電波ジャック

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電波ジャック(でんぱジャック)とは、放送事業者として許認可を受けていない者が、正規の放送と同一周波数電波を発射し、正規放送の視聴者に向けて独自の主張や番組を放送することをいう。なお、電波ジャックの標的はテレビラジオ放送だけではなく、防災無線なども標的にされるケースもあった。

なお、「電波ジャック」は日本独自の表現であり、英語では「Broadcast signal intrusion」(放送信号押し付け)と表現し、「ジャック」という単語は含まれていない。

手法

アナログ放送の場合には電波ジャックは比較的容易であるとされる。理論的にはテレビの放送周波数帯に対応した送信機を製作するだけで近隣のテレビ受像器に映像を映し出す事が出来る。かつてアメリカではRCA端子を持たない旧型テレビ向けにアンテナを通じてビデオテープレコーダの映像を映し出す簡易なトランスミッターが販売されていた。このような機器の電波出力を上げる改造を施すだけでも近隣のテレビの映像に悪影響を与える事が出来た。また、クローズドキャプションの製作機材を悪用する事により、クローズドキャプションが用いられていないテレビ放送にかぶせる形で意図的に文字情報を表示させる手法も行われた。

しかし、一般的にはアナログ放送の電波出力はかなり強い為に、本放送を妨害して完全に映像・音声を乗っ取るには高出力な送信機の製作が必要となり、発信源の特定も行われやすい事からこのような完全な電波ジャックが行われた例は稀である。

日本においてはテレビ放送の音声を乗っ取る形での電波ジャックが昭和の末頃まで見られたが、現在の日本では地上デジタル放送の普及と当局の電波監視体制が進み、電波ジャックは困難となりつつある。

電波ジャックの実例

キャプテン・ミッドナイト事件

1986年4月26日東部標準時12:32に、アメリカのケーブルテレビHBO(Home Box Office)の放送が乗っ取られた事件。同局で映画en:The_Falcon_and_the_Snowman」を放送中に、ロングアイランドの放送電波塔からの電波が乗っ取られ、カラーバーを背景に"Captain Midnight"を名乗る人物からの下記のようなメッセージが数分間に渡り表示され続けた。

GOODEVENING HBO
FROM CAPTAIN MIDNIGHT
$12.95/MONTH  ?
NO WAY !
[SHOWTIME/MOVIE CHANNEL BEWARE!]

その内容はHBOの競合ケーブル放送網のショウタイムen:The_Movie_Channelの視聴を推奨する内容で、後にフロリダ州Ocala英語版在住のJohn R. MacDougallが逮捕された。MacDougallはHBOの放送内容と課金に不満を持ち犯行に及んだと自供しており、5000ドルの罰金保護観察処分となった。なお、犯人逮捕の決め手は電波の発信源の特定ではなく、彼の犯行を知る者からウィスコンシン州当局への匿名での電話通報であった。逆探知により電話の発信元がフロリダ州ゲインズビル_(フロリダ州)州間高速道路75号線沿いのサービスエリア公衆電話という事までは突き止められたが、通報者の詳細はついに判明しなかった。

プレイボーイ事件

1987年9月、アダルト放送を展開するプレイボーイチャンネルの電波が乗っ取られる事件が発生。犯人として逮捕されたThomas HaynieはChristian Broadcasting Networkの従業員であり、プレイボーイチャンネルのポルノグラフィに抗議する意図で犯行に及んだと語っている。この事件によりHaynieはCBNを解雇された。[1]

マックス・ヘッドルーム事件

アメリカ、シカゴで発生したテレビ放送の電波ジャック事件。1987年11月22日、シカゴWTTWでドラマ「ドクター・フー」の放送中、あるテレビ番組のキャラクタをモチーフにした仮面を被った男が、車庫のような空間の中で意味不明の言葉を喋りつづけ、映像の後半ではお尻を出して女性らしき人物にそれをムチで叩かせるという映像が流された。女性が登場するシーンの前後や音声等を編集してある事から、生放送ではなかったようだが、その不気味かつ下品で、どことなくユーモアのある映像は世間を驚かせ、ニュースにまで取り上げられた。尚、犯人は未だに発見されていない。

"連帯"事件

1985年9月、ポーランドUniversity_of_Torunに所属する天文学者であるZygmunt Turlo、Leszek Zaleski、Piotr Lukaszewski、Jan Hanaszの4人がパソコンと送信機を用いた自作の放送機材を用いてトルンの国営テレビ放送を乗っ取る事件を起こした。その内容は"Enough price increases, lies, and repressions. Solidarity Torun(値上げと嘘と弾圧はもうたくさんだ――トルン「連帯」)"と"It is our duty to election boycott(選挙のボイコットはわれわれの義務である)"という二つの字幕であり、独立自主管理労働組合「連帯」のロゴと共に国営放送の内容に被さるように表示されるものであった[2]。4人の学者の行動は後に当局に発見され、「無免許の無線送信機の所持と公衆の不安を煽る行為」を罪状として拘束された。しかし当局は4人の天文学会での功績を考慮(実際には西側諸国からの批判をかわす為でもあった)し、4人に対しそれぞれ100米ドル相当の罰金と執行猶予付きの判決を下すに留まった。しかし、ポーランドの一般的な月収が20米ドルに満たない時代であった当時としてはこの判決でも大変な重刑であり、民衆のポーランド人民共和国に対する不満は後のポーランド民主化運動によって結実していく事になる[3]

ソビエト連邦内の海賊放送

ソ連崩壊前のソビエト連邦(現・ロシア連邦)ではしばしば国営テレビ放送の周波数帯を乗っ取る形で放送する海賊放送局が存在していた。ホームビデオが殆ど個人には普及していない国家体制だった故に映像は現存していないが、旧ソ連時代を知るロシアのインターネットユーザーによってしばしば話題に上る事があるという[4][5][6]。彼らの回想によると、1970年代から80年代末までの旧ソ連では国営放送以外の放送局が存在しなかった為に、こうした非合法の海賊放送は国民の間でも潜在需要が高かったという。海賊放送局は独自の無線放送設備を有しており、その出力はソ連空軍機の[[:en:Airborne radio relay{]]よりも強力であった為、国民や諸外国、或いは党幹部にも海賊放送局の存在を知られるリスクがありながら、防衛上の重大な問題としてしばしばソ連共産党の報告書の俎上にも上がっていたという。

レバノン侵攻の際の電波ジャック

2006年7月、イスラエルレバノン国内の非国家軍事組織ヒズボラとの間に起きた紛争であるレバノン侵攻の際、イスラエル軍はヒズボラの機関衛星放送局であるAl_Manar_TVの周波数帯を電波ジャックして、ヒズボラ及びヒズボラ議長のハサン・ナスルッラーフを批判する内容のプロパガンダ放送を流し続けた[7]通常の電波ジャックとは性格が異なる、国家及び正規軍が戦術の一環として公然と行った大規模な電波ジャックの一例である。

チェコの核攻撃映像

2007年6月17日、チェコの国営放送局チェコ・テレビが日曜朝のプラハを中心に全土で放送しているパノラマカメラの映像に信じ難い光景が映し出された。パノラマカメラの映像自体はチェコの地方都市en:Černý Důl近郊のen:Krkonoše山を撮影した何の変哲もないものであったが、カメラがスクロールしていく最中突然真っ白い閃光が画面全体を覆い尽くし、その後核爆発キノコ雲が立ち上る風景が映し出され、ホワイトノイズとともに映像が途切れるという、一見すればチェコを標的とした核戦争が勃発したと見紛いかねない凄まじいものであった。この映像は実際のパノラマカメラの映像にコンピュータグラフィックスを重ね合わせて製作されたCGIであり、犯行はチェコ国内で過去幾度にも渡り電波ジャックを繰り返していたゲリラアーティスト集団Ztohovenによるもの[8]であった。チェコ当局は悪戯としても芸術表現としても余りにも度が過ぎた行為である事を重く見て、同グループの主要メンバーを摘発。後に実刑判決が下される騒ぎとなった。

日本の電波ジャック

日本においては、1985年6月22日午後9時45分頃に革命的共産主義者同盟全国委員会(中核派)の支援を公然と受ける長谷川英憲・元東京都議会議員の政見放送に対し、敵対する日本革命的共産主義者同盟革命的マルクス主義派(革マル派)が、電波ジャックを行い、同候補を中傷する声明を読み上げた事件(杉並区防災無線電波ジャック事件)が有名。

1978年1月17日には、東京都内においてNHK総合テレビの放送が電波ジャックされて新宿区・渋谷区・杉並区・中野区・練馬区、などで革マル派の演説が約10分間に渡り放送されるという事件が発生。

1987年4月5日にも、東京都内と埼玉県の一部地域においてNHK総合テレビの大河ドラマ「独眼竜政宗」の放送中に電波ジャックが発生し、中核派は人殺し集団であり、中核派が支援する東京都議会議員補欠選挙の立候補者には投票するなという女性の声が3分間放送される事件が起きた[9]

その他の事例

音声のみが電波ジャックされた事例や、放送事故であると放送局側の公式発表が行われたものを列記する。

イギリス

イギリスでは1977年11月、en:Southern_Televisionが放送するITNニュースの音声を遮る形で電波ジャックが行われた。その内容は「銀河系協会の代表である"ギリオン"」を名乗る人物の(つまりは宇宙人から地球人へのメッセージでもある)デマ演説であった。このデマ放送は当時のイギリスで大変な話題となり、主要新聞はその州の日曜版で一斉にこの事件を報じた程であった[10]。また、同国の超常現象専門誌en:Fortean Timesにはこの事件の特集が組まれ、放送された音声が書き起こした文章が掲載された。

中国

2002年、法輪功は同運動家による中国中央電視台への電波ジャックを行い、法輪功のプロパガンダ映像を放送したと発表した[11]

オーストラリア

2007年1月3日、Seven_NetworkカナダのTVドラマ「メーデー!:航空機事故の真実と真相」を放送している最中に突然音声が途絶え、アメリカ人特有のアクセントで“Jesus Christ, help us all, Lord”と唱える音声が6分間に渡り繰り返し流れ続けた。Seven_Networkのスポークスマンは、実際には一部の語句を除いて関連性が見受けられないにも関わらず、「この音声はメーデー!作中の実際の音声である“Jesus Christ one of the Nazarenes”という部分が繰り返し流れ続けてしまった放送事故である」という声明を発表した。しかし、Seven_Networkの外部で独自に研究を行う研究者は、流された音声はイラク戦争多国籍軍誤爆を受けた民間トラックの光景を報じたニュース映像の音声の一部ではないかという指摘をしている。しかし、どういった経緯でこのような音声が放送に紛れてしまったのかは現在でも明らかになっていない。

アメリカ

2007年7月13日、ワシントンDCABC傘下のデジタル放送局en:WJLA-TVの地上デジタル放送に、突然不鮮明な男女の写真が映し出されるという事態が発生した。しかしこの事態は地上デジタル放送チャンネルにのみ行われ、アナログ放送のチャンネルには発生しなかった。当初この事態は暗号化が行われているはずのデジタル放送に発生した本当の電波ジャックではないかと言われていたが、WJLA-TVの公式発表では「旧式のHDTVエンコーダの誤動作により、オプラ・ウィンフリー・ショーの静止映像が誤って表示されてしまった放送事故である」と発表されており、真相は現在でも明らかにはなっていない。[12]

ケーブルテレビ

ケーブルテレビは有線を用いて放送局から各家庭への映像配信を行う為、この有線網の中継点に意図的に発信配線を紛れ込ませる事によって、その中継点の下流の受像器に電波ジャックを行う事がアナログ放送やデジタル放送に対する電波ジャックよりも遙かに容易に行えるという問題点がある。

2007年5月1日、ニュージャージー州Lincroft一帯で、アメリカのケーブルテレビ事業者コムキャストが配信するディズニー・チャンネルにて「おたすけマニー」を放送中に、ハードコアポルノグラフィ映像が流されるという事件が発生した。コムキャストは視聴者からの苦情に対し、「我々はこの事件の根本的原因を今後も調査し続ける」という声明を発表した[13]

2009年2月1日にはアリゾナ州ツーソンにおいて、同じコムキャストが配信するNBC系列の在ツーソン放送局en:KVOAが放送していた第43回スーパーボウル(アリゾナ・カージナルスピッツバーグ・スティーラーズ)の第4クォーターの最中に映像が途絶え、約30秒間に渡りポルノ映像が流されるという事件も発生した。2年前の事件の調査後にも関わらず再び似たような事件が繰り返された事で、コムキャストは対応と弁明に追われる事になった。[14][15]

しかし、いずれの事件も現在まで原因の究明及び犯人の逮捕には至っていない。

ラジオ放送

ラジオ放送の場合は、FMトランスミッター等の簡易な送信機を悪用したり、同周波数帯を利用する各放送局の放送施設の電波の強弱によってテレビよりも遙かに容易に混信が発生してしまう。このような特性を利用して、冷戦の最中には西側・東側双方の国家間でラジオ放送局を利用したプロパガンダ放送を互いに相手国領土内に流し合うという光景が一般的に見られた[16]

現在までに実在が確認できていない事例

ワイオミング事件

アメリカ、ワイオミング州で発生したとされるテレビ放送の電波ジャック事件。カラーのニュース番組を放送中、突如砂嵐が発生し、全編モノクロの怪放送が6分程度に渡って流された。内容は、「333-333-333 We Present A SPECIAL PRESENTATION」(訳:333-333-333 特別なプレゼンテーションをお送りします)と、画面下半分に同様の文字列が上下反転の鏡文字で記述された映像が効果音と共に数秒続き、その後、大きな文字で不可思議な主張がされた後、男性の顔をモチーフにしたアニメーション映像が流れ、再び「333…」のローテーションが複数繰り返されると言う物だった。前衛的な表現方法を用いられた映像で、その映像を見た人々の大半が「気味の悪い映像」だと評価しており、アメリカの電波ジャックの中でも高い知名度を持つ。

しかし、この事件はその知名度に反して公開されている映像や上記に書かれた事の顛末以外の情報(何年何月何日何時何分頃に行われたのかという5W1H)に乏しい。2004年ごろ、インターネットに動画が公開されてから有名になったこと、テレビ放送の映像にしては(インターネットで流れている映像の)画質が高すぎるなどの指摘も上がっており近年は映像は単なるフェイクであり、事件そのものも実在しなかったのではないかという見解が一般的である。その為、電波ジャックの英語版においては本事件は実例の中には取り上げられてはおらず、英語版該当記事のen:Wyoming_incidentも現在では削除扱いとなっている。

脚注

  1. ^ Bellows, Alan (2007年1月9日). “Remember, Remember the 22nd of November”. Damn Interesting. 2007年4月25日閲覧。
  2. ^ (polish)”. W.icm.edu.pl (2006年5月18日). 2009年7月15日閲覧。
  3. ^ http://witryny.of.pl+(1985年9月14日).+“(english)”. W.icm.edu.pl. 2009年7月15日閲覧。
  4. ^ Главная страница сайта www.videokrugok236.narod.ru” (Russian). 2007年4月25日閲覧。
  5. ^ Проводное радио за границей. Использование радиоточки для личной связи. Пеленгация.” (Russian). 2007年4月25日閲覧。
  6. ^ РУКОВОДСТВО ПО ПИРАТСКОМУ РАДИОВЕЩАНИЮ” (Russian). 2007年4月25日閲覧。
  7. ^ "Psychological Operations during the Israel-Lebanon War 2006" by Herbert Friedman”. 2008年8月17日閲覧。
  8. ^ Wohlmuth, Radek. “Umělci napadli vysílání ČT 2. Podívejte se jak” (Czech). 2007年6月17日閲覧。
  9. ^ 「NHK TVジャック」『中日新聞』1987年4月6日付
  10. ^ "Source of hoax space broadcast stays a mystery", The Times, 28 November 1977, p. 2, col. E.
  11. ^ Falun Dafa”. Clearwisdom.net. 2009年7月15日閲覧。
  12. ^ Swann, Phillip. “Washington DC TV Station 'Hijacked' By Mystery Photo (archive.org)”. 2007年7月13日閲覧。
  13. ^ Disney Channel Horror: Customers Get Porn Instead, CBSニュース, May 1, 2007
  14. ^ Super Bowl Cut Off By Porn Scene, en:Sky News, February 3, 2009
  15. ^ Unknown, Unknown (2009年2月2日). “Super Bowl porn hits US viewers”. BBC News. 2009年2月2日閲覧。
  16. ^ Kipp, Vicki W.. “Tower Industry Part 11 - Tower Harassment”. 2007年4月25日閲覧。

関連項目