり、雪印向けと思われる白い冷蔵車が沢山見える。
この後、貨物荷物扱い廃止と伴に貨物線は全て撤去され、本線も駅舎ホーム側へ棒線化されたが、かつての貨物ホームへの引込み線の内1本は、保線車両用に残されている。国土交通省 国土画像情報(カラー空中写真)を基に作成

駅名の由来[編集]

所在地名より。アイヌ語の「イソポウンナイ[11]」(うさぎが・いる・沢)に由来する[12]。これは、標茶町と弟子屈町の町境にある小川の沢にうさぎが多く住んでいたことから、とされている[13][14]

駅構造[編集]

単式ホーム1面1線の地上駅。旧上り本線が使われており、かつては下り本線(相対式ホーム)、副本線および貨物ホームを有していた[14]摩周駅管理の無人駅である。

利用状況[編集]

  • JR北海道によると、2012年(平成24年)- 2016年(平成28年)の乗車人員(特定の平日の調査日)平均は7.0人[15]
  • 「標茶町統計書」によると、年間乗車人員の推移は下記のとおりである。
年度 乗車人員 出典
1973年(昭和48年) 44,106 [16]
1974年(昭和49年) 46,660
1975年(昭和50年) 43,623
1976年(昭和51年) 44,469
1977年(昭和52年) 42,830
1978年(昭和53年) 41,320
1979年(昭和54年) 38,073
1980年(昭和55年) 33,662
1981年(昭和56年) 29,065
1982年(昭和57年) 31,744
1983年(昭和58年) 32,465
1984年(昭和59年) 34,277
1985年(昭和60年) 34,310
1986年(昭和61年) 31,755
1987年(昭和62年) 20,075
1988年(昭和63年) 17,202
1989年(平成0元年) 15,695
1990年(平成02年) 12,284
1991年(平成03年) 12,685
1992年(平成04年) 11,785
1993年(平成05年) 10,743
1994年(平成06年) 8,395
1995年(平成07年) 7,686

駅周辺[編集]

小さな集落がある。

日本甜菜製糖磯分内工場専用線[編集]

この専用線にいた1号B型タンク機関車は出自不明の謎の機関車として知られている。1920年(大正9年)に北海道製糖帯広工場が完成した時に日本車輌製造の工場で使用していた機関車を譲り受け、その後十勝鉄道、1941年(昭和16年)に小清水製糖所に、1952年(昭和27年)に磯分内製糖所にという遍歴をたどっている。「ランケンハイマー製 米国」という製造銘板がついているが、該当する製造会社がみあたらない。サイズも軽便なみで低くすぎる台枠のため連結器を取付ける端梁を嵩上げし、また大きなキャブに変えられている。外観の特徴からポーター社製とみられスクラップから再生したのではないかと推測されている。

隣の駅[編集]

北海道旅客鉄道(JR北海道)
釧網本線
快速「しれとこ摩周号」
摩周駅 (B64) - 磯分内駅 (B62) - 標茶駅 (B61)
普通
南弟子屈駅 (B63) - 磯分内駅 (B62) - 標茶駅 (B61)

脚注[編集]

[ヘルプ]
  1. ^ 『鉄道百年の歩み』 p. 85
  2. ^ a b 昭和14年8月7日「北海道製糖製糖専用鉄道敷設免許ノ件」
  3. ^ 日本甜菜製糖40年史 昭和36年7月発行 P102。
  4. ^ 全国専用線一覧 昭和26年版-昭和45年版にて 作業距離1.9km。また昭和45年版で総延長4.0km。
  5. ^ 『地方鉄道及軌道一覧 : 昭和18年4月1日現在』(国立国会図書館デジタルコレクション)
  6. ^ 『小型蒸気機関車全記録 東日本編』43頁
  7. ^ 日本甜菜製糖60年史 年表。
  8. ^ 『鉄道百年の歩み』 pp. 111 - 112
  9. ^ 『鉄道百年の歩み』 p. 113
  10. ^ 『鉄道百年の歩み』 p. 117
  11. ^ アイヌ語ラテン翻字: isopo-un-nay 道央・道西では「ウサギ」はisepoと呼ばれるが十勝・釧路ではisopoと呼んだ。
  12. ^ アイヌ語地名リスト ア~イチ P1-10”. アイヌ語地名リスト. 北海道 環境生活部 アイヌ政策推進室 (2007年). 2017年10月20日閲覧。
  13. ^ 『北海道鉄道駅大図鑑』 p. 300
  14. ^ a b 『北海道 釧網本線』 p. 85
  15. ^ 釧網線(東釧路・網走間), (日本語) (PDF), 線区データ(当社単独では維持することが困難な線区) (北海道旅客鉄道), (2017年12月8日), オリジナル2017年12月9日時点によるアーカイブ。, https://web.archive.org/web/20171209102545/http://www.jrhokkaido.co.jp/corporate/senku/pdf/senku/08.pdf 2017年12月10日閲覧。 
  16. ^ Ⅴ. 建設・運輸・水道 (PDF)”. 標茶町統計書(2016年版). 標茶町. p. 54 (2016年). 2018年2月13日閲覧。

参考文献[編集]

  • グループ169.1『北海道 釧網本線』(1999年
  • 北海道旅客鉄道釧路支社『JR釧路支社 鉄道百年の歩み』(2001年
  • 本久公洋『北海道鉄道駅大図鑑』 北海道新聞社2008年ISBN 978-4-89453-464-3
  • 高井薫平『小型蒸気機関車全記録 東日本編』講談社、2012年、43-44頁
  • 小熊米雄「ナゾの機関車を推理する」『科学朝日』1962年10月号
  • 臼井茂信「機関車の系譜図 2」交友社、1973年、197頁
  • 金田茂裕「H.K.ポーターの機関車」1987年、機関車史研究会、14 -16頁
  • 『編集長敬白』 2005年12月14日
  • 『鉄道省文書・北海道興農工業(元北海道製糖)・昭和十四年~昭和十九年』昭和14年8月7日「北海道製糖製糖専用鉄道敷設免許ノ件」

関連項目[編集]

外部リンク[編集]