エアフルト
| 紋章 | 地図 |
|---|---|
| 基本情報 | |
| 連邦州: | テューリンゲン州 |
| 郡: | 郡独立市 |
| 標高: | 海抜 158 m - 430 m |
| 面積: | 269.17 km2 |
| 人口: |
211,113人(2016年12月31日現在) [1] |
| 人口密度: | 784 人/km2 |
| 郵便番号: | 99001 - 99198 (旧: 50xx) |
| 市外局番: | 0361, 036201, 036202, 036203, 036204, 036208, |
| ナンバープレート: | EF |
| 自治体コード: | 16 0 51 000 |
| 市庁舎の住所: | Landeshauptstadt Erfurt Stadtverwaltung 99111 Erfurt |
| 公式ウェブサイト: | www.erfurt.de |
| E-Mail: | stadtverwaltung@erfurt.de |
| 行政 | |
| 上級市長: | アンドレアス・バウゼヴァイン (Andreas Bausewein) (SPD) |
エアフルト(Erfurt)は、ドイツ中央部の町でテューリンゲン州の州都である。人口は約21万人、エアフルト、ヴァイマル、イェーナにわたる州都圏にはおよそ50万人が住んでいる。 エルフルトとも呼ばれる。
地勢[編集]
エアフルトは、ウンシュトルト川の左岸支流で全長85kmのゲーラ川の流域にあり、なだらかな丘陵地帯に位置する。この丘陵地帯はドイツ中央部の平野がその南側に位置するテューリンゲンの森に移行する途中にあたる。エアフルトの西30kmにはアイゼナハ、東20kmには世界遺産を擁するヴァイマル、さらにその東20kmには古い大学町のイェーナがある。
文化[編集]
この都市はライプツィヒの南西100km、ベルリンの南西300km、ミュンヘンの北400km、フランクフルトの北東250kmに位置し、13世紀ころには、すでにヨーロッパの交通・交易の要所として繁栄していた。それはこの土地が、長い期間にわたって文化の交差点であったことを意味し、それを象徴する建造物がクレーマー橋である。もとは木製の橋がかかっており (1100年頃建造)、1325年に市が架け替えて現在の原型ができたという[2]。橋上の両側に商店が建ち並ぶ構造[3]はフィレンツェのヴェッキオ橋に似ており、屋根付橋ではない。この様式の建造物としてはヨーロッパでも数少ない文化遺産のひとつである[2]。
このようにエアフルトが文化の交差点となり得たのは地理的な条件もあるが、アイ (Isatis tinctoria L.) の産地の中心にあり、市内のドイツ園芸博物館 Deutsche Gartenbaumuseum (ドイツ語版) のひき臼の展示に見るように青色染料を取り出す加工の中心地だったことがひとつの要因である[注 1]。青色染料は古くは金と同等の価値があると見なされており[4]、長年にわたってこの街の富の集積におおいに貢献した。
第二次世界大戦の戦火をまぬかれた旧市街には中世から近代にいたる各時代の荘厳な建築物が林立し、「建築物の博物館」と評する建築家もいる。
エアフルトがドイツのスポーツ文化の一拠点であることは、あまり知られていない。ウインタースポーツが中心であるが、特に盛んなのはアイススケートである。近郊のオーバーホフではしばしばノルディックスキーの国際大会が開催される。プロサッカークラブのロートヴァイス・エアフルトは、旧東ドイツ時代に成立した有力クラブであり、東西ドイツの統一後はブンデスリーガ2部とレギオナルリーガ(3部)を行き来している。
宗教[編集]
宗教改革を行ったマルティン・ルターは、学生時代の1501年から1505年までエアフルト大学に在籍し、哲学を学んだ。彼が修道者を志したのは、エアフルト近郊のシュトッテルンハイムの草原で落雷の危機に会いながらも生還したことがきっかけであった。その意味でエアフルトは宗教改革の原点となった地とも言える。
最近のエアフルト[編集]
学校に外部の犯人が侵入して教師や生徒を殺傷するというエアフルト事件が2002年の春に発生した。ギムナジウム(小学校高学年から高校に相当する学校)の退学者が母校で銃の乱射事件を引き起こし、教師を含む多数の犠牲者を出した。現代の社会問題のさきがけとなる忌まわしい事件が最初に発生した都市として、全国の注目を集めることになってしまった。
なお、この事件を契機にドイツ国内では暴力的な表現を伴うコンピュータゲームの規制を求める世論が強まり、そうした世論を受けて公的倫理審査団体・ソフトウェア事前審査機構(USK)が2003年に設置されている。
エアフルト中央駅では2005年末に大規模な改修工事が完了し、州都にふさわしいこの地域のターミナル駅としての機能を備えるようになった。
クリスマスマーケット[編集]
エアフルトのクリスマスマーケットが数あるマーケットの中でも大きい部類に属することは、あまり知られていない。ドイツのクリスマスマーケットで最も有名なのはニュルンベルク、最も古いのはドレスデン、最も大きいのはシュトゥットガルトなどと言われているが、壮大さに関してはこれらに勝るとも劣らない。壮麗なドーム(大聖堂)の下の広大な広場で開催されるマーケットは東西ドイツ再統一後、近年に至って明るく荘厳な雰囲気を醸し出すようになってきている。
姉妹都市[編集]
ヴィリニュス(リトアニア) 1972年[6]
カリシュ(ポーランド) 1984年 (ドイツ再統一後、1990年に提携を確認)[6][8]
マインツ(ドイツ) 1988年[6]
リール(フランス) 1988年[6][9]
ショーニー(アメリカ合衆国) 1993年[6][10]
サン・ミゲル・デ・トゥクマン(アルゼンチン) 1993年[6]
ロヴェチ(ブルガリア) 1996年[6][11]
ハイファ(イスラエル) 2000年[6][12]
徐州市(中華人民共和国) 2005年[6]
エアフルト出身の著名人[編集]
- マックス・ヴェーバー - 政治学者、社会学者、経済学者。生家跡には金属製の案内板が取り付けられている[14]。
- マイスター・エックハルト - キリスト教神学者、神秘主義者
- ヨハン・アンブロジウス・バッハ - 音楽家、ヨハン・ゼバスティアン・バッハの父
- ヨハン・ベルンハルト・バッハ - 作曲家、ヨハン・ゼバスティアン・バッハのはとこ
- ヨハン・パッヘルベル - 作曲家
- ザビーネ・ブッシュ - 陸上競技選手
- クレメンス・フリッツ - サッカー選手
注[編集]
- ^ 地元新聞「Thüringer Allgemeine」の連載記事「エアフルトの史跡」(Denkmale in Erfurt) より2012年3月31日の記事を修正して転載[4]。
- ^ 地元新聞「Thüringer Allgemeine」紙の連載記事「エアフルトの史跡」2014年3月15日掲載分を編集して転載。市役所玄関に姉妹都市を記した銘版を取り付けた[6]。
脚注[編集]
- ^ Bevölkerung der Gemeinden vom Thüringer Landesamt für Statistik
- ^ a b “Mittelalterliche Handels- und Kulturmetropole” [交易で栄えた中世の文化都市] (ドイツ語). エアフルト歴史考古協会 [Geschichte und Altertumskunde von Erfurt e.V.] (2014年6月10日). 2017年10月2日閲覧。
- ^ “デジタル大辞泉の解説”. コトバンク. 2018年8月12日閲覧。
- ^ a b Dr. Raßloff, Steffen (2017年8月8日). “Waidstadt Erfurt” (ドイツ語). erfurt-web.de 2017年10月2日閲覧。.
- ^ “Collegium Maius Abande” [エアフルト大学協会公式サイトより「旧校舎について」] (ドイツ語). Universitätsgesellschaft Erfurt eV (2013年6月9日). 2017年10月2日閲覧。
- ^ a b c d e f g h i j k l m Dr. Raßloff, Steffen (2014年3月19日). “Erfurter Städtepartnerschaften” [姉妹都市条約の締約] (ドイツ語). erfurt-web.de. 2017年10月2日閲覧。
- ^ “ЕРФУРТ, ГЕРМАНИЯ” [ドイツ・エアフルト] (ブルガリア語). 2017年10月2日閲覧。
- ^ “Erfurt (Niemcy)” [エアフルト (ドイツ)] (ポーランド語). カリシュ市. 2017年10月2日閲覧。
- ^ “Lille, une Ville au Coeur de l'Europe” [リール、ヨーロッパの中心にある都市] (フランス語). 2017年10月2日閲覧。
- ^ “Sister cities” [姉妹都市] (英語). 2017年10月2日閲覧。
- ^ “Partnerstadt — Lowetsch (Bulgarien)” [姉妹都市—ロヴェチ(ブルガリア)] (ドイツ語) (2016年5月12日). 2017年10月2日閲覧。
- ^ “ארפורט, גרמניה” [姉妹都市] (il). 2017年10月2日閲覧。
- ^ “Partnerstadt — Kati (Mali)” [姉妹都市—カティ (マリ)] (ドイツ語). 2017年10月2日閲覧。
- ^ 長部日出雄 『マックス・ヴェーバー物語—二十世紀を見抜いた男—』 新潮社〈新潮選書〉、2008年、30頁。