メコン川

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メコン川
Navigating the Mekong (1491413540).jpg
Mekong River watershed.png
流域図
水系 メコン
延長 4023 km
平均流量 16,000 m³/s
流域面積 795,000 km²
水源 中国青海 玉樹チベット族自治州 雑多県 江地毛長山 拉賽貢瑪水源
チベット高原
水源の標高 約 5200 m
河口・合流先 南シナ海
メコンデルタ
流域 中華人民共和国の旗 中国
ミャンマーの旗 ミャンマー
ラオスの旗 ラオス
タイ王国の旗 タイ
カンボジアの旗 カンボジア
 ベトナム
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メコン川(メコンがわ、英語: Mekong River中国語: 湄公河ビルマ語: မဲခေါင်မြစ်််ラーオ語: ແມ່ນ້ຳຂອງタイ語: แม่น้ำโขงクメール語: ទន្លេមេគង្គベトナム語: Sông Cửu Long / 瀧九龍)は、東南アジアを流れる国際河川である。東南アジアで最長、アジア全体でも7番目に長い。

概要[編集]

メコン川はチベット高原に源流を発し、中国雲南省を通り、ミャンマーラオス国境、タイ・ラオス国境、カンボジアベトナムをおよそ4200 kmにわたって流れ、南シナ海に注ぎ込む、東南アジアで最長の河川である[1]。雨期には流量が増し流れが速いため、船の運航は非常に難しい。乾期には流量は減るものの、浅瀬が増えるため船の運航が難しい。流域諸国が集まって協議するメコン川委員会で、メコン川の土砂を除去して貿易路に使おうとの案が出されたものの、土砂を除去しても、すぐに土砂が堆積するため、この計画は頓挫した。なお、タイ、ラオス、ミャンマー、カンボジア、ベトナムの本流・支流周辺では、日用品の取引などの小規模な貿易が行われている。なお、河口付近はメコンデルタと呼ばれ、数多くのヒトが居住している。

名称[編集]

メコンの名はタイ語に由来する。メー)はメーナーム(川)の短縮語、コンコーン)の意味には諸説ある。有力な説は、コーン(Khong)はサンスクリット語のガンガ(ganga=ガンジス川)の転訛とするもの。すなわち、メコンは(ガンジス川のように)偉大な川、大きな川と解釈する。タイ語ではโขง [kʰǒːŋ]ワニを意味するが、この場合はคด [kʰót] または โค้ง [kʰóːŋ]の転訛だと一部で考えられている。どちらも川や道の屈曲点を意味する。 いずれの説を採用するにしても、という語に、既に川の意味が含まれているので、さらに「川」をつけるのは不自然とする立場から、メコンとのみ称することもある。

なお、東南アジアと南アジアの地域協力「メコン-ガンガ協力英語版」は、メコンとガンジス川の両方にちなんで名付けられた。

国際河川のメコンは、地域や国ごとに異なった名前で呼ばれる。

生物相[編集]

メコンとその流域は、世界的に見ても生物の多様性が特に豊かな地域の1つである。世界自然保護基金(WWF)によると、発見された新種は2015年だけで163種、1997年以降の累計では2409種に達している[2]。 生息が特定あるいは推定されている魚類の種は1200以上に上る。漁業はそれぞれの領域の経済活動の非常に重要な要素であり、約120種の魚が商業的に取り引きされていると推定され、食料として重要なタンパク源とされている。これによってカンボジアとラオスの人口1人当たりの淡水魚の漁獲量が世界で最大規模となっている[3]。研究者によると、メコンは世界で最も巨大な魚の種が生息する川であるあり、顕著な例はメコンオオナマズである。

上流部では、流入する雪解け水により一定の流量があるため、比較的透明であり流れは速い。水質はpH6.9から8.2で、ほぼ中性の傾向を示し、栄養素レベルは低い。 下流域では特に雨季は赤茶色に混濁する。インドシナ半島に広く分布する赤土であるラテライト土壌を侵食するのが理由である。水質はpH6.2から6.5。

メコンは上流と下流の、異なった2つの生物相に分けられる。流れの速い上流では、魚類はドジョウ、吸盤を持ったナマズコイが支配的な種である。コイは流れの遅い中流部、下流部でも見られるものの、コイを除くと、メコンオオナマズ、およびハモが支配的な種である。一部の魚類や哺乳類爬虫類は重大な危機に直面しており、絶滅危惧種も多い。淡水に生息するメコンイルカは、かつて下流部では一般的に見られたが、治水と乱獲のため、ほとんど見かけられなくなった。川の中や川の周りに生息している他の沼沢地哺乳動物としては、カワウソスナドリネコが挙げられる。固有種のシャムワニも、目撃例は非常に少なくなった。

水位・流量[編集]

メコン流域は季節風の影響を受けるため、その水位や流量は、雨期である5月末〜10月にかけて最高を記録し、乾季の末の5月頃には最低を記録する。メコンデルタ地方は、数千年に亘ってメコン川が運搬した土砂の堆積でできた平野であるために標高差がほとんどなく、流量の少ない乾季の末には南シナ海の潮汐の影響が顕著に現れる。満潮時と干潮時では、河口近くのヴァムケーンでは3 m、河口から約100 kmのミートゥアン橋付近では2〜2.5 m、約200 kmのチャウドックでも1 m程度の水位の変化が、潮汐のために見られ[4]感潮河川としての特色も強い。

 

パークセーの観測所で計測された月ごとの平均の流量 (m3/s)
(13年間の平均は9000 m3/s)

メコンデルタ[編集]

メコンはカンボジアの首都プノンペンの南でトンレサップと合流し、本流とバサック川の2つの流れに分かれてベトナムへと流れる(雨季の間はトンレサップへも流れる)。メコン本流とバサック川は更に分岐と合流を繰り返し、農業、特にコメの栽培に欠かせない非常に肥沃なデルタを形成する。ベトナム語ではこれらの流れをまとめてソン・クー・ロン、すなわち九龍川と呼ぶが、これはメコンが9つの流れ、9匹の龍になって南シナ海に注ぎ込むと考えられていたからであった。実際には、19世紀の初めには、デルタを構成する大きな流れは4本であることが知られていた。また現代のベトナムでは地方区分名として「メコンデルタ地方(ベトナム語Đồng bằng sông Cửu Long垌平瀧九龍)」が存在する。

メコンデルタは、55000 km2の面積に1800万人の人口を抱える。ベトナムのメコンデルタ地方には、アンザン省(Tỉnh An Giang)、ドンタップ省(Tỉnh Đồng Tháp)、カントー中央直轄市(Thành phố trực thuộc trung ương Cần Thơ)、ヴィンロン省(Tỉnh Vĩnh Long)、ハウザン省(Tỉnh Hậu Giang)、ティエンザン省(Tỉnh Tiền Giang)、ベンチェ省(Tỉnh Bến Tre)、チャーヴィン省(Tỉnh Trà Vinh)、ソクチャン省(Tỉnh Sóc Trăng)、ロンアン省(Tỉnh Long An)、キエンザン省(Tỉnh Kiên Giang)、バクリエウ省(Tỉnh Bạc Liêu)、カマウ省(Tỉnh Cà Mau)が含まれ、前者1市8省がメコン川の流域内である。なお、人工の水路を含めれば、さらに他の省も水路で接続されている。

カンボジアのメコン流域の水位は、河口沖合の南シナ海の満潮時の潮位より低い。このため、満潮時にはメコンの流れはベトナムからプノンペンまで、海から逆流する。その結果、ベトナムの非常に平坦なメコンデルタ領域、特にカンボジア国境に近いアンザンドンタップでは氾濫しやすい。

歴史[編集]

メコンに関する最も古い文明の痕跡は紀元前2100年まで遡り、鉄器時代の文化がバーンチエン遺跡に残されている。外部の文明との交流の最も古い記録としては、クメール文明の扶南国の遺跡があり、ベトナムのアンザン省オケオの遺跡では1世紀頃のローマ帝国のコインが発見されている。

最初にメコンに遭遇したヨーロッパ人は、1540年のポルトガルのアントニオ・デ・ファイラであった。1563年のヨーロッパの地図にはメコンについての記述が現れるが、ヨーロッパの関心は希薄だった。後になって、スペインとポルトガルは宣教師を送り込み、布教と貿易のための探検隊を組織した。1641年から1642年には、オランダのゲリット・ファン・ウィストフが遠征を行い、ビエンチャンに達した。

フランスは、19世紀中頃にこの地域への関心を強めた。1861年にサイゴンを支配下に置き、1863年にカンボジアを保護国にした。フランスのメコン探検隊がエルネスト・ドゥダール・デ・ラグレとフランソワ・ガルニエによって組織され、初めて系統的な探検が始まった。この探検は1866年から1868年にかけて行われ、ガルニエは河口から雲南まで遡上した。水源は、ロシア人探検家ピョートル・コズロフによって1900年に明かにされた。

1893年から、フランスは川の支配域をラオスに広げ、20世紀の最初の10年間でフランス領インドシナを設置した。日本軍の仏印進駐太平洋戦争を経て、第一次インドシナ戦争に敗れたフランスの支配は終わったが、以降、この領域にアメリカ合衆国が深く関わった。ベトナム戦争後、アメリカ合衆国が支持するタイ政府と、その他の国における新しい共産主義政権の間に緊張が続き、メコンの利用については協力関係を築けない状態が続いた。しかし、1957年には、流域諸国が集まって協議するメコン川委員会が創設された。

この他に1995年には、ミャンマー以外の東南アジアの流域4カ国でメコン流域コミッション(MRC)が創設され、アメリカ合衆国の他にヨーロッパ諸国や日本も支援してきた。さらにアメリカ合衆国は、メコン下流域開発(LMI)を通じた協力を2009年に開始し、2020年9月11日にはメコン-アメリカ・パートナーシップの初会合を開いた。これに対して中国は2015年に、東南アジア5カ国と澜沧江-メコン川協力(LMC)を発足させた。こうした国際枠組みは流域の開発、治水や発電、農漁業のための水資源についての協力・対立という面だけでなく、東南アジアにおけるアメリカ合衆国と中国との影響力争いという側面もある[1]

ダム[編集]

メコンの上流に位置する中華人民共和国とラオスは、治水と水力発電のために多数のダムを建設している[1]

名称 国籍 完成 発電量
MW
位置
功果橋ダム
Gongguoqiao Dam
中国 2008 750

北緯25度36分43.7秒 東経99度17分45.6秒 / 北緯25.612139度 東経99.296000度 / 25.612139; 99.296000 (功果橋ダム)

小湾ダム
Xiaowan Dam
中国 2013 4200

北緯24度42分19.1秒 東経100度5分31.8秒 / 北緯24.705306度 東経100.092167度 / 24.705306; 100.092167 (小湾ダム)

漫湾ダム
Manwan Dam
中国 1996 1500

北緯24度37分20.2秒 東経100度26分56.4秒 / 北緯24.622278度 東経100.449000度 / 24.622278; 100.449000 (漫湾ダム)

大朝山ダム
Dachaoshan Dam
中国 2003 1350

北緯24度1分40.3秒 東経100度22分9.8秒 / 北緯24.027861度 東経100.369389度 / 24.027861; 100.369389 (大朝山ダム)

糯扎渡ダム
Nuozhadu Dam
中国 2017 5850
景洪ダム
Jinghong Dam
中国 2010 1750

北緯21度50分48秒 東経100度58分21.4秒 / 北緯21.84667度 東経100.972611度 / 21.84667; 100.972611 (景洪ダム)

橄欖壩ダム
Ganlanba Dam
中国 n/a 150
孟松ダム
Mengsong Dam
中国 n/a 600
参考

環境問題[編集]

メコンが現在直面している環境問題は、流域各国での水質汚染と過剰な漁獲、ダム建設と急流を緩和する治水工事、及び、上流部を領有する中国による河川舟運を目的とした岩礁爆破などの地形改変である。多くのダムが既に川の支流に建設されており、顕著な例ではタイ・ウボンラーチャターニーのパクマンダムが、環境への被害をもたらすと共に、地域住民の生活にも悪影響を与えると批判されている。 主流へのダム建設は、さらに深刻な影響を与える。中国はチベット周辺にあるメコン川主流へのダム建設の大規模な計画に着手している。1990年代に始まり既に1つ目の漫湾ダムを始め、3つのダムが完成し、さらに12のダムを計画中である。

中国は雲南省からタイ、ラオス北部にかけての上流部でより大型の船舶が航行できるように、障害となる岩礁の破壊などを実施・計画している。こうした岩礁は魚や鳥の繁殖場所であり、生物の種類・生息数を減らすことが懸念されている[6]

経済が未発達なカンボジアでは、食料供給の大部分を川に依存している。年に一度の氾濫は、メコンの支流であるトンレサップ流域を肥沃化するために必要な、多量の水を供給している。氾濫が無ければ、この地域は乾いた埃だらけの生産力の低い土地となり、ひいては都市を維持できなくなる。トンレサップ生物保護区は、トンレサップ周辺領域を保護するために創設された。

メコンの下流に位置する国々を顧みない中国の姿勢を、メコン川委員会の他国は非難し、ダム建設の中止を求めたが、空振りに終わった。最初の中国のダム建設以降、水位は低下し、捕らえられた魚は小さく、漁獲量は4分の1に減少した。チェンライ港の取引高は半分未満まで減少し、メコンイルカやマナティーを含む、多くの種が絶滅の危機にさらされるようになった。水位の低下によりフェリーが立ち往生するため、チェンライからルアンパバーンまでの航行は、以前の8時間から2日間を要するまでに伸びている。 現在でもこうした問題が発生しており、中国のダム建設が計画通り行われると、さらに深刻な影響を及ぼすことになる。下流域諸国は環境破壊と汚染に加え、低い水位が魚の遡上を妨げ、産卵ができなくなるという、川の閉塞問題にも直面する。中国政府は建設前に下流の地域に事前に警告することになっているが、遅過ぎるか全く無いことが多いという[3]

中国が岩石と砂洲を浚渫し、峡谷を爆破して流速を緩和する一方で、別の場所ではダムから放水を行うことにより、雨期-乾期という自然のサイクルを無視した一時的な水量の増加が、別の環境問題を引き起こす。この問題で、特に強い影響を受けているのはカンボジアである。カンボジアの農業生産は絶妙な水量のバランスの上に成り立っており、それが崩れることで、15世紀にクメール王朝を滅亡させた大規模な飢饉と壊滅的な洪水というシナリオの再現が危惧されている。メコン流域のラオスの都市やベトナムのホーチミン市[要出典]も低い水位[7]と汚染により、大きな打撃を受ける。

その他[編集]

ラオスのヴィエンチャンやタイのノンカーイ周辺のメコンでは、光を放つ球が水面から上昇する現象が起き、これはナーガ光球と呼ばれている。ナーガは蛇または龍の意味であり、現地ではパヤナーガ、すなわちメコンに住む龍が引き起こす現象だと考えられている。

写真集[編集]

脚注[編集]

[脚注の使い方]
  1. ^ a b c メコン流域国 米中が綱引き/河川管理、中国主導に米反発」『日本経済新聞』朝刊2020年9月9日(国際面)2020年10月4日閲覧
  2. ^ メコン川流域で163種の新種を発見!最新報告を発表”. WWFジャパン. 2017年8月17日閲覧。
  3. ^ a b ダム建設に揺れるメコン川」『ナショナルジオグラフィック日本版』2015年5月号(2020年10月4日閲覧)
  4. ^ ベトナム・メコン河下流域における水位変動特性 (PDF)”. 上原克人. 2015年3月24日閲覧。
  5. ^ Probe International 30.06.2006 The Hydrolancang cascade Archived 2009年5月29日, at the Wayback Machine.
  6. ^ 【ASEAN50年】メコン川流域 中国主導の「水運開発」岩礁爆破に住民反発”. 『毎日新聞』朝刊2017年8月4日(国際面). 2017年8月18日閲覧。
  7. ^ メコン川に大異変、世紀の低水位を記録、深刻な食料危機の恐れも 水が澄む「ハングリーウォーター」現象も発生、6000万人が頼る大河が岐路に ナショナルジオグラフィック(2020年2月29日)2020年10月4日閲覧

関連項目[編集]

外部リンク[編集]