シャイロー (ミサイル巡洋艦)

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シャイロー
USS Shiloh good deck detail 04016702.jpg
基本情報
運用者  アメリカ海軍
艦種 ミサイル巡洋艦
級名 タイコンデロガ級
モットー Making Excellence a Tradition
母港 横須賀
艦歴
発注 1987年4月16日
起工 1989年8月1日
進水 1990年9月8日
就役 1992年7月18日
現況 就役中
要目
満載排水量 9,460トン
全長 172.46 m
最大幅 16.76 m
吃水 9.5 m
機関 COGAG方式
主機 LM2500ガスタービンエンジン×4基
推進 スクリュープロペラ×2軸
出力 86,000馬力
速力 30ノット以上
航続距離 6,000海里 (20kt巡航時)
乗員 358名 (士官33名)
兵装54口径127mm単装砲×2基
87口径25mm単装機銃×2基
 (※後日装備)
Mk.15 20mmCIWS×2基
Mk.41 VLS (122セル)
 (SM-2 SAM, VLA SUM, TLAM;
  SM-3 ABMも後日装備)
ハープーンSSM×8発
3連装短魚雷発射管×2基
搭載機 SH-60B LAMPSヘリコプター×2機
FCSMk.86 GFCS
Mk.99 GMFCS
Mk.116 UBFCS
C4ISTARイージス武器システム (AWS)
イージスBMDシステム
AN/SQQ-89 ASWCS
レーダーAN/SPY-1B 多機能型
AN/SPS-49 対空捜索用
AN/SPS-55 対水上捜索用
・AN/SPS-64 航法用
AN/SPQ-9A 砲射撃指揮用
・AN/SPG-62 射撃指揮用×4基
ソナーAN/SQS-53B 艦首装備式
AN/SQR-19 曳航式
電子戦
対抗手段
AN/SLQ-32電波探知妨害装置
Mk.137 6連装デコイ発射機×4基
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シャイローUSS Shiloh, CG-67)は、アメリカ海軍ミサイル巡洋艦タイコンデロガ級ミサイル巡洋艦の21番艦。艦名は南北戦争シャイローの戦いにちなむ。イージスシステムのBMD3.6を搭載するミサイル防衛対応艦の一隻である。

艦歴[編集]

1996年9月3日、カール・ヴィンソン戦闘群に所属していたシャイローはデザート・ストライク作戦イラクに対し14発のトマホーク巡航ミサイルを発射した。2002年7月、シャイローはイラクの自由作戦で再びトマホークを発射した。2003年4月25日にシャイローは母港であるカリフォルニア州サンディエゴに帰投した。

2005年1月、シャイローは前年のスマトラ島沖地震の救援活動に参加した。

2006年6月22日の実験での
RIM-161 SM-3発射の瞬間

2006年6月22日ハワイ沖合にて、シャイローはスタンダードミサイル SM-3(RIM-161 SM-3)による弾道ミサイルの迎撃実験に成功した[1]。この試験はBMD3.6によって行われた最初の迎撃テストでもあった。またこの迎撃試験には海上自衛隊が初参加し、イージス護衛艦きりしまが、カウアイ島太平洋ミサイル試射場から打ち上げられた標的ミサイルのレーダー追跡試験を行っている。

2006年7月初頭、米海軍はシャイローを横須賀基地神奈川県)へ移動すると発表した。これは同時期に発生した北朝鮮ミサイル連続発射事件に対する対抗措置と見られているが、6月末にはすでに配備が決定していたようである。

8月29日、シャイローはRIM-161 SM-3搭載艦として初めて横須賀基地へ配備された。入港式典にはドナルド・ウィンター海軍長官が出席し、日米同盟におけるミサイル防衛の意義を強調した。

2012年10月14日、オーストラリア海軍アデレード級フリゲートシドニーシンガポール海軍エンデュアランス級揚陸艦パーシステンスと共に平成24年度海上自衛隊観艦式に参加。国際観艦式を除き、自衛隊の観艦式に参加した初めての外国艦となった[2]

2012年12月、北朝鮮は「人工衛星」と称する弾道ミサイルの発射を予告する。これに対し米国海軍は黄海に艦艇を展開させ不測の事態に備えた。「シャイロー」は「DDG-56 ジョン・S・マケイン」と共に先行の2隻に続いて追加派遣され、ミサイル発射予告の初日に当たる12月10日までに当該海域に配備された。他海上自衛隊からイージス艦3隻、大韓民国海軍から2隻を加えた10隻態勢で臨む[3]。ミサイルは同月12日に発射された。

2017年6月8日、沖縄の東の沖を航海中に下士官1人が行方不明になった。その後、米国海軍と海上自衛隊および海上保安庁が捜索したが発見できず捜索は11日に中止された。しかし米国海軍は15日、下士官が艦内で生きて発見されたと発表した[4]

出典[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]